楽器を持たないパンクバンド、BiSHが解散して1年。元メンバーのモモコグミカンパニーさんはBiSH時代、音楽活動と並行して執筆活動も精力的に行ない、今年5月には6作品目となる『コーヒーと失恋話』を発売。
自身のホームページに掲載していた喫茶店のマスターへのインタビュー連載に、書き下ろした10編の短編小説を加えた作品だ。モモコさんがアポイント取りから取材までを自ら行なった渾身(こんしん)の一作。その短編小説集に込めた思いに迫る。
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――どういった気持ちでこの作品を書き始めることにしたんでしょうか?
モモコグミカンパニー(以下、モモコ) 喫茶店のマスターを見ていて、「何を考えているんだろう」っていう疑問から始まったんです。
昔から純喫茶は好きでよく行っていたんですが、私自身人見知りで、マスターと話したりできなくて。
でもずっと、マスターがどんな気持ちで喫茶店を経営しているのかが気になっていて、それを知るためには取材をするしかないと思い、自分のホームページで喫茶店のマスターに話を聞く連載を始めたのがきっかけです。
最初にお伺いしたのは、その疑問を持つきっかけにもなった高円寺の「アール座読書館」っていう私語厳禁の喫茶店。マスターもお客さんも何もしゃべらないんです。
――今までの活動のおかげで、取材のアドバンテージがあったのでは?
モモコ いや、アポイントを取るのにはかなり苦労しました。名前も「モモコグミカンパニー」っていう特殊な名前なので警戒する方もいらっしゃって(笑)。
取材許可を取る中で、どうやって信用を得たらいいんだろうって考えたり、誤解を解いたりしたので、「自分はこういう者で」って説明する力もつけられたかなと思います。
――取材する店はあらかじめ決めていたんでしょうか?
モモコ いえ、最初のお店以外は、取材したマスターにお気に入りの喫茶店を教えてもらってつなげていきました。そのほうが、まだ知らないすてきな喫茶店との出会いがあるかなって思ったんです。
そのせいで、最初は中央線沿線のお店が多いのに、途中から山登りが趣味のマスターに出会って、結果的に長野県とか函館(北海道)とかに飛ぶことになりました(笑)。
――特に印象に残っている取材はありますか?
モモコ 3店舗目の「邪宗門(じゃしゅうもん)」という喫茶店の当時91歳のおばあちゃんにお話を聞きに行ったときです。
当時、コロナ禍ということもあって、私もファンの方から、「人との関わり方がわかりません」とか「大学に入ったのにリモートばっかりで誰ともしゃべれなくて」と相談を受けることが多かったので、その人たちを代表して、人との関わり方を聞きに行こうと。
私も人と関わるのが得意なほうではないので、「コミュニケーションってどうしたらうまくいきますかね?」と聞いたら、「人と話してないからそう思うだけだよ」って言われたんです。
「本気で人と関わっていたら、悩む暇もなくなるから、どんどん関わっていけばいい」とおっしゃっていて。
それから、もう90歳を超えているのに、「自分も勉強していないと周りにいい人も現れないから、勉強しなきゃと日々思ってるの」とおっしゃっていて、それは自分も頑張ろうと、ハッとさせられた言葉でした。
――そうして取材した後、インタビューからエッセンスを拾った短編小説をそれぞれ書いています。特にお気に入りの短編小説はありますか?
モモコ 好きだと言ってくれる人が多いのは、第6話の「ブラックてるてる坊主」ですかね。
この話の元になった喫茶店が夫婦で営まれているお店で。普段、夕飯は一緒に食べないのに、週末にはふたりで居酒屋に行くというおふたりの絶妙な距離感が面白くて、それを姉妹の話に落とし込めないかなと思って書きました。
それと、幼少期の私自身もなんとなく反映されているなって思っていて。周りが白いてるてる坊主を作る中、ブラックてるてる坊主を作って運動会を中止にさせようっていう、おまじないを強く信じる女の子が主人公なんですけど、私もそういう子供だったなあって。
例えば、家を出る前にまばたきを10回してからじゃないと絶対学校行けないとか、そういう自分なりのルールがめちゃめちゃあったんですよ(笑)。だから愛着の湧く方が多いのかなと思います。
――今作と、これまでに出されている2作の長編小説との違いはなんでしょうか?
モモコ まず書き方が根本的に違うんです。今までの長編小説は、自分の書きたいものが湧いて、そこから書いていく。その世界にどっぷり浸かる"海"みたいな感じ。
一方で短編小説は"湖"みたいな感じですかね。底があるというか、そこの範囲内に収まるというか。
あと、今回は取材を基にしていて、人の言葉を借りているので、どの短編も自分だけで生み出せたものではないなと思っています。そういった意味では唯一無二の作品になったと思います。
――では小説とエッセーだと、書くときの違いはありますか?
モモコ そのすみ分けははっきりあります。エッセーは書いていて苦しいんです。自分の内面を掘り下げてないといけないので。
例えば、『解散ノート』っていうエッセー。解散の1年前、プロデューサーに「解散します」って言われてから、 実際に解散までの日々を書き続けていたんですけど、それはツラい作業でしたね。
一方で小説を書いていると、違う自分になれる感じがするんです。書いている間は日常の生きづらさから解き放たれるので、小説を書くのは楽しくて好きです。
――最後に、今回の作品に込めた思いを聞かせてください。
モモコ 人って、今届かないものを求めているときより、自分の手元にあったものがなくなってしまったときのほうが、喪失感が大きいし、落ち込むじゃないですか。
書いていたときがコロナ禍ということもあって、日常が失われるっていうときに、背中を押せるような作品になったらいいなって思って書きました。
どこからでも読めるので、 それこそコーヒーを飲みながら、冷めないうちに全部読み切ってしまうぐらい、気軽に読んでほしいなって思います!
●モモコグミカンパニー
9月4日生まれ、東京都出身。国際基督教大学(ICU)卒業。2015年3月に結成され、2023年6月の東京ドームライブを最後に解散したBiSHの初期メンバーとして活躍。多くの楽曲で作詞を手がける。18年に初の著書『目を合わせるということ』(シンコーミュージック)、20年に2冊目のエッセー集『きみが夢にでてきたよ』(日販アイ・ピー・エス)を上梓。作家としても、小説『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(共に河出書房新社)を出版している
■『コーヒーと失恋話』SW 1980円(税込)
元BiSHのモモコグミカンパニーによる初の短編小説集。自身のオフィシャルサイト『うたたねのお時間』に掲載していた喫茶店のマスターへのインタビュー連載『コーヒーと失恋話』に、同連載からインスピレーションを得た、恋愛をテーマにした書き下ろし小説10編を加えた一冊。モモコが自らアポを取り、取材、記事作成、写真撮影までをひとりで行ない、記事にまとめてきた物語。恋愛のテーマも、結婚や初恋、マッチングアプリなど幅が広い