■詳細がわからないまま制作するのが面白い
7月19日(金)から三越前福島ビル(日本橋)で開催される『行方不明展』。会場には、貼り紙や遺留品など、行方不明にまつわる物品や情報が集められている。(※この展示はフィクションです)
本展示会のプロデューサーを務めるのは、ホラーテイストの番組を多く手がけるテレビ東京の大森時生(おおもり・ときお)氏、そしてアートディレクターは、これまで映画『万引き家族』や『ミッドサマー』のグラフィックデザインを手掛けてきた大島依提亜(おおしま・いであ)氏だ。
そんなふたりが考える、わかりにくいホラーがウケているわけとは。
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――タッグを組むのは今回が初?
大森時生(以下、大森) いえ、これまでも何度かビジュアルディレクションをお願いしていました。最初にご一緒したのは、2023年2月に行なわれたAマッソさんの単独公演『滑稽』で、その後も何度かお願いしました。
大島依提亜(以下、大島) 最初はキーヴィジュアルだけだったりしたんですけど、徐々に携わる量も増えていきましたね。
大森 今回は展示物の雰囲気や配置などのディレクションをしていただいています。
――『滑稽』で声をかけた経緯は?
大森 以前から大島さんの作品を拝見していて、ずっとご一緒したいと思っていたんです。それで、大島さんのXを見ていて「お笑いが好きなのかな?」って思って。
大島 それが鋭いんですよ。僕、お笑い好きなんですけど、SNSではおおっぴらに言ってなかったんです。
なのに、大森さんからAマッソの話が来たのでびっくりして。「やりたかった仕事だ!」って喜んでたら、ちょっとニュアンスが違ったんですよね......。
――『滑稽』は、ネタとネタの間に不気味な映像が挟まり、徐々にネタにも違和感が出てきて、最後の最後に新興宗教のプロパガンダ公演だったとわかる、という構成でした。
大島 でも、よくよく考えたら、そもそもなぜ僕なんだろうと思って。それで最初の打ち合わせに行ったら、「あれ、これ普通のお笑いじゃないぞ」みたいな(笑)。
しかも、大森さんとの打ち合わせは特にぼんやりしていて最初はよくわからなかった。
大森 映画と違って、テレビだとスケジュール的に完成したものが見せられないので、かなり漠然とした依頼になってしまうんです。だから企画書でイメージをすり合わせてデザインを作っていただくっていう。
大島 それだけじゃなく、作品の説明を聞いても「どういうことだろう」って煙に巻かれる気持ちになるんです。でも、大森作品を見る視聴者も似た感覚になっていると思うんですよね。
なんなら制作サイドも頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらやってることもあるんじゃないかなって。それが面白いんですよね。
映画製作でも、特に難解な映画を作る監督、(ジャン=リュック・)ゴダールの現場とかも同じように誰もわかってないのに現場が進行していてることがあると思うんですよね。
なんか僕としては、それにすごく近いものがある気がしていて。だからご一緒していてすっごく楽しいです。この訳わからない人についていってみるかーみたいな。
■都知事選にあらわれた"わかりやすさ"至上主義
大島 映画宣伝の世界にいると、お客さんはわかりやすいものを好むという前提で宣伝がなされる場合が多くて、実際に興行成績を見ても、わかりやすい作品が上位を占める傾向にあるわけなんですけど。
でも、大森作品のファンはわかりにくいものをそのまま喜んで受け入れてて、そういう層がいるっていうのが驚きだし、すごく頼もしいですよね。
大森 逆に言えば、"わかりやすさ至上主義"の世界だからこそ、その"わかりやすさ"に辟易している人もけっこういる気がします。
僕自身もよくTikTokやYouTubeショートでどうでもいい動画を見てたら1時間経ってた、みたいなことがあるんですけど、そういうわかりやすいものばかり摂取する自分がイヤだって感じる人も一定数いると思っていて。
そういう人を中心に、文脈をちゃんと理解して、自分の感情を動かしたいって需要があるような気がしています。
――"わかりやすさ"至上主義ですか。
大森 例えば、この間の都知事選で石丸(伸二)さんが躍進しましたけど、石丸さんはわかりやすかったんだと思うんですよね。あそこまで伸びたのは彼の"見ちゃう性"だったというか。
それが訓練による賜物なのか天才なのかは不明ですけど、どのシーンを見ても石丸さんが主人公に見える感じと、石丸さんを支持する層もそうでない層も、どの立場にせよ議論したくなる感じ。石丸さんの話す内容は(極端に言えば)関係ないとも言える。
大島 それがゆえに引き込まれて見ちゃう感じですよね。
