世界2位の産油国サウジアラビアは、今、エンタメ産業に莫大な資金を投資中。特にビデオゲームの競技「eスポーツ」への傾倒はすさまじく、いつの間にか同国は世界屈指のeスポーツ大国に!?
現在、首都リヤドでは「eスポーツ・ワールドカップ」が開催中だ。その熱気を中東コーディネーター、鷹鳥屋明(たかとりや・あきら)氏にリポートしてもらった!
■世界屈指のeスポーツ大国
今年7月23日、国際オリンピック委員会(IOC)は、サウジアラビアで2025年に第1回「オリンピックeスポーツ大会」を開催すると発表しました。
同委員会は「サウジアラビアはeスポーツ分野において類いまれな専門知識を有している」とし、今後12年間、eスポーツの五輪大会はサウジアラビアで通常の五輪(夏季、冬季)がない奇数年ごとに開催する予定だそうです(第2回は27年、第3回は29年)。
なぜ仮にも五輪を冠した大会の開催地がサウジばかりに?と思う方もいるでしょう。しかし、これは突然決まったことではありません。
2019年からサウジは観光業に力を入れ始めました。しかし、首都リヤドの夏は湿度こそ高くないのですが、昼の屋外は涼しいときは40℃、暑いときは47℃近くと大変過酷な環境です。
そのため屋内で完結するイベントであり、まだ発展途上にあるeスポーツに活路を見いだしました。ふんだんにオイルマネーを注ぎ込み、あっという間に世界屈指のeスポーツ環境を整備したのです。
そして今、リヤドでは「eスポーツ・ワールドカップ」(以下、eスポーツW杯)が開催中です(7月3日~8月25日)。競技種目として約21のゲームタイトルが用意されていて、世界各国から500チーム以上が参加、賞金総額は6000万ドル(約96億円)に上ります。
それ以前にもサウジは「Gamers 8」という大型のeスポーツ大会を2回(22年、23年)にわたり実施しました。そのノウハウを発展・拡大させた上で先述のW杯の初開催に至り、そして25年の「オリンピックeスポーツ大会」へとつなげたといえるのです。
このたび、ありがたいことにサウジ現地の大手eスポーツチーム「Team Falcons(チーム・ファルコンズ)」からご招待をいただきまして、現在開催中のeスポーツW杯の現地会場を訪問することになりました。
世界有数の"eスポーツ大国"となったサウジの今をご紹介できればと思います。
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eスポーツW杯が開催されている会場は、リヤド市内にある、観光エリア「ブールバード・シティ」(約90万㎡)の一角にあります。
会場内は、スポンサーの名を冠する「eスポーツアリーナ」と「企業ブース」で構成されています。eスポーツアリーナは、計4つのアリーナに分かれ、それぞれステージの構造に適したゲームが開催されています。どのステージにも巨大スクリーンがあり、オンライン配信を意識した撮影機器や、音響設備など全体的に豪華な造りです。
■あまりの暑さに体調不良になる選手も
先述したように、サウジの屋外は、日本をはるかに上回る酷暑です。そしてeスポーツW杯はほとんど屋内で競技が行なわれるとはいえ、選手たちは施設間を移動するときは外に出ないといけません。
どのゲームも予選トーナメントは日の高い午前中から夕方にかけて行なわれており、選手や関係者が会場アリーナまで灼熱の道を屋根付きのカートで運ばれていく様子を目にしました。
選手は大変です。遠方から来た疲れはもちろん、施設内外の寒暖差で体調不良になったり、乾燥によりプレイする際の"指のタッチ"の感覚が、いつもと違うことに戸惑ったりと、いろんな苦労があるようです。
とはいえ、予選は気温の高いお昼の時間に行なわれますが、決勝戦などの上位入賞に関わる試合の多くは、日が沈んで気温も下がり、客足も多くなるタイミングに実施されることが多いようです。
■サウジにも根づいていた「ストリーマー」文化
選手だけではなく、観客も世界各国から駆けつけています。例えば『リーグ・オブ・レジェンド』(LoL*1)の試合では、韓国の著名なプロチーム「T1(ティーワン)」のエースであり、同ゲームの史上最強プレイヤーとも評されるFaker(フェイカー)選手が登場し、韓国人のファンが応援していました。彼は韓国では圧倒的な知名度を誇るそうです。日本でいうところの、"大谷翔平並み"といえばその影響力がわかるでしょうか。
(*1)米「ライアットゲームズ」社が開発した基本プレイ無料のオンラインゲーム。世界で最もプレイヤー数が多いPCゲームで、現在も約1億人以上のアクティブプレイヤーがいるとされている
Faker選手は自国以外にもファンが多く、あるサウジ人の女性は、「あのFakerが目の前でプレイしてこっちに手を振ってくれてボードにサインまでしてくれたの!」と興奮気味に話していました。
ほかにもサウジのスター選手が活躍するたびに、応援合唱が起こるなど、どのゲームの試合も熱気に満ちていて、現地観戦ならではの醍醐味がありました。
ただ、eスポーツW杯は試合観戦だけが魅力的なのではありません。各企業が提供するパビリオンも行ってみる価値ありなのです。
世界最大の総合石油・化学企業「サウジアラムコ」がスポンサーのレーシングゲームのパビリオンでは、円形の会場にF1シミュレーターが設置されており、そのリアルさには目を見張るものがありました。
