蒸し暑い夜には、怪談などの怖い話で涼を取りたくなるもの。また、 「人間が一番怖い」ともよくいわれる。つまり、「怖い人間の話」が一番涼しいってことでは!? 怖い人間といえば、シリアルキラー(連続殺人犯)だ! ということで、犯罪心理学者の桐生正幸さんと映画評論家の高橋ヨシキさん、その道のプロふたりに寒気を覚えること間違いなしの「シリアルキラー映画」を厳選してもらった!
【1本目】シリアルキラーの「見本市」!
★桐生さん厳選!!!『ハウス・ジャック・ビルト』(2018年)
【あらすじ】1970年代、ワシントン州。建築家を夢見る技師ジャックは、ある出来事をきっかけにアートを創作するかのように殺人を繰り返すようになる。彼が「ジャックの家」を建てるまでの12年間が、5つのエピソードで描かれる
Blu-ray:5720円(税込) DVD:4620円(税込) 発売元・販売元:ポニーキャニオン (C)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31,ZENTROPA SWEDEN,SLOT MACHINE,ZENTROPA FRANCE,ZENTROPA KOLN
桐生 私の1本目は『ハウス・ジャック・ビルト』です。殺害シーンは「どんだけひどいことをするんだ!」と思いますが、映像が美しく、(ラース・フォン・)トリアー監督の芸術的センスにも感心します。
そして、殺害シーンでは実在の複数のシリアルキラーの手口がうまく再現されています。また、主人公はサイコパスですが、心がないわけではない。それぞれの殺人現場では主人公なりの悩みが描かれている点も特徴的です。
そもそも、主人公は殺すことが目的ではなく、自分の理想の家を造るためのパーツとして、さまざまな殺し方で遺体を収集していきます。自分の内面的なものを具現化するために殺すわけです。
人間は、人殺しまではしなくても、他人を踏みにじったり、何かを奪い合ったりしながら生きているところがありますよね。そういう人間のおぞましさが殺人で表されている。シリアルキラーを題材にしながら、人間の愚かさが描かれた作品だと思います。
高橋 僕は爆笑してしまいました。主人公がすっごいアホなんですよね。強迫神経症的なところもあって、殺害現場に血が残っているんじゃないかと何度も見に戻ったりする。僕もそういうところがあるので、そこには共感もあります。
主人公は「自分はできる」と思ってるけど本当は全然できてない人で、「笑って見てるけど、自分も同じかも」という不安を抱かせる部分もある。でも本当におかしいんですよ。アホで。
そういう底の浅い主人公をマット・ディロンが見事に演じていて素晴らしいです。トリアー監督はギャグセンスが抜群でブラックユーモアに長けているんですが、カンヌ映画祭では上映中に怒って出ていく人が続出したそうです。しかし、ブラックにしか描けない面白さというものは確実にあるわけです。意地悪な爆笑ブラックコメディで最高です。
【2本目】殺人者とわれわれに違いはあるのか?
★ヨシキさん厳選!!!『ハッピーボイス・キラー』(2014年)
【あらすじ】工場で働く青年ジェリーは、恋心を抱いた同僚の女性との距離を縮めようとするが、デートをすっぽかされたことで殺人事件を起こしてしまう。ジェリーはペットの猫と犬に導かれながら狂気にとらわれていく......
【おトク値!】Blu-ray&DVD発売中 Blu-ray:2750円(税込) DVD:1980円(税込) 発売元・販売元:ポニーキャニオン (C)2014 SERIAL KILLER, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
高橋 僕の1本目は『ハッピーボイス・キラー』。非常に主観的な殺人映画で、彼の目には世界がどのように見えているのか、ということがコメディタッチで描かれています。彼の脳内世界はハッピーな場所で、犬や猫が話しかけてくるし、冷蔵庫に入れてある殺した相手の生首もニコニコと話しかけてきたりします。
しかし1ヵ所ゾッとするところがあって、彼が住んでいる小ぎれいな家が、現実ではとんでもなく不潔なゴミ屋敷だとわかる場面が一瞬あるんですよ。しかし、その「現実」を彼は認めず、強引にねじ伏せて物語が終わります。
人はそれぞれ自分の現実を生きているので、この主人公と自分たちには本質的な違いはないんじゃないかと思います。自分が構築したファンタジー世界をみんな生きているんだ、ということをシニカルに描いていて、頭を殴られたような衝撃を受けました。エンディングも最高で文字どおりハッピーな気分になれますよ!