大森 そんな彼の"見ちゃう性"がSNSと相性がよくて、若い世代を中心に票を伸ばしたっていうのがある気がしています。
大島 確かに、石丸さんが大衆にウケて、それが票にあらわれたっていうのが、わかりやすさ至上主義の現代を映しているかも。不思議なのはSNSで石丸さんを支持する人はちらほら見かけたりはするけど、これほど大多数の人が支持しているとは誰も思わなかった。いわばサイレントマジョリティとして支持する層が一定数存在する。
大森 Xって実はすごく偏っているというか。日頃から文字を読んで文字を書いている人が集まったソーシャルメディアで、そういう人のほうが本当は珍しいんじゃないかって思うんですよね。
TikTokなどのショート動画を見ている人が多数派で、石丸さんが何度も流れてきて顔も知っているし投票しようっていう人のほうがほとんどだっていう。やっぱりその反発でわかりにくいものへの需要も静かに増えているのもあると思います。
■ユーモアとリアリティは物語に乗せる一歩目
大島 気になってたんですけど、大森さんってあたかも本物であるかのような、ドキュメンタリー性を装いながらも、あくまでフィクションに軸を置いているというか、リアリティを追求しすぎない印象があるんですけど、その辺りはどうでしょう?
大森 そうですね。正確に言えば、リアリティを追求しているブロックとしていないブロックがあるって感じですかね。
例えば、『滑稽』でいえば、宗教団体が作ったプロパガンダ映像は、リアリティを追及したら不気味じゃなく明るくハッピーで楽しい映像になるはずなんですよね。
だけどやっぱりフィクションとして見たときに面白くあるべきで、「不気味」「気持ち悪い」って感情を呼び起こすことのほうが優先順位が高いので、そしたらリアリティは別に追及しなくていいか、みたいな。
大島 それもあってか、大森さんの作品を見たときに、Jホラーの文脈とはまったく違う感触をすごく感じます。
リアリティラインの話でいえば、やっぱり黒沢清監督。今年9月27日に全国公開される『Cloud クラウド』っていう映画作品で、菅田将暉さんが銃を構えるポスタービジュアルを手がけたんですけど、黒沢映画に銃が出てくるのって珍しいんですよ。
銃社会ではない日本で銃撃戦したりすることの違和感みたいな話は初期からおっしゃっていて、だから石や鉄パイプで殴ったりするシーンが多いのかなと。
でも決してリアリズムを追求している監督というわけでもないんですよ。というのも、急に無人攻撃機対長谷川博己とか、荒唐無稽にジャンプアップする部分もあったりする。
大森 黒沢さんってミクロの世界でのリアリティラインを非常に大事にしているのに、ちょっとでも広くなるとそこは気にしなくなるというか。
大島 石を頭に落としたときの鈍い音にすごいこだわるのかと思えば、後半の物語が世界規模の壮大な物語になったり。
大森 細かいところのリアルさがあるから、物語に乗れるんでしょうね。自分との近さを感じるというか。
大島 その「乗せる」ために効果的なのってリアリティもそうですけど、笑いにもあると思うんですよ。大森さんって笑いにすごく慎重ですよね。韓国のノワール映画とかだと、シリアスなシーンとユーモラスなシーンを交互に展開して、それが物語をドライブさせるところがある。
けど、大森さんの作品は笑いと怖さのバランスをかなり慎重に選択されてますよね。そこが重要なポイントだと思っていて。怖さでいえば、いわゆるジャンプスケアのようなわかりやすく怖い瞬間を作ることはせず、じとっとしていて。
かたや笑いといえば、笑っていいんだか悪いんだか......アンビバレントな気持ちにさせられる。そこが逆に引き込まれるポイントになっている感じがします。
大森 笑いでいうと、僕の中には「笑うと文脈に乗っちゃう」っていう感覚がすごいあって。僕が最近すごく怖いと感じたのが、今年6月に放送されたとある芸人さんが人気ラジオにゲスト出演された回で。
その方は、ディープステートなどの陰謀論を普段はある種流布しているところもあるんですけど、そのラジオがシンプルにめちゃくちゃ面白かったんです。
そこで陰謀論の話を本気でしていたら、「そういう人なんだな」って線を引けるのに、面白い掛け合いをしていて。それって〝入口〟すぎるなって。
大島 こんなに面白い人が言うなら、みたいな。
大森 そうです。でもこの芸人さんの面白い話がもっと聞きたいって掘り下げていったら、そういう活動に続いていくわけで。笑ったところから文脈に乗ったことになるというか。
大島 映画とかだと、「あまりに怖いと逆に笑えてくる」って快楽はあると思うんですけど、「あまりに面白いと逆に怖くなる」っていうのに興味があるのかもしれないですね。
大森 そうですね。相手の文脈に乗っちゃうことへの恐怖が潜在的にかなり強いのかもしれないですね。
大島 大森さんって、あんま人のこと信用しない?