中東・北アフリカを中心にトヨタ車の輸入販売事業を手掛ける大手商社「ジャミール」社(ALJ)は、本物のゴーカート場を提供していました。
会場内にはゲームキャラクターを中心としたコスプレイヤーが男女問わず会場を練り歩いています。中には"再現度"がかなり高いコスプレイヤーもいまして、現場はなかなかの活気でした。
活気があるといえば、先述したサウジ最大手のeスポーツチーム「Team Falcons」のパビリオンは大盛況で、1日に2回行なわれるファンミーティングのチケットは常に売り切れ、追加販売分も即完売でした。
17年から配信活動を開始している彼らは、ゲーム配信者としては中東では古参といえる存在です。その人気の高さからゲーム配信だけでなくYouTuberとしても活躍しているためか、若いゲーマーだけでなく家族連れの親子にも知られており、壇上にメンバーが登場するたびに歓声が上がっていました。
ゲームのプレイ動画をネット配信することによって新しいスターが生まれ、それがそのゲームの人気につながる―近年、ゲーム界を支えているストリーマー(ゲーム配信者)文化は、ここ中東でもしっかり根づいていました。
■中東のガンダムオタク
ところで、エンタメ分野でサウジは日本と強い結びつきがあります。eスポーツW杯から話がそれますが、同大会開催と同じタイミングにリヤドでアニメ『グレンダイザーU』(*2)第1話と、日本でも大ヒットした映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』(*3)のプレミア上映会に立ち会いました。
(*2)70年代に放映された永井豪原作のテレビアニメ『UFOロボ グレンダイザー』のリブート作で、今年7月より日本で放映が開始。旧作の中東での人気はすさまじく、22年12月にはサウジ・リヤドのテーマパーク「ブールバード・ワールド」に全高33.7mのグレンダイザー像を造像したほど
(*3)2000年代に人気を集めたテレビアニメ『機動戦士ガンダムSEED』の放送20周年を記念して公開された、同作の続編
それぞれ往年のファンたちが映画館に集まり、撮影会や鑑賞会は現地のテレビやメディアでも取り上げるほど盛況。少しネタバレになってしまいますが、『ガンダムSEED FREEDOM』のあるシーンでは、「ズゴック! ズゴック!」と歓声が響き渡り、ガンダムファンの盛り上がりのポイントは世界共通なんだなとしみじみしたものです。
アラブ現地のアニメ通は音声を日本語で聴いて字幕をアラビア語で読む、という方が多く、日本語がわかる私がうらやましがられました(笑)。
■"脱・産油国"化を目指して
昨今、エンタメ関連のニュースが増えて注目度が増しているサウジや中東湾岸諸国ですが、その背景には産油国の"石油依存"からの脱却を目指した、経済の多様化戦略としての側面があります。eスポーツW杯もその一環といえるでしょう。
これにより、中東産油国に新たな産業と雇用を創出して、国内の若年層に新たなキャリアパスを提供しようとしているわけです。
また、ゲームやアニメ会社、eスポーツチームなどを世界中から誘致し、観光地・エンタメの中心地として、国際的な存在感を高めたい、という思惑もあります。
一部メディアからはゲーム版「スポーツウオッシング」(特定の個人や団体、国家がスポーツを利用して自身のイメージ向上や問題の隠蔽を図ろうとすること)だと批判されることもあります。
ただ、これだけの大規模なイベントを実施・継続する力があることを内外に示しているのは、サウジが"開いた国"として文化的・社会的な変革を進める意思があるからとも考えられるでしょう。
一方でサウジは人材という面で課題を抱えています。例えば、今回のeスポーツW杯ではさまざまなゲームでサウジのチームが上位に食い込みましたが、その躍進は契約した外国人選手による貢献が大きいです。サウジのチームは潤沢な資金によって各国の強豪プレイヤーをスカウトしており、「経済力で勝利を重ねている」という声もあります。
もちろん有名なサウジ人選手もいますが、まだ多くありません。これはサウジ国内のサッカーチームが有名な外国人選手を高額な契約金で次々と獲得していった構造と似通っているといえます。
また、大規模なイベントを開催してはいますが、もちろんeスポーツに対してすべての国民が熱狂的になっているというわけではなく、世代間によっては温度差があるため、まだまだeスポーツとジャンルを国内に広め浸透させていく必要もあり、それをどれだけ継続させることができるのかという問題もあります。
eスポーツの市場が年々拡大をしている中で、サウジアラビアが国家戦略として今後どのような動きをとるのか、砂漠の国の中で光り輝く巨大なネオンの数々はいつまで輝き続けるのか、今後の展開も含めて楽しみです。
●鷹鳥屋 明(たかとりや・あきら)
1985年生まれ、大分県出身。日本企業に勤めるサラリーマンにして、中東コーディネーター。筑波大学卒業後、大手メーカーや商社、NGO職員などで働く間に外交イベント、ビジネスを通じてアラブ世界と深く関わりを持ち、日本と中東の橋渡し的な役割を担うようになる。SNSはアラブ人約10万人からフォローされている。生粋のオタクであり、日本のゲーム、アニメ、マンガといったコンテンツを中東に広げる活動にも積極的。著書に『私はアラブの王様たちとどのように付き合っているのか?』(星海社新書)