小山田裕哉おやまだ・ゆうや
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
わが子を殺された親が徹底的に復讐する――今や世界的な人気を誇る黒沢清監督による『蛇の道』(1998年)が、二十余年の時を経てまさかのセルフリメイク!
舞台は日本からフランスへ、そして主人公は男性(哀川翔)から女性(柴咲コウ)へと変わり、旧作をしのぐ怖さのリベンジ・サスペンスへと生まれ変わった! なぜ今セルフリメイクなのか? そして、なんでこんなに怖いのか? 監督本人に聞いてみた!
――黒沢監督といえば、サスペンスやホラー映画の名作を数々手がけたことで有名です。しかし、新作『蛇の道』は監督の過去作と比べても、とんでもなく怖い映画でした。
黒沢 ありがとうございます。
スタッフもキャストも最大限の力を発揮してくれたからできた映画だと思います。特に主演の柴咲コウさんが怖いですよね。あれだけ怖く演じてくれるとは期待以上でした。
――劇中のセリフでも「蛇のような目をした女だ」と言われますが、まさにいてつくようなまなざしでした。
黒沢 あれは柴咲さんの演技力のたまものですね。フランス人もぎょっとするような目をしていました。
――今作は1998年公開の同名タイトルを、フランスを舞台に監督自らリメイクした異色作です。企画の経緯は?
黒沢 5年ほど前にフランスの映画プロダクションから、僕の過去作でリメイクしたいものはあるかというオファーが突然ありまして。ほとんど即答で、「それなら『蛇の道』をやりたい」と答えました。あれは友人の高橋洋という脚本家が作った物語ですが、当時から非常によくできていると感じていて。
わが子を殺された親が徹底的に復讐していく話で、この設定は国や時代を超えて通用する。しかし、98年版はVシネマだったこともあり、広く見られたわけではなかった。
あの力強い物語を埋もれさせてしまうのはもったいないと以前から思っていたので、この機会にぜひとお願いしたら、フランスでのリメイクが実現してしまったわけです。
――98年版からの大きな変更点として、今作は主人公・新島の性別が男性から女性へと変えられています。
黒沢 セルフリメイクとはいえ、舞台を日本からフランスに移すだけでは新たに脚本を書くための取っかかりがないと思ったんです。
それで女性主人公に変えてみたのですが、このシンプルな変更によって、結果的に98年版とは似て非なる映画になりました。というのも、前作は哀川翔さんと香川照之さんの男性ふたり組が中心だったんですね。
――娘を殺された宮下(香川)の復讐を、謎の男である新島(哀川)が手伝うという内容でした。今作は基本的な設定は変えず、香川さんの役柄をフランス人のダミアン・ボナールさん、哀川さんの役柄を柴咲さんが演じています。
黒沢 映画の中心を男女にしたことで、前作になかった要素が入ってきました。それはふたりの関係だけでなく、ストーリー展開にも及んでいます。この復讐劇の向かう先が自然と変わったのです。98年版とは違った結末になっているので、前作をご覧の方も新たな発見があると思います。
――ネタバレにならない範囲でヒントだけお願いします。
黒沢 主人公を女性にしたとはいえ、柴咲さんが演じる「新島小夜子」以外の主な登場人物は男性のまま。しかし、たったひとりの女性を主人公にしたことで、かえって「彼女がすべてをコントロールしているのかも」という雰囲気を出すことができました。その影響は大きかったですね。
――確かに、「他人の復讐の手伝い」という異常な行為をしている小夜子の動機がわからないことが、この映画の張り詰めた緊張感につながっています。しかも、彼女は心療内科医という人間の心理分析に長けた職業でもあります。
黒沢 いかにも怪しいですから、あれこれ裏の意図を想像してしまいますよね。
――小夜子が部屋でルンバをじっと眺めている場面が何度も出てきますが、「この人は何を考えているのだろう」といろいろな想像をさせられました。でも、本人はまったく内面を語らないから、どんどんえたいの知れない人物に変わっていって、次第にルンバまで怖く見えてきました。
黒沢 あれは自分でも、「よくぞ思いついた」と(笑)。もともと脚本には書いてなかったんです。「部屋でじっとしている」とは決めていたのですが、それをどう映像にするかはギリギリまで悩みました。
そうしたら直前に、「ルンバだけが動いている部屋を撮ればいいんだ」とわかって。すぐ現地スタッフに「フランスにもルンバはありますか?」と聞きました(笑)。
――暗い部屋の中で動くルンバをただ眺める小夜子の姿は、すごく印象に残っています。
黒沢 その意味でも柴咲さんは、前作の哀川さんとは違った種類の怖さを表現してくれたと思います。
――今回の『蛇の道』に至る監督の作品歴を振り返ると、初期から中期までは役所広司さん主演の『CURE』(97年)や『ドッペルゲンガー』(02年)など、男性主人公の作品がほとんど。
しかし、近年は今作のように女性主人公の作品が急増しています。この変化は意識的なものだったのでしょうか?
