世の中には、現実に存在しない言語や生物、街の地図を作り続けている人がいる。そんな奇人たちが大集合! 何が楽しいのか、創作する上で意識していることは何か、そして、現実世界の街や言語、生物のどこに注目しているのか、語り尽くしてもらった!
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■架空の生物、言語、地図を作る3人が集結!
――本日司会を務めます、架空の路線図を作るのが趣味のライター・西村まさゆきです。まずは簡単な自己紹介をお願いできますか?
松原 普段はGakkenという出版社で図鑑の編集をやっています、松原です。出版社に入る前は、大学院で脊椎動物の発生を研究し、博士号を取りました。
子供の頃から恐竜図鑑を読んで育ったんですけど、それと並行して『ゴジラ』『ガメラ』などの特撮映画にどっぷりハマりました。
あと、『ポケモン』を筆頭に、当時『たまごっち』や『デジタルモンスター』、『遊☆戯☆王』みたいにモンスターが登場するコンテンツが毎年のように何かしら出てきたので......それで架空生物、モンスターとか怪獣の方に興味が湧き、自分でオリジナルの怪獣を描き始めました。
――続いては、中野さんお願いします。
中野 はい、私は今東京大学の大学院生をやっておりまして、言語学の研究をしています。その一方で創作活動もしておりまして、映画を作ったり、小説を書いたり、いろいろしているんですが、その核にあるものが人工世界「フィラクスナーレ」です。
これは、われわれの住んでいる世界とは全く異なる次元に存在する架空の世界で、その世界の中で使われる架空の言語をいくつか作っています。
――ありがとうございます。今和泉さんお願いします。
今和泉 はい、実在しない都市の地図を、空想地図と呼んで、空想地図作家として生きております、今和泉と申します。
――今和泉さんは、中村(なごむる)市という実在しない都市の詳細な地図を長い間作成されていますね。制作を始められたのはいつ頃からですか?
今和泉 7、8歳の頃から手描きで空想地図の制作は行なっていましたが、今のようにPCでの制作を始めたのは、2004年、19歳ぐらいからですね。
高校卒業から大学入学までの間が暇で、その1ヵ月間に「Adobe Illustrator」を使えるようになろうと思って、使ってみたら「これ地図ソフトじゃん」と気付きまして。そこからPCでの空想地図制作を行ない、中村市のブラッシュアップも続けています。
■敢えてロジックを外して描く怪獣
――それではさっそく、皆さんの制作物を鑑賞させていただききましょう。まずは松原さん。今日お持ち頂いたのは?
松原 まずは仕事で作っているものをお見せします。子供向け教材として『ドラゴンドリル』というシリーズを今16冊出していて、本書に登場するドラゴンを74体作りました(写真①)。
――このドラゴンはすべて松原さんが考えた?
松原 自分では絵は描かずに、設定を考えてイラストレーターさんにデザインをお願いしています。適宜、こちらから修正のお願いをしながら、イラストレーターさんと一緒に作っています。
今和泉 描くイラストレーターさんも、生物知識が求められるんじゃない?
松原 そのへんは生物などを描くのが得意な方にお願いしてますね。逆に鎧とかメカとかを描く人が得意な方には、そういう属性を持ったドラゴンを描いてもらっています。
――これは累計どれぐらいですか?
松原 今シリーズ累計発行数が85万部ですね。
全員 スゴい!
――松原さんはご自身でも絵をお描きになるんですよね。こちらは油絵ですか?
松原 いえ、アクリル水彩です。今日は二種類、架空生物を描いたものを持ってきました。(写真②、③)
一同 おわー! すごい。
松原 これ、この2週間ほどで描きました。②のドラゴンの絵は、こういうフォルムのドラゴンが欲しいというイメージありきで描いたもので、顔はティラノサウルス、アロサウルスの特徴を混ぜて描いていますね。手足も既存の恐竜の意匠を活かしています。
一方、③の怪獣の絵は、ロジックを積み上げて描いたものです。
――どんなロジックですか?
