『ジャンプSQ.』に連載作を持った漫画家でありながら活字ベースの小説執筆活動も続ける異色のクリエイター・おぎぬまXが、自身も大好きな作品『キン肉マン』の超人たちを登場キャラクターに使用したコラボミステリ第2弾『悪魔超人熱海旅行殺人事件』を7月4日に上梓。
その発売にあたり、並々ならぬ『キン肉マン』愛を胸に秘めた彼が前作での貴重な経験を経て、今回の新作にかけた思いを存分に語りつくしてもらった!
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――前回の『キン肉マン』コラボミステリ第1弾『四次元殺法殺人事件』が発売されたのが2023年3月のことでした。今回はそれに続く第2弾ということで、構想はいつからおありだったんでしょう?
おぎぬまX(以下、おぎ) 前作を書き終えた頃にはjBOOKSの担当編集者の方から「またやれたらいいね」というお話はいただいてましたので、その頃から来たるべき時に備えて構想だけはずっと練ってました!(笑)。だからもう1年半ほど前、ですね。
――前作では冒頭のプロローグと最終のエピローグに4つの短篇が挟まれている、という形でしたが、今回もその構成は踏襲されているんですね。
おぎ はい。そこは変えてません。ノベライズやミステリに慣れてない方にも手に取りやすいように連作短篇にしてあります。
――そしてカバーをご覧いただくとすぐおわかりの通り、ミートくんとキン骨マンがまたコンビを組んで解決していく、という流れも同じです。
おぎ そこは......本来なら主役のキン肉マンだろ~と思う方もいらっしゃるかも知れないんですけど、やっぱり畏れ多くて気軽に出すことはできませんでした......。本丸に触っちゃいけない、みたいな感覚がどうしても僕の中にあって。でも、ちゃんとキン肉マンにも見せ場はあるので、そこは安心してください!
その点、キン骨マンならものすごく気楽なんですね。好き勝手に動かしやすくて、ミートくんとのコンビも無限に話してられそうで悪くない。ミステリの回し役として理想的なので、続投で演じていただくことになりました。
――そしてまた楽しみなのが、事件に巻き込まれていくゲスト役の超人たちの人選ですが、今回のミステリとしての副題は『悪魔超人熱海旅行殺人事件』。なかなか人気どころの大物を持ってこられましたね。
おぎ 前回の『四次元殺法殺人事件』もそうだったんですけど、僕のやり方ってまず面白そうなタイトルを思いついて、そこからトリックを組み立てていくんですよね。それで今回、最初に思いついたタイトルは、実は現在と全然違ってて『パーフェクト・ザ・ルーム(完璧なる密室殺人)』というものだったんですけど......。
――タイトルセンス的には最高じゃないですか(笑)。完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)アビスマンの称号の"パーフェクト・ザ・ルール"を思わせる壮大さもありますね。
おぎ そうなんですよ。でもそんな大層なタイトルだと本当に完璧な密室トリックを、しかも始祖レベルの完璧超人たちが完璧に演出していく......そのハードルがあまりにも高すぎて。どんなに頑張っても、タイトルに偽りなしのレベルまでたどりつかなかったんです(笑)。だからそれは泣く泣くあきらめて。
――手放さざるを得なかった?(笑)
おぎ 正直、それ以外の3篇はもうできてたんです。でも表題作にするつもりのそれだけが、スケジュールギリギリまでいくら粘って考えても一向に完成形が見えてこなくて......。その苦悩の中でふと思い浮かんだのが『悪魔超人熱海旅行殺人事件』という全く別のタイトルでした。するとそこからどんどんイメージが膨らんできて、それで結局、そっちに完全シフトして完成を見た、というのが今作の顛末(てんまつ)です。
――でもこれはこれで、いいタイトルですよね。悪魔超人は人気ですし、温泉といえば2時間のサスペンスドラマなどでも定番でよく出てきますし。
おぎ 4篇のうちの1話目にはやはりつかみといいますか、キャッチーなものが欲しいんですよね。その意味でもこっちにシフトして正解だったなと、今となっては感じてます。
――とはいえ「パーフェクト・ザ・ルーム(完璧なる密室殺人)」というタイトルも聞いてしまった以上は気になりますけどね。
おぎ はい、それも僕の中では決して完全に捨てたわけではなく、いつかまた機会がいただけた暁(あかつき)にはぜひ、再チャレンジしてみたいとも思ってます!
――ところで登場超人の人選、キャッチーさというところで考えると単純に人気の度合いが大きいと思うんですが、それとは別の話として、ミステリ向きの超人、不向きな超人というのもありそうですよね?
