いま食べたいのは、普通のラーメン!? 昨年「幸福の黄色いカレーが食べられるお店」を出版し、話題を呼んだ大衆料理研究家・小野員裕(かずひろ)さんの最新刊は「一生食べ続けられる中華そば」(八重洲出版)。今回は昭和の懐かしいラーメンにスポットをあてたガイドブックだ。
小野さんはこれまで1万軒を超える飲食店を訪れ、いまも毎日1軒は食べ歩くベテラン。果たして、そうした食べ歩きの中から見出した、「一生食べ続けられる中華そば」とはどういうものなのか? 本の制作秘話とあわせ小野さんに聞いた!
ーーご無沙汰しています! 昨年は小野さんの著作『幸福の黄色いカレーが食べられる店』の取材でお世話になりました!
小野 あー、どうもどうも!
ーーその取材の時も記しましたが、小野さんは以前、横濱カレーミュージアム館長も務めた「元祖カレー研究家」。その小野さんが今回、「一生食べ続けられる中華そば」を上梓されました。一体なんでまたカレーではなくてラーメンを?
小野 あははは。たまに突っ込まれますけど(笑)、もともと僕は大衆料理研究家。ラーメンもそのいち分野としてとらえていて、ラーメン研究家として活動する機会も多いんです。今回は「黄色カレー」に続く、いわゆる「町の中華そば」のガイドブックです。
ーー町の中華そば、ですか?
小野 そう。「今日はラーメンを食べたいな」と思った時、頭をよぎるのは、ダブルスープだ、背脂チャッチャ系だなんだといったラーメンではなく、昔ながらのシンプルなラーメン。たくさんラーメンを食べ歩いてきて、いまも食べ歩いているけど、年齢のせいもあるのか気持ち的にごく普通のラーメン、町の中華そばに気持ちが入ってるんですよね。
ーー町の中華そばって、どういうものなんですか。
小野 和風ダシのあっさりしたスープで、麺は中細の縮れタイプ。それにチャーシューとメンマが添えられていて。言うなれば戦前戦後から息づくラーメンというか。特に僕は関東出身なんで醤油ベースですね。この手のラーメンは驚くほど美味しいとは感じないけど、ホッとするというか。お店も流行に左右されないから、地元に根付いて何十年も続いているところが多い。でも情報があまりに少なすぎるんですよね。
ーー確かに。ネットで検索してもパッとは出てこないです。
小野 専門店のラーメンばかり。画面に向かって「それじゃないんだ! 俺はもっと普通のラーメンを食いたいんだ!」って叫んじゃう(笑)。考えてみれば同じように町の中華そばを食べたがってる人もいるだろうし、それならガイドブックを作ろうと思ったんです。
ーーなるほど。それにしても「一生食べ続けられる中華そば」というネーミングは言い得て妙ですよね。
小野 で、最初は「昭和のラーメン」って呼び方を考えていたんです。あとは「懐かしのラーメン」とか。でもあまりにありきたりで。自分自身、専門店のは無理だけど、町の中華そばなら一生食べ続けられると思ったので、ちょっと大げさだけどそうつけました。
ーー早速拝見しましたけど、紹介されているお店はそば屋、中華料理屋、甘味処などなどで、やはりというか専門店はゼロ。初めて見るお店も多いですけど、どんな基準で選んだんですか?
小野 自分がこれまで数十年にわたって食べ歩いた首都圏のお店の中から、ここだと思うお店を選びました。大変でしたけどね。
ーーというと?
小野 黄色いカレーのときもそうだったけど、こちらの意図をなかなか理解してもらえないんです。「うちのは本に載せるような凝ったラーメンじゃない。話すことないから」と断られて。まぁ、それがいいんだけどね(笑)。あと長年、地域に根ざしているお店ばかりだから媒体には出たがらないんです。常連さんが嫌がるって。当初100軒リストアップし、半分近くは掲載NG。結局、原稿と写真がレイアウトされたゲラを持っていって、それを見せると納得してもらいました。
ーーそれだけ小野さんや編集さんの「紹介したい!」って思いが詰まっているってことですね。ラーメンに添えられる原稿も面白いですよね。「まずはスープを一口。」「美味しいわ~」「旨いね~」みたく、ごく日常の会話調が多いです。
小野 気取って書かないようにしました。料理専門誌だと、どんな材料を使っているのかとか、お店にどんな歴史があるとか細かく書くけど、今回に関しては、食べた感想だけをストレートに述べたほうが町の中華そばの雰囲気は伝わるんじゃないかなって。普段着の文章を意識しましたね。
ーー本の中にありましたけど、ラーメンは「鶏ガラ、豚ガラ、人柄」だって。
小野 もう亡くなっちゃったけど、友人のラーメン評論家、故・武内伸さんが美味しいラーメン屋について語った言葉なんですよ。その真意は味だけじゃないってこと。今回、本の編集中、改めて実感しましたね。
ーー人柄は味に関係あります?