松原 怪獣を描くときは自分の中のルールで、生き物の常識からあえて逸脱させて描いてるんです。
この絵のキモは下顎に目があること。脊椎動物は発生の過程で、脳の延長線上に目ができるんです、だから必ず上顎側に目が出てきます。下顎に目ができるなんて、発生のルール上絶対にありえない。最初にそこのルールを外して描くと、おのずと異様な見た目の怪獣が出来上がるという。
――ではこれは、脳が下の方についているという設定ですか?
松原 いや、わかんないです(笑)。......っていうのも、怪獣の体の中に何がどうあるかは、あんまり明らかにしたくない気もしてて。脳や内臓があるって、科学的な感覚じゃないですか。そうすると怪獣の神秘さや「格」がどんどん下がってくるような気がして。だからあまり考えないようにしています。
■文法にはあえて不条理を残す
――中野さんの制作物(写真④)は骨董品にも見えますが、ご自身で制作されたものなんですね。
中野 はい。一番右のものは護符で、大学時代に制作した映画『世界のあいだ』で使用したものですね。設定としては、これを枕の下に入れると現実の鏡面世界になるような空間に飛ばされて、そこでみんなで集まって研究をする......という話で、その際に護符が用いられます。
――それぞれに文字が書いてありますね......。
中野 フィラクスナーレで使われている架空の言語です。この世界にはいくつも言語はあるんですが、この護符はそのなかのひとつ、ヴァロケリム語で「V,A,R,O,K,E,R,I」と書いてあります。
――ヴァロケリム語......どんな言葉なんでしょう。
中野 フィラクスナーレを構成するエレメントの力(魔法のような力)を操るために8人の英雄が集まって寺院にこもり、話し合って創り出した言葉です(文法の概要は⑤参照)。本当は文字から作っているんですが、当然そのフォントがないのでいつも困っています(笑)。
――真ん中の石板は何でしょう。
中野 これは「ダクィラ・メル・ドサテスの石版」というものです。「『熊王』という王が城を作りました」という記録を書いた石版の破片です。
「メシュマーリーリ・デクラーヌフ」と記されているのですが、これは「名前」を表す表意文字です。矢のような形をしていますが、これは本来矢につけていた家紋が、名前の代わりとして使われているんです。その矢を持てるのはその名前の人だけ。だから矢の形だけど文字の意味としては「名前」になる、と。
――表意文字と表音文字を組み合わせて使うんですね。......これは作り込みがすごいぞ。
松原 矢の設定とかは、どっかの文化からの引用なんですか?
中野 いえ、なるべくないようにはしてるんです。もちろん、無意識に引用してしまっていることはあると思うんですけど、少なくとも意識的にはしないようにしていて。やっぱり、文化盗用になってしまうと良くないので。
松原 確かに「その文脈でその文化を使うとマズい」ということもありそうですもんね。
中野 人工言語を作る目的のひとつとして、既存の言語を持ってこないことで文化盗用を避けるということもあります。
――ファンタジー世界をノイズなく描くには、むしろ人工言語を作らざるを得ないと。
中野 そうですね、純粋なファンタジーとして作っているわけです。
さて、最後の一番左はペン軸なんですけど、ここにはアルティジハーク語が刻まれておりまして、トルデルヴァ・ノリニ・ハン・トルミス(トルミスによって作られた知恵の枝である)と書かれています。
松原 ちなみに、今は何種類ぐらいの言語を作られているんですか?
中野 中身があってちゃんと運用することができるのは10に収まるぐらいかな?
――多い! 2つとか3つぐらいかと思ったんですけど。
今和泉 それ以外も入れたら?
中野 名前だけ設定したものも入れると、数百はありますね。
――その10ぐらいの言語であれば、中野さんが運用できる?
中野 そうですね、訳せと言われれば訳せます。
――喋ることもできる?
