酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
ギターなどを持って飲み屋街を練り歩き、歌を歌う「流し」。全盛期には都内に500人以上がいたと言われるが、カラオケの流行などにより平成期に一度はほぼ絶滅。そんな「流し」が、現在また増えているという。
そこで今回は、150組のパフォーマーを抱える新時代の流し集団「YOI×芸」の代表で、同様の複数団体が所属する「全日本流し協会」の代表理事でもある岩切大介氏と、6月から本格的に流しを始めたシンガーソングライターのサムカワよん氏を直撃。
そもそも流しって何? どこで会えるの? お金はどうやって払ったらいいの?といった初歩的な疑問から、協会の将来の展望まで、詳しく話をうかがった。
――そもそも「流し」というのはどういう人のことを指すのですか?
岩切 歩きながら芸をお客様に見せてチップをいただいて生活している人と、その行為そのものを「流し」と呼んでいます。昔はほとんど「ギター流し」だけだったんですが、今はいろんなジャンルのパフォーマーさんがいます。ギター以外のウクレレやバイオリン、アコーディオンといった楽器の弾き語りの他に、マジック、大道芸、似顔絵、ピエロ、バルーン、お笑い、占いなどなど、あらゆるパフォーマンスのジャンルを網羅していますね。
――流しの歴史について教えてください。
岩切 歴史をさかのぼると、流しの始祖は江戸時代のかわら版屋にあると言われています。当時の市民は文字を読むことができない人も多かったので、川沿いに掲出されたかわら版を読み聞かせする職業が必要になってきた。それが「演説師」です。
演説師は次第に、ただかわら版を読むだけでなく、時事ネタを面白おかしく歌に乗せて伝えるようになる。これが「演歌師」と言われ、のちのちみなさんがよく知る「演歌」になっていきます。
演歌師は時事ネタで笑いをとってお客さんを集めるもんだから、いろんな飲食店から重宝されて呼ばれた店々を流れながら歌っていくんです。それが「流し」の始まりだとされています。当時は三味線を持ってた方が多いようで、昔の建物の壁は薄いので近所にポロンポロンと音が聞こえてくる。それでどんどん声がかかっていったみたいですね。
――なんと!
岩切 そういった流しは江戸時代から昭和中期まで盛んに行われて、全盛期には東京だけで約500人の流しがいたそうです。北島三郎さんや渥美二郎さんも流しの出身で、当時は「NHKのど自慢」のような流しを特集する番組もあったみたいです。
昭和後期になると流しの目的は変わってきて、主に演歌歌手の方のプロモーション活動として行われるようになりました。「歌を聴いて、よかったらCDを買ってください。さらによければ自分のスポンサーになってください」という感じで。ちなみに今でも流しの活動は営業も兼ねていて、お誘いを受けたら協会を通さずに自由にやっていただいてます。「パーティーに来てほしい」なんてお誘いも結構ありますよ。
――そんな流しはいつ衰退してしまったのでしょう?
岩切 1970年代以降ですね。カラオケが登場し、流しに乗せて歌う必要がなくなったのが大きかったようです。東京ではほぼ絶滅したと言われていましたが、その中で一際目立っていたのが、当協会にも理事として所属し、「平成流し組合」の代表でもある「パリなかやま」という人です。
――そんな一度は絶滅しかけた流しを、なぜダンサーだった岩切さんがもう一度集めて「YOI×芸」という団体を作ろうと思ったのでしょうか?
岩切 横丁プロデュース会社のスパイスワークスという会社が、全国の広大な敷地で、今でいう「ネオ横丁」と呼ばれるのれん街・横丁街を作ろうとしていて、他の場所と差別化するために流しをコンセプトにしようという話になりました。そこでたまたまダンサーをしていて、浅草で大道芸人仲間が多かった僕に声がかかったんです。当時、流しはほとんど存在していなかったので、僕が最初にやったのは大道芸人さんたちに流しができるように教育するということでしたね。
どうやって怪しまれないように挨拶して、芸をして、チップをいただくのか。横丁のコンセプトとして、男女の出会いやお客さん同士の繋がりも大事にしているので、ただチップをいただくだけでなく、人と人を繋げるような役目も求められることがありますね。
僕自身がもともとプレイヤーだったのもあって、ファンがいるところで芸をするパフォーマーと違って、求められていない人にチップをもらわなくてはいけない流しはなかなか難しい技術が必要です。でも、プレイヤーだったからこそ流しの皆さんに寄り添った考えで、流しを文化として残していこうと考えています。
――「YOI×芸」を含めたいくつかの団体が所属する「全日本流し協会」はいつ設立されたのでしょう?
