俳優・安藤政信がこの夏、京都で開催されている有名写真家たちとのグループ展に参加し、話題になっている。「彼はなぜ、この写真展に参加したのか」。そして「なぜ、写真を撮るのか」。話を聞いた。
――安藤さんはいつ頃から写真を撮っているんですか?
安藤政信(以下、安藤) 小さい頃から写真は好きで遊びで撮っていたんですけど、本格的に撮り始めたのはこの仕事(役者)を始めてからです(1996年、北野武監督の映画『キッズ・リターン』でデビュー)。当時、たくさんの取材を受けて、いろいろなカメラマンさんに自分の写真を撮られていたんですけど、ライトの使い方とか雰囲気作りとか、プロの仕事はやっぱり違っていました。それで「自分もちゃんと写真を撮ってみたい」と思ったんです。
――プロの技術に魅了されたわけですね。
安藤 運よく、自分は写真を一番学べる環境にいました。カメラマンさんが自分を撮影するときに、その指示をすべて聞けるんです。だから「こういうライティングをすると、こういう優しい光の写真が撮れるのか」「こういう場所で撮るとイメージがまったく変わってくるな」とわかる。カメラマンさんによって、それぞれ撮り方が違うから、たくさんの技術を学びました。
もちろん、カメラマンさんからもいろいろ教えてもらいました。カメラマンの田島一成さんは「同じライティングでも、黒髪の人と金髪の人ではトップの色が変わってくるから気をつけたほうがいい」とか、本当に細かいことまで、こちらが真剣に聞けば真剣に教えてくれたんです。第一線で活躍しているカメラマンさんのアドバイスなので、とてもためになりました。
――そんなアドバイスを受けて、安藤さんご自身はどんな写真を撮ってきたんですか?
安藤 撮っている写真は変化していますね。始めた頃は「普通は撮れないものを撮るのが写真だ」と思っていたんです。カメラマンを目指しているなら、多くの人が通る道じゃないですかね。本当に女性の裸体ばかり撮っていた時期もありました。
でも、それだと多くの人に見せられないドメスティック(内輪向け)な写真になっちゃうんです。だから衣装を着てもらって、それでどれだけ色気や感情を出せるかということになる。また、服のブランドが関わってくると、今度は色気を捨てて服の素敵さを見せるような撮り方になる。そういう経験は一応してきました。
それでも自分が生きてきた映像の世界のことはどこか頭の中にあって、ある物語のワンシーンとして表現しようということは常に考えていました。
――安藤さんは人物だけでなく、花火や波などの写真も撮っていますよね。
安藤 写真を撮るときには"一期一会"とか"諸行無常"といった想いがあるんです。同じ女優さんでも16歳のとき、19歳のとき、37歳のときではやはり違います。花火も波も同じように見えるけれども少しずつ違います。その2度と同じ状況がないということにすごく惹かれるんです。
女性も花火も波も、同じように見えるかもしれないけれど、少しずつ変わってしまう。だから、その美しい一瞬を写真に留めておきたいんです。それに、例えば、波の写真は海に行けば誰でも撮れますよね。だけど、撮る人の思いや切り取り方でまったく違うものになる。そこが写真の面白さだと思っています。
――今回の作品展「Behind Memories時の記憶」にも波の写真を出していますよね。
安藤 はい。あの写真は映画(『千夜、一夜』2022年公開)のお仕事をしていたときに撮ったものです。もう何年も行方不明になっていたけれども、偶然見つけ出されて船で島に帰るというワンシーンがあって、その船の上から撮った波の写真です。行方不明になっていたときの不安や残されていた人たちの複雑な思いなどを考えながら撮った一枚です。
太陽の光がすごく強く、船のスピードも速かったので、シャッタースピードを速くして撮ったんですが、はっきりと写っている部分となぜかブレている部分がある。そこにいろいろな感情が詰まっていると感じました。「時」がテーマの作品展なので「これだ」と思いました。
――今回「Negative Pop」という写真プロジェクトの写真展に作品を出そうと思ったのは、なぜですか?