中野 ネイティブのように喋るのは結構キツいですね。一度文法を作っても、日々手直ししますし。間違えて2、3ヵ月前の文法で話してしまうこともしばしばです。ただ、訳せと言われたら訳せます。
松原 自分で文法を作ってると、つじつまが合わなくなってきたりすることあるんですか。
中野 あります。「この言語の過去形って、過去以外に完了は表していいんだっけ?」とか。作ってるうちについ日本語っぽい特徴が反映されたりして。そうならないように、極力さまざまな言語を学ぶようにはしてるんですが。
今和泉 そういうときって、矛盾ないような文法を作り上げようとするのか、それともある程度不完全さを残すのか、どっちです?
中野 言語には不完全さがあった方がむしろ自然ですね。私たちが使う言語にも必ずどこか不条理なところがありますから。そのリアリティを出すために、あえて整合性のない要素を残してます。
松原 その不完全さが残ってると、その話者が見えてくるっていうか、不完全なまま喋っている人たちの輪郭が出てくるような感じがして、すごく生きている感じがしていいですね。
■人口世界の地図を架空地図作家がチェック!
――中野さんは言語のみならず、惑星や世界そのものから設定を作っているわけですよね。
中野 はい。架空世界の地図はこんな感じです(写真⑥)
一同 うわー。すごい。
――これは現実世界でいうメルカトル図法ですね。
中野 描くときは基本メルカトルになっちゃうんですよね。
――この世界では、南極側に大きな大陸がありますね。
今和泉 ですね。この南極の大陸は陸地が北緯60度まで来ているので、そこそこ人が住めそうですね。
中野 南極の大陸がすごくデカいんです。図法のせいで引き伸ばされてはいるけれども、それを考慮しても結構デカい。なおかつ、資源がめっちゃ埋まっているので、ここには強国が生まれています。
――ちなみに、太陽にあたる恒星と、この惑星の位置関係は、地球に準ずる感じなんですか?
中野 そうですね、太陽の日射量は一定量ないといけないし、それから季節の移り変わりもあってほしいんですよね。 だから地軸の傾きは約24.3度に設定しています。
今和泉 (地図をじっと見て)僕も架空の地形を作ることがあるんですが、地形の造形がうまいなと思います。
中野 ホントですか!? めちゃめちゃ嬉しいです!
――うまいと感じたのは具体的にどのあたりですか?
今和泉 海岸線のこの感じ、これは氷河でしょうか。メルカトルなんで横長になっちゃったんだと思いますけど、この細部がうまい。
中野 それは苦労したところで、いちいち3Dモデリングソフトで球体に貼りつけておかしくないか確認して、気になったらやり直し続けました。地図の歪みを考慮して描くのが意外と難しいんです。
――都市地図もありますね(写真⑦)。
松原 これは手描きですか?
中野 手描きです。
今和泉 いつ頃の設定の地図ですか?
中野 現実世界とは違う設定なので表すのは難しいのですが、テクノロジーレベルでみると、12世紀から13世紀ごろの都市という設定です。
今和泉 丸い区域があるというのは、計画都市......。
中野 そうですね、これは計画都市です。ある戦争が起こったときに、魔法を使って地下を掘って、そこに地下都市を作ったという設定の町です。
今和泉 これ、丸い区域の縮尺書いてないですけど、多分直径300~500メートルぐらいありますよね。
中野 ありますね。
今和泉 かなりでかい。地図で見ると「広場かな」ぐらいですけど、普通の人が見て想像するよりでかいと思います。
――これは人が住んでいるところと、政府のような行政機関がある場所はちゃんと分かれている?