岩切 2015年にのれん街で流しが始動して、2年後、僕が代表を務める「YOI×芸」が2017年に設立、他にも同時期に「平成流し組合」「柏流し」といった流しの新興団体がいくつかできました。それらをひとつにまとめて、流しをひとつの文化としてもう一度再興するために、2023年に「全日本流し協会」を設立しました。
というのが表の大きな設立理由ではあるんですけど、もうひとつ大事な理由として、こうやって我々が現場を作って、ルールを設けて熟練されたメンバーで回しているのに、他の行儀の悪い団体や個人が提携している現場に勝手に入ってきてトラブルを起こしたり、メンバーの引き抜きなどが起こったりする例が頻発しまして、複数の団体で共通のガイドラインを設けてルールを共有するという目的もありました。一言で言えば、「野良流し」の排除ですね。
「YOI×芸」の流しは全員どこかに、パフォーマーだということが文字で流れるバッジが付いていますので、それを目印にしてください。
――現在、流しの人数は増えているんですか?
岩切 昨年、全日本流し協会を設立した段階で400名のパフォーマーが在籍していましたが、今は現場も増えて人数も50人以上増えています。ただ、現場もパフォーマーも関東に集中しているので、関東だと少し飽和ぎみかもしれません。地方はまだまだスケジュールを埋めるのが困るくらいなので、例えば「来月は名古屋に遠征してきます」みたいな方もたくさんいらっしゃいますね。
――流しに会いたい人はどうすればいいですか?
岩切 全日本流し協会が提携しているのれん街、横丁が全国に約35か所あるので、ぜひそちらに来てください。公式サイトやXでパフォーマーのスケジュールも公開していますので、興味がある人を見付けてその日に来ていただくのがいいと思います。
パフォーマーはみな、当日の19時から22時までは必ず現場にいるようにしていますが、やっぱり流しているので、出くわすのが難しいケースもあるかもしれません。それも「流しの味」ってやつですね。
――チップの払い方や金額がわからない方もいると思います。
岩切 パフォーマーは大抵お金の入った箱や帽子を持っていますので、芸が気に入ったり感動したりしたら、そちらにチップを入れていただきます。金額に関しては本当にお気持ち次第ですが、ギター流しだったら1曲につき500~1000円、マジックだったら1つの流れで1000円程度が相場かと思います。もちろんそれより少なくても、多くても結構です。
チップをどうお支払いしていただくかについては、それを分かりやすくはっきりと、でもお客様がイヤな気持ちにならないように説明するのも流しのテクニックです。みんな一流のパフォーマーなので、きちんとどこかで説明をいたします。最近ではPayPay払いなどに対応しているパフォーマーもいますね。
それと、例えばギター流しだったら「もう1曲聴きたい」とか「私が歌うので伴奏してほしい」といったリクエストに応えられるパフォーマーも多いです。
――流しになりたい人はどうすればいいですか?
岩切 一番多いのは同業者からの紹介ですが、今は協会のホームページに応募フォームがあって、そこから誰でも応募が可能です。最初は一次でオンライン面談があって、僕も全員の芸を見ます。そこで合格すると次は2次の実地研修。マネージャーに同行して現地でやってみて、そこで問題なければ晴れてメンバーになれます。
――ぶっちゃけ、流しって儲かりますか?
岩切 パフォーマーというのはひとりで何でもやろうとするとなかなか難しいもので、営業活動を頑張ると芸がおろそかになる。芸ばかり磨いても営業ができなくなる。1回のギャラの目安がだいたい5万から10万と言われていますけど、頑張って1か月に営業を3~4本取っても15万~20万にしかならないですからね。その点、1回の現場で2万円稼げても、月に20回、横丁の現場に行けるようにすると40万円稼げますよね。もちろんいろんなパターンがありますが。
我々は、チップのうちパーセンテージを会費としてお預かりする代わりに、そういう営業やマネージャーの人件費に使ったり、セミナーのために使ったり、楽屋・宿泊施設に使ったりさせていただいています。そうやってパフォーマーを助ける役目が我々だと思っています。
岩切 僕は今、なんとか流しをきちんとした文化として国や文化庁に認めてもらいたいと思っています。お金を恵んでくださいとか言うつもりはないんですよ。ただ、最盛期に500人いた流しが一度は絶滅しかけて、今は450人ほどまで盛り返してきた。流しがこれだけの文化として再興したということを理解してもらいたんです。そして全国の商店街やのれん街で流しがパフォーマンスできる地盤をしっかりと作っていきたいと思っています。
良くも悪くも、事務所で囲わなければいけないスターがいるわけじゃないので、パフォーマーは自由に営業案件を取っていいし、変な話うちが潰れたとしても、 これが文化として100年続けばいいかなと思いながらインフラを作っていこうと思っています。
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■岩切大介
全日本流し協会代表理事。新時代の流し集団「YOI×芸」代表・統括マネージャー。ダンスボーカルグループ・PaniCrewのバックダンサーや、ダンスグループ・AUTRIBEのメンバーとして活動。流しの普及に努めるかたわらで、キッズダンスコンテンストの全国大会「ALL JAPAN SUPER KIDS DANCE CONTEST」の運営もしている
■YOI×芸オフィシャルサイト
https://www.流し.com
撮影協力/ほぼ新宿のれん街(YOI×芸 岩切氏)、東京大塚のれん街(YOI×芸 サムカワ氏)
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。