尾谷幸憲おたに・ゆきのり
カルチャー系のライター。『週刊プレイボーイ』(集英社)、『ヤング・ギター』(シンコーミュージック)などの媒体で執筆。著書に小説『LOVE※』(講談社文庫/内容みか共著)、『ラブリバ♂』(ゴマブックス)、『J-POPリパック白書』(徳間書店)ほか。「学校法人 東放学園音響専門学校」にて講師も務める。
突然、メタル音楽に目覚めた山本譲二氏と、エッジの立ったファッションでSNSを中心に話題を集める細川たかし氏。いったいどうした!? そんな演歌の大御所による対談を敢行! 共に74歳、遊び心を捨てずに、柔軟に、挑戦する――。ふたりの生き方、ぶっちゃけカッコいいぜ!
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――最近、演歌界の大御所のおふたりが本業とはちょっと違う方向性で話題です。山本譲二さんはヘヴィメタルの楽曲『言論の自由』をリリース予定。細川たかしさんはやたら目立つファッションでネットミーム化しています。どうしてそんなことに?
山本譲二(以下、山本) よくわからねぇな。気づいたらこんなふうになってた。
細川たかし(以下、細川) 若いスタッフに任せてたらこうなっちゃった感じだね。
――山本さんは昨年秋から「山本譲二メタル化計画」という企画をスタートさせたそうですね。
山本 全部、マネージャーがやり始めたことなんで俺はよくわかってなかったんですよ。彼はヘヴィメタルが好きで、インターネットに出す俺の写真を撮るとき、常にメタルのポーズをさせようとしてくるんです。なんだ、これ?って聞いても、「いいからやってください」って言うんで仕方なくやってた。そしたらその画像がSNSでバズり始めた。
すると、今度は俺とヘヴィメタルをモチーフにしたTシャツを作るとか言い出した。正直、こんなの売れるわけねぇだろ?って思ってたら、あれよあれよという間にソールドアウト。生産が間に合わない状態になったんです。
――ギター専門誌『ヤング・ギター』とのコラボで「ギター・コンテスト」もやられてましたね。
山本 全国のギタリストさんに、俺の楽曲をメタルっぽく弾いてもらうコンテストをやったんです。で、動画を公開したら、これも大好評でね。福山雅治君がラジオ番組で絶賛してくれました(6月22日放送のTOKYO FM『福のラジオ』)。今度、菓子折り持って挨拶に行かないとマズイなぁ。
細川 なんか、すごい展開になってきたな。
山本 こういう評判を聞くと、俺もだんだんその気になってきちゃってね。本気でメタルをやろう、って思い始めた。それで仲間の吉幾三に相談したんです。「オイ、兄弟、メタルの曲、作ってくれないか?」と。そしたら「いいよ。その代わり俺も一緒に歌うぞ。本気でやるぞ!」と話が大きくなってきて、ふたりで「J&J」というユニットを結成することになりました。
ちなみに、ユニット名は吉の発案。J&Jってどういう意味?って聞いたら「そんなこともわかんねぇのか? "ジジイ(J)とジジイ(J)"の略だよ!」だって。
――演歌の大御所がヘヴィメタルに挑戦し、CD発売までするのは相当異例なことです。反対する人はいなかったんでしょうか?
山本 全員が賛成というわけではなかったよ。でも音楽は演歌だけじゃない。たくさんのジャンルがある。いろんな人がいろんな音楽を楽しんでる。それをわかってくれる若いスタッフが真剣に動いてくれて、今回の発売までたどり着きました。
――『言論の自由』はサウンドはもちろん、歌詞(吉幾三作詞)も過激で、ポリティカルなメッセージ性があります。「死」という単語がちりばめられているのは、ヘヴィメタル的ですね。
山本 もうヤケクソですね。俺は今74歳ですし、吉幾三は71歳。ふたりとも立派な高齢者です。それなのに日本では、こんなに物価が上がっちゃって、このままじゃ生きていけねぇだろ? 政治家の野郎ども、ふざけんじゃねぇぞ! っていうのを吉幾三は言いたかったんじゃないですかね。ま、あくまで"言論の自由"ですから。
細川 いいアイデアだ。批判されても「言論の自由」って言えちゃうからね(笑)。
――細川さんは若い世代からの人気が高まっているそうですね。
細川 びっくりしてますよ。実際、新幹線の中で学生さんに「一緒に写真を撮ってください!」なんて言われることが増えました。いい年してなんか舞い上がっちゃうよね(笑)。
事務所の人間が俺のTikTokをやってるんだけど、一番見られた動画は俺が髪と眉に染め粉をつけて染まるのをジッと待ってるだけの内容なんだけど、170万回再生。何が面白いのかさっぱりわからないんだけど、楽しんでいただいているなら、ま、いいか、と。
