「『麻雀漫画を通じて日本社会の変化を解き明かす』というアプローチは噛み合わない証言を無視しかねない。ありのままの事実を紹介して楽しんでもらうよう心がけました」と語るV林田氏 「『麻雀漫画を通じて日本社会の変化を解き明かす』というアプローチは噛み合わない証言を無視しかねない。ありのままの事実を紹介して楽しんでもらうよう心がけました」と語るV林田氏

漫画のジャンルの中でも、麻雀漫画は極めて異質だ。ひとつに専門誌があること、そしてその中から一般層にも波及するヒット作が生まれていることが挙げられる。そんな麻雀漫画の半世紀にも及ぶ歴史をまとめ上げた大作が『麻雀漫画50年史』だ。

関係者約40人へのインタビューを実施し、10年以上の歳月をかけて本書を執筆したV林田さんに話を聞いた。

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――なぜ麻雀漫画の歴史を調べようと?

V林田 自分が作った同人誌の中で、ミニコーナーとして麻雀漫画の歴史について書いたことがきっかけになりました。調べてみると、このジャンルに関する先行研究のようなものがほとんどなくて。それならもう自分で調べるしかないと。

――調査は大変だったのでは? 

V林田 国会図書館と明治大学の米沢嘉博記念図書館に収蔵されている麻雀漫画雑誌にはすべて目を通し、そのほかにも古本屋やオークションで麻雀漫画をできる限り入手していきました。また、麻雀漫画の歴史を知っているであろう関係者の方にも、直接インタビューしています。

調べていくと、聞いたこともなかった麻雀漫画誌が10誌以上も出てきたり、関係者に話を聞こうと思っても消息不明だったりで、これは想像以上に大変だなとは思いました(笑)。それでも、調べること自体はとにかく楽しかったですね。

――楽しかったんですか。

V林田 もともと、気になったものは調べてしまう癖があるんですよね。先行研究があればそれを読むだけで満足できるのですが、麻雀漫画にはそれがなかったので。

――関係者へのインタビューはスムーズにできたんですか?

V林田 最初の頃はとても不審がられましたね。「インタビューを載せた後に、掲載料を請求してくるとかじゃないですよね?」と聞かれたこともあります(笑)。

あと、お話を聞きたいと思っても、消息不明で連絡が取れない方もいました。例えば1970年代に活躍していた森義一先生はすぐには足取りがわからなかったのですが、農業雑誌でイラストコラムを連載していたという手がかりから、手紙を送ってコンタクトを取り、お話を聞くことができました。

――本書の冒頭で「麻雀漫画の歴史を見ることで、日本の世相が浮き彫りになる......などということは基本的にない」と宣言していることが非常に印象的です。とてつもない時間とエネルギーを費やした分、筆者ならではの見解を入れたいとは思わなかったんですか?

V林田 「麻雀漫画史を通じて日本社会の変化を解き明かす」というようなストーリーをつくったほうが書きやすいですし、読者にもわかりやすいだろうとは思います。でも、わかりやすいストーリーに仕立て上げようとすると、噛み合わない情報や証言を無視することになりますよね。そういうものを、どこかうさんくさいと感じるんです。

そこに社会的な意義のようなものがなくても、「この時代にこんな麻雀漫画があった」とか、「この漫画家は麻雀漫画を1作しか描いていないけれども、その後に別ジャンルで活躍した」とか、ただあるがままの姿を紹介したいし、楽しんでもらいたいという気持ちがあります。

そういう姿勢で書いた上で、それでもにじみ出てくるストーリーや背景だけが見えてくれば十分かなと。

――本書には知らなかった漫画や情報が次々と出てきます。特に、80年代には15誌もの麻雀漫画誌が出ていたという事実には驚きました。なぜそれほど多くの麻雀漫画誌が生まれたのでしょうか?

V林田 麻雀を打ちたい読者の代償行為のような側面があったのかなと。当時は今のようにオンライン麻雀はありませんし、「Mリーグ」(チーム対抗戦のプロ麻雀リーグ)のように対局を手軽に見られるコンテンツもありません。だから、麻雀漫画でそれを満たしたいという需要があったのでしょう。

また、当時は雀荘が多かったので、雀荘の情報を載せて得る広告費で雑誌を作れたという面もあります。それから、強くなりたいという読者に向けたレクチャー誌のような役割もありました。こういった多くの要因が絡まって、大量の麻雀漫画誌が生まれた時期があったのだと思います。

――ちなみに、面白い麻雀漫画とはどういうものですか?

V林田 優れたキャラクターの造形とストーリーがあり、そこに闘牌(麻雀の内容自体)の面白さが噛み合っている作品かなと思います。麻雀漫画誌の編集者に聞いた話によると、サービスのつもりでたまにセクシーなシーンを入れると「ちゃんと麻雀を打て!」と読者から苦情が来ていたとか。

それくらい麻雀自体の内容がとても重要なのですが、それだけで漫画がヒットするわけではなく、ストーリーの盛り上がりも含めて、総合的な面白さがあるものが傑作といえるでしょうね。

本の中で「麻雀漫画史で最も重要な漫画家」として片山まさゆき先生を紹介しているのですが、片山先生はキャラクター造形のうまさや絵のポップさ、それから麻雀自体への深い理解といった多くの要素を併せ持っています。

代表作のひとつである『ぎゅわんぶらあ自己中心派』(講談社、『ヤングマガジン』連載)は、史上初の「メジャー雑誌で大ヒットした麻雀漫画」となりました。

――先行研究が存在しないジャンルの調査と、それを通史としてまとめるという活動は今後も続けるんですか?

V林田 実は、自分が書いたものに関してはどうしても粗が見えてしまって自信を持てないんです。それでも「この内容はここにしか書いていない」と思えば、自分をなんとか許せるんですよね。

それに、知らないことを調べるのはもはやライフワークとなっています。だから次もきっと、誰も手をつけていないジャンルのことを調べて書くと思います。

――麻雀漫画に匹敵する、調べがいのあるテーマは見つかりましたか。

V林田 なかなかないのですが、今は古民家をありのままの姿で残した野外博物館である「民家園」が気になっています。日本各地に点々と存在して、マイナーどころは民俗建築学の本でも取り上げられていない。そういうのを掘り起こして魅力を紹介したいですね。

●V林田(VHAYASHIDA)
1982年生まれ、神奈川県川崎市高津区出身。東京都立大学人文学部社会福祉学科卒業後、古書店、時刻表編集、ライトノベル編集、業界新聞、ITベンチャーなどを経て、フリーライター。『SFマガジン』『本の雑誌』などで記事を執筆しているほか、漫画総合情報サイト『マンバ』上でノンジャンル漫画紹介コラム『珍しマンガ探訪記』を連載中。本書が商業出版での初単著となる。なお、麻雀漫画のオールタイムベストは作画・甲良幹二郎、原作・来賀友志の『麻雀蜃気楼』(竹書房)

■『麻雀漫画50年史』
文学通信 2640円(税込)
あるジャンルの漫画の歴史をまとめた本は、これまでにも『グルメ漫画50年史』(星海社新書)、『日本の医療マンガ50年史』(SCICUS)などがある。そこに新たな一冊が加わった。本書の特徴は、資料と関係者への取材を通して、客観的に通史を描き出したこと。70年代の黎明期から『哭きの竜』『スーパーヅガン』(いずれも竹書房)などのヒットが生まれた80年代などを経て、最終章では麻雀漫画の未来を考察する

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