安藤 数年前に若い頃からお世話になっているカメラマンの丸谷嘉長さんから連絡をいただいたんです。それで「今度、『Negative Pop』という『誰もが簡単に画像を残せる時代にプロのカメラマンが本気で撮った写真はどこまで人々の心に伝わるのか』『スポンサーの縛りがなく、モデルもクリエイターも感性のまま自由に表現した作品は他の写真と何が違うのか』をコンセプトにした写真展をやるけれど、どう?」って誘われたんです。
20代の頃の自分だったら「はい、やります!」と即答してたと思いますが、20年以上この世界で仕事をしていると、やはり慎重になるじゃないですか(笑)。別に疑っていたわけではないけれど、何か裏があるかもしれないって考えちゃうじゃないですか。それで、少し様子を見ていたんです。その後、今年3月に東京・赤坂で行なわれたNegative Popのグループ写真展『置き去りの記憶』を見に行ったら、すげぇ、良かったんですよ。感動しました。
安藤 別に大きなバジェット(予算)があるわけでもないのに、カメラマンさん、モデルさん、スタイリストさん、ヘア&メイクさんなどのクリエイターがちゃんと集まって、自分たちの意志で発信しようとしていたんです。それで、その場ですぐ丸谷さんに「写真展、見ました。すごいです。俺もこういうことがやりたいです」ってメールしました。すると「次は京都でグループ展をやるんだよ」って返信があって、「もし、よかったら次は俺も参加させてください」ってお願いしました。
――安藤さんから見てNegative Popの活動は、どういうふうに映っているんですか?
安藤 今の若いコたちは、自分たちで勝手に集まってどんどん好きなことを発信しているじゃないですか。でも、自分たちから上くらいの世代って、何か世間体を気にしているのか、考えすぎているのか。仕事と関係なく、自分たちだけで何かをやるということはあまりないと思うんです。だから、「今の若いコたちは自由でいいな」「うらやましいな」と感じていたんですけど、それをNegative Popに参加しているクリエイターさんたちはやっているんですよね。「いくつになってもやりたいことをやっている」という気がしたんです。
――Negative Popに参加しているクリエイターの中には、50代、60代の人もいますもんね。
安藤 そうなんです。だから、この業界の事情をわかりきった人たちが、本当に自由に好き勝手にやっている。それが、すごいと思います。だから、今回、ご一緒させていただいて、本当に勉強になったし、素直に「写真、楽しいな」と思ったんです。だから、生意気かもしれませんが丸谷さんに「これ、絶対に続けてください。絶対に写真の新しい歴史になりますから」って言っちゃったんです。それくらいすごい写真展なんです。
――参加している他のカメラマンの写真を見て、どう思いますか。
安藤 写真展のオープニングイベントに出た後、ひとりで京都の街をぶらぶらして、なじみのある店で刺身を食べて日本酒を飲んで、夜中の1時くらいにホテルに帰ってきたんです。それで、この時間ならゆっくり写真が見れるかなと思って、皆さんの写真をじっくり見たんですが、あらためて「すげえ写真だな」と思いました。
自分もこれまで写真を撮ってきたし、芸能界での経験もあるので「この写真は、どれくらいの時間とお金がかかっているのか」ということが一応、わかるんです。例えば、動物園のクジャクが羽を広げている写真があるんですが、クジャクの真正面から羽を広げる瞬間を撮るというのは奇跡的なことですよ。どれくらいの時間をかけたのか想像がつきません。「これ、どうやって撮ったんだろう」という写真ばかりなんですよ。とにかく熱量がすごい。"やべえ写真"ばかりです。
まあ、そりゃそうですよね。皆さん、本当に超一流の写真家で、ずっとこの業界でやってきた人たちが、何のしがらみもなく好き勝手に写真を撮っている。すごくないわけがないですよ。だから、自分もそこに一緒になって付いていきたいと思っています。
●安藤政信 Masanobu Ando
俳優、写真家。1975年5月19日生まれ。神奈川県出身。
1996年公開の映画『キッズ・リターン』(監督・北野武)でデビュー。2024年は、映画『陰陽師0』、『シティーハンター』(Netflix)、『かくしごと』などに出演。
*Negative Popグループ展「Behind Memories時の記憶」は、京都「node hotel」(京都市中京区四条西洞院上ル蟷螂山町461)1Fギャラリーにて、8月31日(土)まで開催中(10時~20時/入場無料)。