中野 政府というか、これを統治している機関がこの中央の区画にでっかい建物を持っていて、そこを中枢としている。人が住んでいるのは、基本的にこの周辺です。
今和泉 区画などを見ていると、結構貧富の差を感じるんですけども。
中野 貧富の差はありますね。
今和泉 この辺はまだ中流だと思うんですけど、この辺が結構大変そうな......。
中野 そうなんです。上流・下流ならぬ、「上市」と「下市」があったりします。
松原 今和泉さんが「ちょっと貧しそう」と感じたのはどのあたりなんですか? 中心部からの距離は同じように感じるんですけども。
今和泉 単純に、この区画の大きさと道路の幅ですね。
中野 これは文化が関係していて、こっちは、水に親しんで生きている人たちが住んでいる地域なんです。この町はたくさんの地域から、集まってきた避難民とかがいっぱい集まって住んでいるという設定になっている。だから、各区画に各地方の文化や建築が反映されているんです。
松原 地図が描かれた紙は茶色がかっていて味がありますが、あえてエイジングしたんですか?
中野 紙はこれ、実は勝手に黄ばんだんです(笑)。
今和泉 自然なものなんだ。
中野 これは、IKEAの子供用の大きいロール紙に描いてます。
松原 紅茶に紙を浸して、レンチンすると、古い紙っぽくなるって言いますよね。
中野 それはみんなやりますね。
■架空の都市だけでなく住人の生活まで創造する
――最後に今和泉さん、お願いします。
今和泉 これですね(写真⑧)。人口156万人を擁する中村市の地図です。
一同 すげー。
中野 すごいですね。もう、弟子入りしたいぐらい......。
――ものすごく細かなところまで描き込まれていますが、データ量はどのぐらいですか?
今和泉 画像を入れていないので、数十メガバイトぐらいですね。
――これ、何回かバージョンアップしてますよね。最新版ですか?
今和泉 はい。最初にネットに公開したのは2004年で、30回弱はバージョンアップしてます。時には専門家に見せて、コメントをもらって直すこともあります。直近で西中村のニュータウン(⑨)をいじくりましたね。
松原 いじくるっていうのは、どういう観点で、どこに手を加えようと思うんですか。
今和泉 「あ、しまった」って思う瞬間があるんですよ。皆さん違和感を憶えてらっしゃると思いますが。
一同 いやいや、わからないですよ!(笑)
今和泉 山沿いに開発されたニュータウンって、谷の部分は元の谷の道や、もともとあった集落を残しておいた方が自然なんです。でも、西中村は全体がニュータウンとして開発されちゃってたんですよ。で、それをちょっと変えようと思ったら、玉突きで周囲を変える必要が出てくる。
中野 それ、めちゃくちゃわかります。修正の連鎖が自分も怖くて、なかなか踏み切れてないんです。今和泉さんはそれをどうやって乗り越えてきましたか?
今和泉 ためらうんですけど、展示や出版によって作品が公開されることになると、観念して直します。でも出した後に別の不自然なところを発見して......という繰り返しですね。
――すごく野暮な質問で恐縮なんですが、完成することはあるんですか?
今和泉 毎回完成しているつもりなんですけどね(笑)。あと、ちょっとお見せできないのですが、今年リリース予定のスマホゲームで使われる地図を作っていまして。
――依頼されて地図を制作することもあるんですね。
今和泉 はい。私のほかにも空想地図を作っている人は何人もいるんですが、今回はそうした作家6人で共同制作してるんです。例えば、山間部の集落を担当した人は、山間近くの出身者。だからしれっとマス釣り場とか、ライン下り終点みたいな施設を入れてくるんですよね。
で、面白いのは、あるときまで制作途中の架空地図に地名がなかったんですけど、地名をつけてから一気に「みんなが知っている場所」みたいになったんです。地名ってこうやって出来ていくんだなと。
中野 わかります。やっぱり名前って大事なんですよね。
松原 名前を付けると、どんどん実在感がでてきますよね。僕もドラゴンを手がけたときはそうでした。僕も一緒に編集している後輩と話すときに、普通に「あのサイバーンがさ」みたいに、さも当たり前に存在するかのようなやり取りをしています。架空のものを制作する界隈では、名前をつけるのが一大イベントですね。
一同 確かにそうかも。
――図鑑っていわば、名前をつけていく作業ですもんね。
松原 そうですね、学問の基本は収集と分類ですよね。
――命名することは、架空の創造物にリアリティを付与する第一歩という面があるわけですね。これ、地名はどうなんですか。思いつき?