桐生 今のお話を聞いて面白いと思ったのが首ですね。最近では札幌市で首だけ切って持っていった事件がありましたが、1997年の神戸連続児童殺傷事件でも、酒鬼薔薇聖斗は被害者の首を切って持ち帰り、家の中で会話していたんです。「あんまりおしゃべりすぎるから中学校の正門前に置いた」と言うんですね。
私が科学捜査研究所で関与した殺人事件でも、畑に埋められた死体に首がなかったことがありました。加害者いわく、殺した後、夢枕に被害者が毎晩立つので、遺体を掘り起こして首を切って、自宅の敷地内に埋め直したら、立たなくなったということでした。殺人者にとっての首は、何か特別な存在なんでしょうね。
【3本目】迫真の恐怖と笑いの往復ビンタ
★桐生さん厳選!!!『殺人の追憶』(2003年)
【あらすじ】1986年、ソウル近郊の農村で若い女性の殺害事件が発生。その後も同様の事件が続き、地元警察の刑事とソウル市警の若手刑事が捜査に乗り出す。ふたりは衝突を繰り返しながらも有力な容疑者を見つけ出すが......
Blu-ray:4400円(税込) DVD:3520円(税込) 発売元・販売元:TCエンタテインメント 提供:ビターズ・エンド (C)2003 CJ E&M CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED
桐生 次は『殺人の追憶』です。本作の題材になった1980年代後半の韓国の事件と前後して、日本では佐賀女性7人連続殺人事件、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起きました。アメリカから10~20年ぐらい遅れてアジア圏でも連続殺傷事件が起き始めた時代です。
本作は警察目線の映画ですが、当時の軍事政権下の韓国警察は、正直むちゃくちゃやってるわけですよ。人権も何もあったもんじゃない。「警察って怖いな」というところもあり、性的な目的で女性がモノとして扱われる事件そのものの恐ろしさもある。合間にクスッと笑わせるシーンもあるんだけど、それがないと正面切って見られない映画です。
私は殺人現場に何度も行っているからわかりますが、ポン・ジュノ監督は殺害方法や、特に被害を受けた女性の遺体の表現の仕方が迫真です。実際に現場を見たことがあるんじゃないかと思うくらいです。最初の被害者の顔をアリがバーッと這っているところとかね。
高橋 死体描写は非常に生々しいですよね。ゾッとする場面とおかしい場面の行ったり来たりが絶妙で飽きさせない。出る人出る人すぐに飛び蹴りをするところにもビックリしました。
自国でDNA鑑定ができないのでアメリカに頼まざるをえないというところも興味深かったし、都会の刑事と田舎の刑事の小競り合いも面白い。見当違いの捜査ばかりに終止した警察のもどかしさが余韻を残します。
桐生 DNA鑑定は80年代後半に日本でも導入されました。鑑定はすべてのDNAを読み込んでいるわけではなく、パターンが合っていれば一致と結論づけるものです。当時はまだまだ精度が粗く、死刑囚の再審請求などでも問題になったりしています。
本作ではアメリカでDNA鑑定をしてもらうんですが、当時の日本の鑑識や科学捜査も意外と進んでいて、例えばO・J・シンプソン事件(*1)の足跡の鑑定も日本が手伝っていたようです。DNA鑑定ができてから、犯罪捜査は物的証拠重視に一気にかじを切りました。韓国も民主化宣言後にどんどん取り入れたと思います。
(*1)1994年、元妻とその友人を殺害した疑いで著名なアメリカンフットボール選手のO・J・シンプソンが逮捕された事件。刑事裁判では無罪とされたが、民事裁判ではふたりの死亡について責任があると認定された
【4本目】殺人映画に見る国民性とは?
