昨年、格闘ゲーム『ストリートファイター6』を舞台に各国の大会で目覚ましい成績を残し、eスポーツ界のホープとして一躍その名が知れ渡ったプロゲーマー・翔。現在開催中の世界最大のゲーム大会「eスポーツ・ワールドカップ」でも優勝が期待されている。福島県の飯坂温泉街から頂点を狙う彼が、自身の"ゲーム半生"をじっくり語ってくれた!
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■周りには誰もいない。でも、孤独じゃない
2023年6月、格闘ゲーム『ストリートファイター6』(スト6)が発売され、各地で大会が行なわれる中、"スト6のシンデレラボーイ"としてすぐさま頭角を現したプロプレイヤーがいた。福島を拠点に活動するeスポーツチーム「FUKUSHIMA IBUSHIGIN(フクシマ イブシギン)」の翔(かける)だ。
同年夏にサウジアラビア・リヤドで開催されたゲームの世界大会「Gamers8(ゲーマーズエイト)2023」のスト6部門で優勝、賞金40万ドル(約6000万円)を獲得したほか、今年4月開催の国内最大の格闘ゲーム大会にして海外の強豪も参加した「EVO(エヴォ)Japan 2024」では準優勝を果たすなど国内外の大会で確かな実績を残している。
この8月には「Gamers8」の後継大会にして世界最大規模のeスポーツ大会「eスポーツ・ワールドカップ」(スト6部門の本戦は8月9~12日)に出場するほか、所属チームのエースとして同月に開幕の「ストリートファイターリーグ: Pro-JP 2024(SFL)」にも初出場する。
「ストリートファイターリーグ(SFL)」とは格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズで活躍するプロプレイヤーたちがチームを組み約半年をかけて戦いを繰り広げるリーグ戦。
7シーズン目を迎える「ストリートファイターリーグ: Pro-JP 2024」(8月16日開幕)では、初の「2ディビジョン制」を実施。4人1組、計12チームが2つのリーグに分かれ、上位チームが「プレイオフ」「グランドファイナル」にて日本最強の座をかけて争う。シリーズ最新作『ストリートファイター6』で大会を実施する。
そんな今、日本で最も注目される若手プロゲーマーを直撃!
「もともとゲーム好きの家庭で育ったんですね。物心ついたときからゲームが身近にあって、当たり前のように触っていました。家族みんなでやる『マリオパーティ』シリーズのようなパーティゲームだったり、人と対戦したりするゲームをやることが多くて、そういう中で『勝負事って楽しいな』と自然に思うようになっていました。
そして、その中には格闘ゲームもありました。11年、中学2年生の夏休み、近所のゲームショップで、『PS3』(プレイステーション3)と一緒に『スーパーストリートファイターⅣ アーケードエディション』(スパⅣAE)というソフトを買いまして。最初は家族と対戦していたんですけど、もう本当に面白くて! 家族の中で僕だけがめちゃくちゃハマってひとりでずっとやるようになりました」(翔、以下同)
「格ゲーをやる友達はいませんでした。同じマンションに同学年の友達がいて、その子に格ゲーを勧めて一緒にやったりはしたんですけど」
ただ、その友人とも互いに研鑽(けんさん)し合う関係にはならなかった。
「どうしてもレベル差があったと思います。その子とはスパⅣAEじゃなくても『スマブラ』(『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズ)でも遊んだりして、仲はずっと良かったですよ」
周りにはライバルがいない、中学校もやがて不登校気味になった。とはいえ孤独だったかというと、そんなことは決してなかった。
「その頃にはオンラインでの対戦システムが整備されていたんで、ネット上のつながりは充実していました。強いプレイヤーと対戦できましたし、ツイッター(現X)だったり、ニコ生(ニコニコ生放送)だったり、スカイプだったりがあって、そこには格ゲー仲間がたくさんいましたから」
■東京遠征と、ウメハラとの対戦
当時、憧れていたプロゲーマーは?