小野 大いにありますね。従業員をこきつかうお店とか、夫婦喧嘩しているお店とか、そういうところのラーメンって美味しいとは思えないもの。忙しくても笑顔を見せてくれたり、お客さんを気遣ってくれたり。そういうお店のは、不思議だけど絶対に美味しく感じられる。つまるところそれが、一生食べ続けたいと思う中華そばなんだと思います。
ーー話を聞いているだけで、食べたくなってきました(笑)。ちなみに小野さんは以前、ラーメン店を経営していたとか。
小野 20年くらい前に1年間やっていました。カレーやラーメンのお店を取材しているうち、自分でお店をやらないとわからないことがあるだろうと思って。僕はホテルのレストランで料理を作っていた経験があったし、ちょうど某駅ビル内の施設が募集していたので思い切って、やってみたんです。
ーーどんなお店だったんですか?
小野 シンプルな醤油ラーメンのお店。でも難しかったな。駅ビルだと、もっと特徴のあるラーメンでないと目立たないんですよ。あと僕自身は厨房には立たなかったし。売れる時は1日最高で600杯くらい売れたけど、最終的に高級外車一台分くらいの赤字。いまでもあのお金があればなって思うことはあります(笑)。
ーー難しいものなんですね。
小野 本当にラーメン屋さんって大変ですよ。早朝からみっちり仕込んで、営業時間中は忙しいし、終了後も翌日のためにスープを炊く。人件費はかかるし、家賃も光熱費もかかる。そう考えると昔ながらの町中華で出している、500円の美味しいラーメンなんて世界を見渡したって、奇跡としかいいようがない。食べられることに感謝すべきですよ。
ーーお店の立場から見て、いいお客さんはどんな人なんですか?
小野 美味そうに食べてくれるお客さんはやっぱり嬉しいけど、何よりちゃんと熱いうちに食べるお客さんですね。
ーー熱いうち?
小野 そう。料理って、熱々なのが一番美味しいんですよ。作る側も熱々の状態で美味しく食べてほしい。カップルや友人と来て、料理を前にベラベラしゃべっていると、さっさと食べてくださいよ、って言いたくなっちゃう。それと混んでる時は長居せずに、サッと食べて出るとか、お店に配慮してくれると嬉しいですね。
ーーもうひとつ。小野さんは大衆料理研究家として食べ歩きを仕事にしていますけど、どうしたらそうなれるんですか?
小野 食べ物を語りたいなら、食い倒すことが大事。僕はこれまで1万軒以上食べ歩き、いまもほぼ毎日違う地域、違うお店に行っています。その上でメモをしっかりとって、ブログなどにひたすらアップし続ける。まずはそこからですね。
あと仮にラーメンについて書きたいとしても、ラーメンに限らずいろいろな味は知っておいた方がいい。僕は20代の頃、東京中の高級フレンチと寿司を借金しながらお店をまわりました。味のいろいろな側面が見えてきますよ。
ーー最後に「黄色いカレー」「一生食べ続けられる中華そば」とガイドブックを連続して出しましたけど、この先もあるんですか?
小野 僕は大衆料理研究家ですからね。大衆料理って、カレーとラーメンだけじゃない。まだまだ紹介したいお店と料理は山のようにあります。もちろん第三弾、第四弾と出し続けて行きたいですね。
●小野員裕(おの・かずひろ)
1959年生まれ 文筆家・大衆料理研究家・出張料理人。17歳から食べ歩きを開始。横濱カレーミュージアム初代名誉館長を務めるほか、元祖カレー研究家として活躍。その一方でラーメン研究家としても活躍する。これまで食べ歩いた飲食店は10000軒を超え、現在も食べ歩きを続けている。
公式ブログ『毎日が昼めし日和、たまーに居酒屋。』【onochan.jp】を更新中
公式Instagram【@kazuhiro340827】
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