黒沢 そういうわけではないのですが、ご指摘の変化は自覚しています。そのきっかけになったのは2012年にWOWOWで監督した『贖罪』という5人の女性主人公が登場する連続ドラマですね。
もともと僕は女性を描くのは苦手で、ずっと避けていたんです。なおかつ、『贖罪』は湊かなえさんの同名小説の映像化だったのですが、自分は原作ものもほぼやったことがない。苦手ずくめの企画でした。それでも当時は僕自身、あまり仕事のない時期だったこともあり、「とにかくなんでもやります」と引き受けて。
メインキャストにそうそうたる女優たちが名を連ねる中、「自分にできるのか」「でも仕事だからやるしかない」という不安を抱えながらの撮影でしたが......これがすごく良かったんですよ。
恥ずかしながら、日本の女優の質の高さに驚かされました。「これなら自分でも女性主人公の作品をやっていけるかもしれない」という手応えがありました。
あのドラマが評価されたことで、業界内でも「黒沢は女性主人公の映画も監督できるんだな」という雰囲気が生まれたのだと思います。実際、そこから『岸辺の旅』や『散歩する侵略者』といった女性主人公の企画をいただくことが一気に増えましたからね。
――『贖罪』から生まれた女性主人公の流れが20年にベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した『スパイの妻~劇場版』につながっていくわけですから、本当に大きな転機だったのですね。
黒沢 原作ものをやらせてもらえるようになったことで、自然と監督する映画のジャンルも広がりましたね。
――黒沢作品はたとえ恋愛映画であっても、必ずホラー的な要素が入っています。さまざまなジャンルを手がけるようになっても監督が「怖さ」にこだわる理由とは?
黒沢 それはやはり、子供の頃に見た映画の影響でしょうね。僕の世代だと、初めて見る映画ってだいたいが怪獣映画なんですよ。『モスラ』なんてすごく印象的で、街が崩壊して人がバタバタ死んでいく光景を大スクリーンで見て恐怖したわけです。
でも、それが楽しかった。面白い映画とは怖い映画のことなのだと思いました。それが映画の原体験として刷り込まれているので、「映画は怖くなければ」と考えてしまうのでしょう。
――「怖い=面白い」だった。
黒沢 よく淀川長治さん(映画解説者)もおっしゃっていたじゃないですか。「怖い映画でしたね」と。あれは最上級のホメ言葉ですよ。
僕が好きなスティーブン・スピルバーグの映画も、ほとんどの作品が怖いですよね。怖くする必要のないジャンルにも怖い演出が入っている。
新聞社を描いた『ペンタゴン・ペーパーズ~最高機密文書』では、スクープ記事を運ぶ記者が会社を出た瞬間に車にはねられそうになる。不意打ちですごくびっくりするんですけど、そこまで驚かす物語上の必然性はない。でも、そういう怖い演出を入れてしまう。ああいうのが大好きなんです(笑)。
――数々の「怖い映画」を演出してきた監督は、「こうすれば怖くなる」という「恐怖の方程式」はありますか?
黒沢 自分なりにはありますが、難しい質問ですね......。なぜなら、「こうすると怖い」とはわかっていても、もはや僕自身はそれをやっても怖くないからです(笑)。
だから、今は恐怖映画のセオリーどおりではないのに、なぜか怖いといった演出のほうに興味があります。それだけ恐怖は映画にとって奥深い表現なのです。
●黒沢 清(くろさわ・きよし)
『CURE』(1997年)で国際的に注目を集め、第54回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された『回路』(2000年)で国際映画批評家連盟賞を受賞。その後も『叫』(06年)、『トウキョウソナタ』(08年)、『クリーピー 偽りの隣人』(16年)など、世界三大映画祭をはじめ国内外から高い評価を受ける。『岸辺の旅』(14年)では第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞、『スパイの妻 劇場版』(20年)では第77回ベネチア国際映画祭・銀獅子賞を受賞。今年は、第74回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門で『Chime』がワールドプレミア上映され、また、9月には『Cloud クラウド』が劇場公開される。
■『蛇の道』全国劇場公開中(配給:KADOKAWA)
【あらすじ】8歳の愛娘を何者かに殺されたアルベール・バシュレ(ダミアン・ボナール)は、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医・新島小夜子(柴咲コウ)の協力を得ながら、犯人探しに没頭し、復讐心を募らせていく。だが、事件に絡むある財団の関係者たちを拉致監禁し、彼らの口から重要な情報を手に入れたアルベールの前に、やがて思いも寄らぬ恐ろしい真実が立ち上がってくる......
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1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。