「やっぱりウメハラさん(*1)。というより、ウメハラさんしか知らないって程度の知識でした(笑)」
(*1)梅原大吾氏(43歳)のこと。2010年にアメリカ企業とプロ契約を結んだ日本初のプロゲーマー。格闘ゲーム界のみならず日本のeスポーツシーン全体に道を示したレジェンド。まだまだ現役で、8月開催の「SFL: Pro-JP 2024」にも出場する
そんなウメハラと、初めて対戦したのも中学生のときだった。
「夏休みや冬休みに、東京に遠征しました。3000円ぐらいの格安深夜バスを使っての強行軍で、新宿の『タイステ』(*2)というゲーセンで腕試しをしようと」
(*2)「タイトーステーション 新宿南口ゲームワールド店」のこと。当時、格闘ゲームの猛者たちが集うゲーセンとして有名だった
ゲームセンターにおいて格闘アーケードゲーム機はまだ人気があった時代。スパⅣAEの筐体(きょうたい)の前には人だかりができていた。
「そこでウメハラさんと初めてリアルで対戦したんです。そのとき、ウメハラさんは連勝していて、筐体を挟んだ対面には挑戦者たちがずらっと列を作っていました。100円を握り締めながら(*3)、そこに並んだときは本当にワクワクしましたね。負けて並び直してまた挑んで負けて、というのを3回繰り返しました(笑)。そういうのがすごい刺激になって、格闘ゲームにもっと本気になりました」
(*3)格闘アーケードゲームの基本システム。勝者がそのままゲームを続行し、敗者もしくは新たなプレイヤー側が100円を投入する
その取り組み方はゲーム機選びまでに及んだ。
「当時、プロはスパⅣAEのネット対戦をPS3ではなく『Xbox 360』でやっている、という話を聞いたんですね。Xbox 360のほうが、ラグ(ゲーム画面と操作の間に生じる、ほんのわずかな時間差のこと)が少ないという噂だったんです。お年玉でゲーム機本体とそれ対応のスパⅣAEを買い直し、さらにはコントローラーも新調して。当時の僕にとってXbox 360は"格ゲー専用機"でした」
■「プロ」への思いはくすぶっていた
13年頃、不登校気味だった中学時代とは打って変わって高等教育を受ける年齢になったときには「普通に学校には行っていた」という。
「高校に行かないのは、就職とか将来的なことを考えたときに、さすがにヤバいなって。けっこう人並みの危機感みたいなのを抱くようになったんですね(笑)。情報系の高等専門学校(2年制)に通うことになりました」
その頃は、「プロゲーマー」になるという道はあまりに非現実的なものに思えた。
「当時、プロゲーマーになれる人は本当にごくわずか。なれるものならなりたいけど、なれるとは全然思いませんでした」
ただ、格闘ゲームへの熱はずっと冷めなかった。そして「強くなりたい」という思いはちょっとだけ独特なスタイルを生んだ。
「大会には全然出ませんでした。大会に出るのは強くなるためには効率が悪いんじゃないかと。対戦の待ち時間や移動時間がストレスというか、その時間もトレーニングや対戦に注ぎたかったんですね」
高専を卒業し、IT系の会社に就職。社会人として多忙な日々を送る中で「格闘ゲームから少し離れていた時期もあった」という。
「でもある日、職場がある名古屋の大須の近くのお店(*4)で『ストリートファイターⅤ』の対戦会をやっているのを知ったんです。そしたらいつのまにか毎週1回は通うようになって。週末には小規模な大会が開かれて、遠方から強いプレイヤーがやって来て、自分の中でモチベーションが高まっているのを感じました」
(*4)「eSportsカフェ&バー コミュニティスペース スカイ」。名古屋在住のプロゲーマーがよく利用する店として知られている
強いプレイヤーたちと、オンライン、オフライン問わず切磋琢磨(せっさたくま)する日々、やがてプロになりたい、という思いが少しずつ心中でもたげてくるのを感じた。