★ヨシキさん厳選!!!『デビルズ・リジェクト マーダー・ライド・ショー2』(2005年)
【あらすじ】残虐な殺人一家を逮捕するべく、100人を超える警官隊が彼らを急襲。激しい銃撃戦の末、母親が逮捕され、兄と妹は逃亡。殺人を楽しみながら逃げ続ける一家を保安官は執拗に追跡する
デジタル配信中 発売元・販売元:株式会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント (C)2005 Cinelamda Internationale Filmproduktionsgesellschaft mbh & Co. 1 Beteiligungs-KG. All Rights Reserved.
高橋 次は『デビルズ・リジェクト マーダー・ライド・ショー2』です。ロブ・ゾンビ監督はチャールズ・マンソン事件(*2)が大好きで、そのマンソン・ファミリー愛が炸裂(さくれつ)した一本だと思います。劇中に「俺は悪魔だ。悪魔の仕事をするために来たんだ」というセリフがありますが、これはマンソン事件の実行犯のひとりテックス・ワトソンが実際に言った言葉です。
この映画の殺人一家は極悪非道で、殺人は彼らにとって「お楽しみ」以上のものではありません。しかしそんな究極の悪党一家が、なぜかだんだんヒロイックに見えてくるところに本作の醍醐味(だいごみ)があります。
悲劇的なエンディングに向かって突っ込んでいく、70年代ニューシネマのアウトローたちと重なってくるんです。とんでもない殺人者を主人公にしても、アウトロー賛歌は成り立つということを見せた映画だと思います。
(*2)1969年にロサンゼルスで発生した連続殺人事件。ヒッピーコミューンの指導者チャールズ・マンソンとその信者によって、人気女優のシャロン・テートをはじめ7人が殺害された
桐生 日本の今の閉塞(へいそく)感を考えると、この映画のようにカタルシスを含みながらヒーロー感を抱くようなものが作られないのも、お国柄なのかなと思いました。なぜ日本ではこういう映画が作られにくいのでしょうか?
高橋 そうですね、80年代の途中ぐらいまではそれなりにあったと思いますが、スプラッター映画がなかなか日本ではメジャーになりづらいということはあります。アメリカで『ハロウィン』とか『13日の金曜日』のような低予算のスラッシャー映画がトップ10に入ったりするのと比べるとだいぶ状況が違います。かつては「金髪が血まみれになるのと違って、黒髪が血まみれになると陰惨になる」なんてことが言われたりもしました。
それは冗談としても、因習や人間関係が持つ湿度の高さは関係しているのかなと思います。アメリカ的な、個人主義的で独立独歩の殺人者が想像しにくいというか。
【5本目】「学生には薦めない」ほどの刺激物
★桐生さん厳選!!!『アングスト/不安』(1983年)
【あらすじ】ジャケットにシャツ姿で道路を歩く、一見平凡な青年。しかし、彼の手元には銃が握られ、目つきもどこか異様。彼はある屋敷の呼び鈴を鳴らし、出てきた老人を躊躇なく撃ち殺す。その数年後、刑務所から出所した青年は、さらに見境のない行動を始める...... Blu-ray:2750円(税込) DVD:2090円(税込)発売元・販売元:キングレコード
桐生 『アングスト/不安』は、不安、恐怖をこれでもかと湧き上がらせる映画です。人が人を殺すときの心理状態を映像でうまく表現しています。俯瞰(ふかん)して撮ったり、犯人がカメラを持ちながら撮っているような映像もあったり、カメラアングルがどんどん変わって緩急があります。
そして、殺し方がめちゃくちゃ生々しくて、この監督はひょっとして殺人場面をじかに見たことがあるんじゃないかと思うほどでした。殺人現場には独特の空気感があります。本作は映像だけで、血のにおい、叫んでる人の口臭、体臭まで描かれているような感じがするんですよ。触発されちゃうと嫌なので、学生には薦めない映画です。
高橋 かなり好きな作品です。主人公が思い上がってる割にアホ、という点は『ハウス・ジャック・ビルト』と共通していますよね。本作も死体が重くて運べなかったり、うまくいかないことの連続です。殺人と後処理だけにフォーカスして、それを主観的に描いた、まさに「殺人映画」としか言いようのない作品です。
この規模の映画ではなかなかお目にかかれない高価なクレーンを使ったり、俳優の体にカメラを固定する特殊な機材を使ったりと、面白い映像やカメラワークもたくさん入っていて楽しめます。
【6本目】映画好きほど恐怖を感じる!?