おぎ そうですね。前回の『四次元殺法殺人事件』でのブラックホールなんて特にそうでしたけど、基本的には能力の多彩な超人ほど、無限にその力の活用方法がありそうなのでトリックはどんどん思いつくし、発想していく段階ではめちゃくちゃ楽しいんですよ。でもそれをちゃんと着地させないといけない。
なんでもありだからで終えてしまうと、それはもはやミステリじゃないので、そこに納得のいく道筋をつけないといけなくて、最終的にはそこのバランスが取れるかどうかですよね。とんでもトリックでは確かにあるけど、なんでもありじゃなかった、という読後感を読者に持っていただけるかどうか。奇想を提示できただけで満足することなく、それを着地させていく理屈を煮詰めていく作業が一番、大事なところでもあると思ってやってます。
――そこである程度、トリックとして成立させていく目途がついたら、あとはその超人をお話の中でキャラクターとして動かしていく、という流れになっていくわけですね。
おぎ はい。でもそこにも新たなハードルがありまして、僕は『キン肉マン』の小説を書くにあたって、登場する超人ひとりひとりに出演交渉をさせてもらってます。
――出演交渉......とは?
おぎ たとえば今回、「レオパルドンは三度死ぬ」という篇の中で、超人血盟軍の皆さんに出ていただくことになったんですが、その時に僕が一番、ビビッてた相手がアシュラマンでした。もちろんものすごく魅力的な超人で、だからこそ、なんとしても出てほしいと考えたんですけど、果たして彼が僕ごときの交渉に応じてくれるのか、三日三晩悩みました。。だってヘタしたら「私にこんなセリフを言わせるつもりか?」って激怒されて、そのまま阿修羅(アシュラ)バスターかけられそうじゃないですか。
――まあ、やりかねないですよね。
おぎ それが怖くて、僕もつい優しそうな超人にいきがちになるんですよ。たとえば今回だと「激辛超人王殺人事件」という篇に出ていただいたスカイマンとかは、交渉したら即OKみたいな感じで穏やかにすんなり進みました。役者で例えるなら、彼は僕がどんなにムチャな注文をしても、望んだ通りの演技をしてくれて、ものすごくやりやすかったです。
だからと言って、そういう超人たちばかり出すわけにはいきません。たとえ気難しそうでもアシュラマンのような人気超人にはぜひ出ていただきたい! 繰り返しますが、これは僕の頭の中の話ですが......。まずは超人血盟軍の中でブロッケンJr.に交渉に行くんです。そうしたら彼はノリノリでOKしてくれまして。
そこから彼に腕を引っ張ってもらって、ニンジャとかアシュラマンにもなんとかOKをもらえたという感覚です。そこまでお膳立てができてようやく、思いついたストーリーを彼らのセリフとして書き始めることができるという段取りです。ほかの人が聞いたら、なんでそんな面倒なことしてんの?って思われそうなんですけど、大好きな作品のノベライズを書くということは、それくらいの覚悟が必要だと思っています!
――おぎぬま先生がかなりディープな『キン肉マン』ファンであることはもはや周知の事実ですが、好きな作品のキャラクターに自分の作ったセリフをしゃべらせる難しさがある、ということでしょうか?
おぎ まさにそこなんですよ。大好きだからこそいい加減なこと、失礼なことはできませんし、ファンの人たちが共有しているキャラクター像を壊しちゃいけないのも重々承知してますので、緊張感を持って取り組ませてもらってます。でもその中にあって、読者のみんなが慣れすぎて忘れかけてるキャラクターの良さもあると思ってて、そういうところはあらためて掘り返していきたいとも思ってます。
たとえばサンシャインですが、今となっては人のよさが隠し切れず、なんなら優しくて気のいいおじさんみたいに認識し始めてるファンの人も多いと思うんです。でも、そもそも彼は悪魔六騎士の首領格でものすごい怖さのある超人なのも間違いないと思うんですよ。そういうところを再確認してもらうために掘り下げて、意外性を出していく、みたいな作業ができるのはファンとしても作家としても楽しいですね。
――前作との違いでひとつ目を引くのは、各短篇の冒頭や合間に、事件の状況をより具体的に整理、考察できる図解がところどころ挿入されている点です。これは意図的にそういう要素を加えられたんしょうか?