――ネットで話題になった細川さんの「ドクロ柄ジャージ姿」は、その後、さまざまなグッズになったそうですね。
細川 Tシャツとか『THE私服カレンダー 日めくり細川たかし』(7月19日発売予定、主婦と生活社)とか出ますね。アクリルスタンドも発売したんだけど、こっちは売り切れちゃいました。
今度の新曲『男船』のCDジャケットもこのジャージ姿です。レコード会社の若いヤツに「ジャージ姿の写真を使ってジャケ写作れば?」なんて軽く言ったら、荒波をバックに俺が20人くらい並んでる画像が送られてきた(笑)。これは年食った人間じゃあ、できません。若いヤツらだからこそのセンスだと思うね。
細川 そう。俺はな~んにも考えてない。こうなるように仕掛けたわけじゃない。そもそもの取っかかりからして、偶然だからね。あのドクロ柄のジャージの私服も、写真週刊誌に撮られたことで広まったの。俺が今の女房と再婚した直後、パパラッチがやって来て写真を撮られたわけです。
その写真を撮ったカメラマン、実は顔見知りなんだ。けっこういい人でさ、そのときもこ~んなに長い(望遠レンズの)カメラでパシャパシャ!撮りながら、「細川さん、再婚おめでとうございます!」なんて憎いことを言うの。そう言われたら撮らせるしかないでしょ。それが巡り巡って、こんな展開につながっちゃった。だから、こっちにはなんの意図もない。ただ流れに身を任せているだけなの。
――お話を聞いていると、おふたりは「山本譲二」「細川たかし」というキャラクターを使って若いスタッフに面白いことをしてほしい、そんな希望があるように感じるのですが。
細川 若いのから「こんなのはどうですか?」と提案されたら、どんどんやってもらう。いいんじゃないの? 任せたって。俺は絶対に拒否しないね。
山本 そうすると新しいものができるんだよな。
――でも、こういうネタ的なイジられ方をされるのは気に障ったりしません?
山本 それに関して言うと、俺たち......吉幾三、細川たかし、山本譲二の3人は《盟友》と呼べる仲で、しょっちゅう酒を飲んだり、遊んだりしているんだけど、この3人に共通するのは「遊び心」なんだ。
普段は真面目に演歌を歌っているけど、常に頭のどこかしらで「面白いことをしたい!」と思っている。だから若いスタッフの提案には耳を傾けるし、おまえらがしっかり準備してくれるなら、その神輿(みこし)に乗ってやるよ、っていう気分なんですよ。
細川 特にインターネットなんて俺ら世代にはわからないことだらけだから、そういうのは若い人にどんどん任せたほうがいいと思うな。
山本 70歳を過ぎて新しいチャレンジができるっていうのは本当にありがたいことでね。若いヤツらがそのアイデアをくれる。うれしいことじゃないですか。
細川 譲二が今年で活動50周年、俺は来年50周年だけど、今後も果てしなく活動を続けていきたい。
この間、92歳(番組放送時。現在93歳)の二葉百合子さん(演歌歌手/浪曲師)がNHKの番組で歌ってらっしゃったけど、俺たちも90歳を過ぎても『北酒場』(細川氏の代表曲)や『みちのくひとり旅』(山本氏の代表曲)をしっかり歌っていたいじゃない? そのためにも若い人たちと何か一緒に面白いことをしていきたいね。
山本 わかってるねぇ、兄弟。読者の皆さんも何かアイデアがあったら、いつでも事務所に送ってきてよ。俺たち、ちゃんと目を通すからさ。
●山本譲二(George YAMAMOTO)
1950年生まれ、山口県出身。67年、早鞆(はやとも)高校野球部に在籍し甲子園出場。74年『夜霧のあなた』で歌手デビュー(芸名:伊達春樹)。北島三郎氏の付き人兼前唄を務めながら76年には山本譲二の本名で『そばにおいでよ』で再デビュー。81年『みちのくひとり旅』がミリオンヒット。これまでの紅白歌合戦の出場は13回
●細川たかし(Takashi HOSOKAWA)
1950年生まれ、北海道出身。75年『心のこり』で歌手デビュー。その後『北酒場』『矢切の渡し』など代表曲を生む。民謡の名取としても知られており、「三橋美智貴」の名で活躍中。紅白歌合戦への出場は40回と歴代5位。全日本スキー連盟(SAJ)公認スキーバッジテストで1級を取得している
カルチャー系のライター。『週刊プレイボーイ』(集英社)、『ヤング・ギター』(シンコーミュージック)などの媒体で執筆。著書に小説『LOVE※』(講談社文庫/内容みか共著)、『ラブリバ♂』(ゴマブックス)、『J-POPリパック白書』(徳間書店)ほか。「学校法人 東放学園音響専門学校」にて講師も務める。