★ヨシキさん厳選!!!『フェイドTOブラック』(1980年)
【あらすじ】大の映画好きである青年エリックは、映画フィルムの保管倉庫に勤めている。しかし、同居中の叔母からは口やかましく叱られ、同僚からもばかにされ、孤独な日々を過ごしていた。ある出来事をきっかけにエリックは自分を映画の登場人物と同一視し、映画の有名シーンをまねて殺人を犯し始める......
高橋 最後は『フェイドTOブラック』です。主人公は「超」のつくほどの映画マニアで、彼の感情は映画の引用で表現されます。例えば叔母さんにガミガミ言われて、顔にグレープフルーツを押しつけるところを妄想する場面がありますが、これは『ジェームズ・キャグニーの 民衆の敵』という映画ですよね。
ラストで主人公は警察に囲まれて映画館の屋上から転落しますが、もちろんそれは『キング・コング』です。映画だけの人生を送った青年が、映画を再現した形で殺人を繰り返す、そのさまが映画になっているというメタ構造になっているわけです。
桐生 なるほど、殺人者を「演じる」ということですね。私たちは殺人に限らず、人に会うときは誰しも誰かを演じるほうが楽ですよね。性格には「キャラクター」と「パーソナリティ」という分類があります。キャラクターはギリシャ語で「刻み込む」という意味で、その人がもともと持っているもの。
一方のパーソナリティは、ラテン語の「仮面」が由来で、他人に対してかぶる仮面のようなもの。殺人は対人関係の軋轢(あつれき)を解消するための究極的な方法ですが、それを行なうときにいろんな殺人者を演じる=仮面をかぶるというのは、腑に落ちます。日本ではソフトが廃盤で、配信もされていないようですが、なぜ評判にならなかったんでしょう?
高橋 僕はこの映画を中学1年のときに見ましたが、日本でもアメリカでもあまり当たりませんでした。今はちょっとカルト的な人気があります。
監督のバーノン・ジマーマンは大学で映画を教えている人で、だから実はかなりパーソナルな作品なのかもしれません。映画マニアの「あるある」が満載で、映画好きの人はきっと身につまされる一本ではないでしょうか。
*
その道のプロが選ぶ「シリアルキラー映画」厳選6本、いかがだっただろうか。くれぐれも触発されないよう注意して、肝を冷やして残暑を乗り切ろう!
●桐生正幸(Masayuki KIRIU)
東洋大学社会学部長、社会心理学科教授。日本カスタマーハラスメント対応協会理事。山形県警察の科学捜査研究所(科捜研)で主任研究官として犯罪者プロファイリングに携わる。その後、関西国際大学教授、同大防犯・防災研究所長を経て、現職。著書に『カスハラの犯罪心理学』(インターナショナル新書)など
●高橋ヨシキ(Yoshiki TAKAHASHI)
映画評論家、アートディレクター、デザイナー、チャーチ・オブ・サタン公認サタニスト。著書に『悪魔が憐れむ歌――暗黒映画入門』(ちくま文庫)、『ヘンテコ映画レビュー』(スモール出版)など。本誌で『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』を連載中