おぎ はい、これは前作の反省からですね。『四次元殺法殺人事件』の発売後にSNSなどの反応を見させてもらっていたんですが、当初の僕はそれを見るのが怖かったんです。「こんななんでもありなの解けるわけないだろ!」みたいな罵詈雑言ばかりだったらどうしようって。
でもふたを開けてみたら『キン肉マン』ファンの方々は侮(あなど)れなくて、一見なんでもありに見えるその状況を受け入れてくれた上で、なおかつ悔しいというのも変なんですけど、「これは解けた!」って真正面からミステリ攻略に挑んで完全突破してくれた方が少なからずいらっしゃったんです。
そもそも前回は、ミステリに全く馴染みのない人でも楽しんでもらえるように......とトリックや話の構造をシンプルにするように気をつけていました。
なので、読者の方々が「物足りん!」「もっと歯ごたえのある謎をくれ!」と望んでくれるのならば、こちらも全力で応えたいじゃないですか。じゃあ今回は、もう少しレベルを上げさせてもらいますよ!と、間取り図なども自分でつくりました。
――今度は簡単に解かせないぞ、と?
おぎ もちろん、それもありますが、きちんとフェアな謎解きができるように意識しました。僕の中で本当に驚きだったのは『キン肉マン』ファンの裾野はものすごく広くて、ミステリ慣れした読者が想像以上にたくさんいらっしゃったことです。
それは前作を出せたからこそ得られた知見でしたので、じゃあ前作で真正面から僕の用意したトリックと闘って見事に破ってくれた、そういう方々へのリベンジマッチを今回は果たしたい、という気持ちが強くあります。
――そうなると前作『四次元殺法殺人事件』は初級編、今作『悪魔超人熱海旅行殺人事件』は中級編、といった見方もできるということでしょうか?
おぎ 確かにそういう捉え方はできるかもしれません。今作の謎を解けた人が多かった場合は、上級編の『パーフェクト・ザ・ルーム(完璧なる密室殺人)』を引っさげて、再々リベンジをさせていただきます(笑)。
――それではあらためて今作、特にどういうところを読者に注目いただいきたいという見どころをお聞かせいただけますか?
おぎ そうですね。ゆでたまご先生の『キン肉マン』本編は、超人格闘技の物語をベースに友情や信頼を描いていく作品です。魅力あふれる超人たちの生き様や、男と男の熱いぶつかり合いは、見るものすべてに感動と勇気を与えてくれます。
そんな彼らがちょっと毛色の異なるミステリベースの世界観に紛れ込むと、こんな恐ろしいキャラクターに変わるんだとか、普段とは全く異なる側面が見えて超人としての評価ごと一変することもあると思います。パワーアップしたミステリ部分ももちろんですが、そういうところも楽しんでもらえたらうれしいです。
――ゆでたまご先生の描きおろしカバーも、こんな絵は本編だとまずありえないですもんね(笑)。
おぎ そうなんです! アニメ化も控えてお忙しい中で、僕なんかのリクエストに応えてこんな素敵な絵を描いていただけて感無量です......。キン骨マンの最新カラーイラストなんてこんな機会でもないとまずお目にかかれないですよ!
この時点で、キン骨マン好きの僕からすれば、職権乱用も甚だしいのですが、さらにカバー袖にもゆでたまご先生からのコメントをいただけました。それも『キン肉マン』ファンの皆さんには合わせてお楽しみいただけますと幸いです!
――ぜひ今回も評判になって重版、さらには続刊の上級編『パーフェクト・ザ・ルーム(完璧なる密室殺人)』の出版まで決まることを我々としてもお祈りしております!
おぎ そうなるとうれしいですね! その時はぜひ謎解きを心ゆくまで楽しんでいただけるよう拡大版の間取り図セットと、そこに配置できるキンケシも付録に添えて、集英社さんが出版許可してくださることを僕も心から祈ってます!(笑)
――そこまでは難しいかもしれませんが......。
おぎ えええ......!? でもそんな夢を持つくらいの気概で取り組んでます。何卒、お手に取って皆さん一緒に楽しんでいただけますよう、よろしくお願いいたします!(笑)。今日は汗だくになるほど熱く語ってしまいすみませんでした!
●おぎぬまX(OGINUMA X)
1988年生まれ、東京都町田市出身。漫画家、小説家。2019年第91回赤塚賞にて同賞29年ぶりとなる最高賞「入選」を獲得。21年『ジャンプSQ.』2月号より『謎尾解美の爆裂推理!!』を連載。小説家としての顔も持ち、『地下芸人』(集英社)が好評発売中。『キン肉マン』に関しては超人募集への応募超人が採用(JC67巻収録第263話)された経験も持つ筋金入りのファン