「16年頃、『忍ism Gaming(シノビズム ゲーミング)』(*5)というeスポーツチームがプロの育成枠の募集をしていたので、応募したんです。でも、選考会に参加するためには東京に何度も行かなくてはいけなくて、そのとき名古屋で高専生活を送っていた僕は、結局断念しました。
そのときの悔しい思いがずっと残っていて。そういうプロに近づける機会があれば、もう一度、手を挙げたいなと思っていたんです」
(*5)東京・東日暮里を拠点に活動するプロeスポーツチーム。『ストリートファイター』シリーズの現役トッププレイヤー「ももち」選手がオーナーを務める。2021年よりSFLに参戦。今シーズンも強豪の一角としてリーグ戦を戦う
■思い描いた未来とはちょっと違ったけれど
そんな折、19年に新しいeスポーツ団体が産声を上げた。「GAMING TEAM いぶし銀」。現在、翔が所属する「FUKUSHIMA IBUSHIGIN」の前身に当たる、東北を活動拠点とするアマチュアチームだ。
「縁があり、そのチームが当時新設したばかりの格闘ゲーム部門に加入することになりました。『プロになる』ということを現実の目標として意識して、アピールのために大会にも積極的に出場するようにしました」
数々の大会の中で、翔にとっての分岐点となったのが、21年7月に開催されたカプコン公式大会「SFL:Pro-JP 2021 トライアウト大会♯3」だ。
一般社団法人「日本eスポーツ連合」(JeSU[ジェス]*6)の公認大会であり、優れた成績を残せば同団体から発行されるプロライセンスを取得できる可能性が大きく高まる。ここで翔は見事優勝を果たした。
(*6)将来的なeスポーツの五輪採用に向けて、国内のeスポーツ団体が統合、2018年に発足した組織。eスポーツに関する調査やプロライセンスの発行、選手の育成や支援などを行なう。今年6月11日、日本オリンピック委員会(JOC)は、同団体を準加盟団体として承認した
「ここで結果を残せば道が開ける。優勝を狙うって本気で思ったのは、この大会が初めてだったかもしれません。めちゃめちゃプレッシャーだったけどなんとか優勝して、プロライセンスを獲得できた。そのことでチームの格ゲー部門の風向きが大きく変わったんです」
それはアマチュアチーム「いぶし銀」が「格ゲーのプロチームをつくる」ということを意味していた。
21年11月、アメリカ・ラスベガスで開催された「RED Bull Kumite Las Vegas(レッドブル クミテ ラス ベガス)」のゲスト選手に招待されるなど着実に実績を積み上げていった。
「僕は、プロライセンスを持つ社会人プレイヤーとして活動しながら『専業のプロゲーマーになりたいけど、プロとしてやっていけるんだろうか』とずっと悩んでいました。でも、もうその頃には専業としてやっていく決意を固めていました」
23年6月のスト6発売を絶好のタイミングと見た翔。「ここで踏み切らなければ、もうチャンスはない」と同年4月に専業プロへの転向を宣言した。すでにプロeスポーツチームとして出発していた「FUKUSHIMA IBUSHIGIN」の拠点である福島市飯坂町(いいざかまち)に移住。そこにはもう迷いはなかった。
そこからの活躍は前述したとおりだ。
「小学生の頃、僕はバスケ部にいて、将来はバスケ選手になって世界中を飛び回るなんてことを夢見ていました。今、それとはかけ離れたプロゲーマーをやっていますけど、世界各国あちこちのゲーム大会に遠征している。子供のときに思い描いた生き方から、そんなに離れていないな、なんて思ったりします」(敬称略)
●翔(Kakeru)
1997年生まれ、愛知県東海市出身。一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)公認のプロライセンスを保持するプロゲーマー。プロeスポーツチーム「FUKUSHIMA IBUSHIGIN」所属。IT系の会社に勤める兼業プロだったが、『ストリートファイター6』発売を控えた2023年4月に専業へと転向し、その後、国内外の大会で数々の実績を残す