大森 いやいや基本的にはするんですけどね。
大島 僕が急に陰謀論とか話し始めたら?(笑)
大森 そういう匂いを感じた途端に怖くなります(笑)。
■フィクションだからグッドルックにできる
大森 僕が大島さんとやっていて一番助かるな、すごいなって思う点は、ストーリーとかを伝えなくても、感情やニュアンスを伝えれば、そのキーワードをもとに一緒に真剣に向き合ってくださるところなんですよね。
大島 制作サイドってわかりにくい作品でもある程度共通認識を設定するんですけど、大森さんの作品の場合はそれが一切無駄で、捉えどころのない、ふわふわしたまま、まさしく不明のまま付き合うしかないんです。
大森 僕はプロデューサーでもあるので、ちゃんとグッドルックである必要もあると思っていて。フィクションにこだわる理由でもあるんですけど、「本当にあった」という体の心霊ドキュメンタリーなんかだと、どうしてもリアリティが優先しなければいけない苦しさがあるんです。
大島 その結果、Jホラーのようなデザインになるんですよね。そしてそれによってニッチなコンテンツと化してしまうという流れがあったかもしれない。確かに本来ホラーって、濁っていたり汚れていたりするのがポスタービジュアルに出るんですけど、僕はあえてすっきりさせちゃう場合もあります。
大森 最初の打ち合わせで話したんですけど、「行方不明」とは別軸で、近年のSF作品でもトレンドになっている「ここではないどこかへ」っていうのもテーマにしていて。
今を生きている人って、皆ありとあらゆる文脈とかバックボーンを背負わされまくっているから、そこから解き放たれたいっていう人が多いと思うんです。僕もかなりあるんですけど。
やっぱりフィジカルで見れるのって、映像とはまたひと味違った面白さだと思います。
大島 まあ、僕としては、ここまで喋っておいてなんですが、大森さんが何をやっていて、何を見せてくれるのか、実はまだよくわかってないんですけどね(笑)。
● 『行方不明展』
(チケットの購入は こちら)
場所:三越前福島ビル
住所:東京都 中央区 日本橋 室町1-5-3 三越前 福島ビル 1F
※東京メトロ「三越前駅」徒歩2分
開催時間:11時〜20時 ※最終入場は閉館30分前
※観覧の所要時間は約90分となります
料金:2,200円(税込)
主催:株式会社闇・株式会社テレビ東京・株式会社ローソンエンタテインメント
webサイト:https://yukuefumei.com/
Xアカウント:https://x.com/yukuefumeiten
● 大森時生(おおもり・ときお)
1995年生まれ、東京都出身。2019年にテレビ東京へ入社。『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『Raiken Nippon Hair』『このテープもってないですか?』『SIX HACK』『祓除』『TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています』などを担当。2023年にForbes JAPAN 30 UNDER 30に選出
● 大島依提亜(おおしま・いであ)
映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。主な仕事に、映画『パターソン』『万引き家族』『ミッドサマー』『ちょっと思い出しただけ』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『アフターサン 』『Pearl パール』『枯れ葉』『ボーはおそれている』、展覧会「谷川俊太郎展」「ムーミン展」「ヨシタケシンスケ展かもしれない」、書籍「君のクイズ/小川 哲」など