今和泉 地名は思いつきですね。考えねばらならない地名が多いので。
松原 地名は、例えば沢とか田とか、漢字が地形を示しているという話があるじゃないですか。その辺はルールとしてあるんですか?
今和泉 そうですね。やっぱり、地形がある程度反映されているという観点と、あとはその地域がいつ住宅地化されたかで、町名が変わってくるっていうところはありますね。
松原 そうすると、この環境で、こういうふうな町があったら、この漢字が使われるだろうな、みたいなのがだんだんルール化されていくんですか。
今和泉 そうですね。それは多分、架空地図の作者には共通していますし、地図好きも多分持ってる感覚だと思います。
松原 それ、結構共感していて、架空生物を描いていても、つい「実在の生き物っぽい形になってしまう」ような感じがあるんです。手癖で描くとリアルになっちゃって、逆に言うと突飛なものが描けないんですよ。
なので、先に「こんだけ首が長い」とか「こんなに翼でかいやつ」みたいに構想を広げておいて、そこを埋めていくようにしています。手癖でやると「本当にいそうなだけの生き物」になっちゃって、キャラとして面白くなくなってしまいますから。
今和泉 結局、地図もそんな感じで現実っぽくなっちゃうんで、もう穴埋め問題みたいな感じにしかならないこともありますね。一方、この共同で作った地図は、クライアントからの要望という制約があったので、やっててちょっとやりがいはありましたね。
――ところで、お持ちいただいた財布やレシート(写真⑩)も架空の人物のものですか?
今和泉 そうです。すべて中村市周辺に住んでいる架空の人物を設定して、その人が持っていそうな財布と中に入っていそうな運転免許証、保険証、ポイントカード、そしてレシートなどをすべてデザインし、作成しました。
――こちらの架空の財布の持ち主の石山景子さんは病院に通われてますね。
今和泉 ポイントは、診察券の手書きの名前は自分で書かないことです。だから、筆跡を変えなきゃいけない。それぞれそれっぽいものを違う人に書いてもらいました。ちなみに、どれが本人の筆跡かっていうと、図書館カードですね。これはルール上、自分で書きますから。
中野 自分も映画を作るときに、「母から送られてきたダンボール」の宛名書きをやったんですけど、そこまで徹底してはいなかったなぁ......。
――ちなみに、皆さんは自分の制作物を3D化したいですか?
今和泉 作った空想地図を3Dモデルにしたいかどうかは、作家によって意見が割れます。私としてはどっちでもいいですね。
――誰かが3D化したとして、ちょっと自分の考えているものと違うな、という場合は?
今和泉 違うなとは思うし、そう言うだろうけど、その人が作りたかったんだったら、それでいいと思います。
――なるほど。そこは他のお二人とはスタンスが違いそうですね。
中野 そうですね。私なんか結構コントロールしたがるタイプなので。3D化というわけではないですが、もし間違った文法で書いている人がいれば、優しく、そこそこ細かい解説をしちゃうと思います。
松原 僕は例えば仕事で制作したドラゴンが他の人の手に渡って、二次創作的に描かれたら、それは遺伝的変異だと捉える。
一同 (笑)。
松原 「生き物として繁殖したな」というふうに思うかもしれないです。
今和泉 嬉しさですか?
松原 嬉しいっすね。なんか生き物っぽいなって思っちゃうんですよ。多様性があるから。しかも、生物の進化は本来、何百万年スパンのイベントです。でも、架空生物ならとんでもなく短いスパンで進化が見られる。こんなに楽しいことはないですね。
今和泉 なるほどなぁ。地図だとどのぐらいのスパンで捉えるかは人によって違っていて、特に私は近代都市部分の再現なので、150年前ぐらいまでは考えますけど、500年前までとはあんまり考えないです。
なお、自然地理に特化した架空地図を作っている人になると、今度は地質だ火山だって考え始めるので、一気にスパンが長くなっちゃいます。
松原 それは僕のバックグラウンドが進化の研究をやってたっていうところが大きいかもしれないですね。また、恐竜の図鑑を作ってるので、数億年の単位で生き物を見ている。だから、物事を見る時のスパンはかなり長いかもしれないですね。
――面白いですね。
松原 生物の進化ってもうすごく長いイベントなわけです。しかし架空生物の場合は、人の手に渡るたびにデザインの変異が起こる。何か生き物の進化をめちゃくちゃ短いスパンで見てるようなんです。
さらに架空生物の場合、進化前の姿に戻ったりすることもあるんですね。昔のドラゴンのデザインが、引用という形で現代でポンと出て来たりするんで。そのダイナミズムが面白いと思っています。
■架空○○の制作は果たして役に立つ?
――こうした趣味は何かの役に立つんですか?
中野 私は言語学の研究をしているので、めちゃくちゃ役に立っています。言語を学べば学ぶだけ、新しいアイディアが浮かんできます。
例えば英語で足を表すfootは複数形がfeetだったりと、不規則変化がありますよね。でもあれって、歴史的な経緯をたどるともともとは不規則ではなかったんです。
こうした事実ひとつとっても、自分の人工言語に活かせますから、どんな言語を見ても興味を持てます。それから、人工言語作りで抱いた疑問を調べると、本業の方で役に立つこともあります。
――今和泉さんはどうですか?
今和泉 役には立たないと言いたいところですけど、役立つこともあると思います。例えば何かを勉強する際に、インプットが苦手な人はいますよね。ただ、アウトプットを繰り返してトライ&エラーをすることによって、インプットを定着させられます。
それは地図に限りませんから、架空の何かを作ることによって、その分野に関して生きた知識を得られるということはあると思います。
――今和泉さんはおそらく、街を歩くときもさまざまな箇所に注目されると思うのですが、どういうところを見てるんでしょうか?
今和泉 日本だとその街が戦災を受けているのかどうかは、どうしても気になりますね。大規模な戦災を受けずに江戸時代の城下町の町並みが残った松江市とか弘前市であるとか、そういうところは割と昔の道がそのまま残ってる。でも、こういう町は道路を拡幅できず、路線バスを通すのが難しいんですね。
一方、戦災を受けたところ、例えば広島とか名古屋とかが顕著ですが、戦後大きい道を通してるんで、かなり建て替えが促進されている。でもその分、あんまり街そのものが観光名所になりにくいんですよね。つまり、街づくりは歴史と密接不可分なんです。
――その街の出自を踏まえた上で、街の風景を眺めるということですね。松原さんはどうですか?
松原 架空生物というとなかなか街にいないように思われますが、生き物をモチーフにしたキャラクターは広い意味で架空生物です。
で、キャラクターって人が感情移入しやすいデザインになっていると思うんですよね。ですから、キャラクターを見て、「なぜこの見た目なのか」「どんな感情を象徴しているのか」ということを常に考えています。
人の気持ちや考えがキャラクターとしていろんなところに現れて、街にあふれていると考えたら、直接何かの役に立つわけではないにせよ、散歩は間違いなく楽しくなると思います。
――特にどんなキャラクターが気になりますか?
松原 やはりドラゴンですね。今僕、いろんなドラゴンのグッズを集め始めていて、お土産のドラゴンのキーホルダーなんかを見つけたら必ず買うようにしてるんです。
この令和6年に、架空生物であるドラゴンが街の中にどんなふうに散らばって棲息しているのかを、フィールドワークとか昆虫採集的な感覚で眺めています。
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怪獣や都市、そして言葉、果ては惑星まで創り出す架空創作の世界。もはや神である。それはそのまま、世界そのものをしっかりと観察する眼差しを持っているという共通点があるようだ。
こういった視点を持つことが、現実の世界をおもしろく観察できるようになるコツなのかもしれない。