小山田裕哉おやまだ・ゆうや
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
『カメラを止めるな!』に続く単館系映画のヒット作として話題の『侍タイムスリッパー』。本作の監督である安田淳一氏に直撃。自主制作の苦心、映画完成までの波瀾万丈、そして忘れ去られた時代劇への愛―。ここは京都府城陽市の田園、コメ農家の顔もある監督に、田んぼの前で話を聞いた!
* * *
――お米の収穫中にお邪魔してすみません!
安田 いえいえ、わざわざ京都までありがとうございます。
――映画が大ヒット中でも日々の農作業は欠かせない?
安田 そら、僕は「コメ農家兼映画監督」ですから(笑)。
――幕末から現代にタイムスリップした侍が、時代劇の「斬られ役」として活躍する『侍タイムスリッパー』。自主制作の単館映画ながら口コミで話題となり、9月13日からは全国公開も始まりました。低予算からの大ヒットということで、映画『カメラを止めるな!』(*1)の再来とも評されています。この反響は予想していた?
(*1)監督&俳優養成スクール「ENBUゼミナール」の映画プロジェクトとして2018年公開。制作費300万円の低予算映画ながら、興行収入30億円を超える大ヒットに
安田 まったく。今年8月から「池袋シネマ・ロサ」(東京)で公開が始まったんですけど、最初から満席ではあったんです。ただ単館上映だから、映画好きな人たちが駆けつけてくれただけだろうと思っていました。
――この拡大公開はどういう経緯で決まったんですか?
安田 某シネコンの編成の人が見てくれて、向こうから声をかけてくれました。お客さんの笑い声と上映後の拍手を体験して、「これは全国でもいけるんじゃないか」と思ったそうです。
また、配給会社の『ギャガ』さんからも拡大公開の声をいただいたり、各地のミニシアターからも上映依頼があったりしました。
まず、大手のシネコンと話を進めた上で、あらためて配給担当はギャガさんにお願いしたという流れになります。
安田 もちろん、『カメラを止めるな!』の成功を意識はしていました。笑って泣けて、最後に拍手が起こるような映画にすれば、低予算でもいけるかもしれないと。
上映館を池袋シネマ・ロサにしたのも、あの作品がこの映画館から人気になったからで。ただ、そういう戦略はぼんやりとしか描いてなくて、ほんまのところは、はっきり言って"運"ですね。
拡大公開のタイミングで、真田広之さん主演の『SHOGUN 将軍』がエミー賞を受賞したでしょう? それで時代劇に注目が集まって、テレビで一緒に紹介されたりもしました。いろんな偶然が重なって、たまたまうまくいったんです。
――もともと映像制作の仕事をされていたんですよね?
安田 京都でビデオ撮影の会社をやっていました。今は父親のコメ農家を引き継いでいますが、こちらも映画と同じくらい儲からない(笑)。だから、映像の仕事も続けています。
――映画製作の経験は?
安田 自主制作の『拳銃と目玉焼』(14年)が初めての監督作品です。45歳のときだったんですけど、映画はド素人だったから、制作に3年かかりました。
制作費は750万円。全部自腹です。自主制作といえども、俳優さん、スタッフさんにちゃんとギャランティをお支払いしたかったので、そのくらいかかってしまいました。
――同作は低予算ながら、特撮ヒーローものにオマージュをささげた内容と娯楽性が高く評価されました。各地のシネコンでレイトショー上映もされたそうですね。
安田 でも、結局は500万円の赤字だったんです。というのも、40代の自分が面白いと思う映画を作ったら、お客さんも40代の男性に偏ってしまって、あまり広がっていかなかったんです。
この路線では厳しいとわかって、次はどうしようかってときに、親父が病気して田んぼを手伝うようになって。「このまま親父が死んだら、俺が農業をやらなあかんのか」と考え始めたときに、「あ、これは映画になるわ」と。
シネコンで上映される娯楽作品もいいけど、地方の公民館で息が長く上映されるような映画を作れば、長期的に制作費をペイできるんじゃないかと思って、『ごはん』(17年)という作品を作りました。
――前作の娯楽路線から一転、コメ農家の現状をリアルに描いた作品で、まさに監督の実体験が反映されていましたね。
安田 前作に比べて地味な内容だから、単館で終わるかなと心配だったんですけど、農業関係や教育関係の団体が定期的に上映会を開催してくれて、今度は400万円の制作費をなんとか回収できました。
――『ごはん』には"日本一の斬られ役"と言われた時代劇俳優の福本清三さん(*2)も出演されていました。『侍タイムスリッパー』のエンドロールには福本さんの名前もクレジットされていますね。
(*2)50年以上にわたって"斬られ役"を演じてきたことから、「5万回斬られた男」の異名を持つ伝説的な俳優。『侍タイムスリッパー』では「殺陣(たて)師の関本」のモデルとなった。2021年1月1日に77歳で逝去
安田 以前から大好きな俳優さんで、『ごはん』のときにダメ元でお願いしたんですけど、いつもの侍ではなく、農家の役っていうのは面白いと、自主映画にもかかわらず出演してくれました。
『侍タイムスリッパー』を企画した際も、ぜひまた出ていただきたいと福本さんの担当の方に脚本を渡していました。劇中で主人公の高坂新左衛門が師事する殺陣師を演じてもらうつもりでしたが、21年に亡くなられてしまい......。あのときは泣きましたね。
――それだけ敬愛していた。
安田 福本さんが亡くなって、この企画はどうなるんやろと途方に暮れました。そんなとき、脚本を読んだ東映の京都撮影所(*3)の美術部や衣装部のチーフの方々にこう言われたんです。
「本来なら自主制作の時代劇なんて、予算がかかりすぎるから反対する。でも、これは本(脚本)がおもろい。せやから、みんなでなんとかしたる」って。
セットをほかの作品の撮影で使わないときに安く利用させてもらったり、撮影所にすでにある衣装を貸してくださったりと、京都撮影所の方々が協力してくれたことで、時代劇としてはかなりの低予算で制作することができました。
(*3)京都で100年の歴史を持つ撮影所であり、日本最大のスケールがあることから、広大なオープンセットを必要とする時代劇の撮影に長らく使われてきた。「東映太秦映画村」が隣接していることでも有名
安田 とはいえ、トータルで2600万円はかかりました。貯金を全部使い、それでも足りない分は車を売ってなんとか捻出しましたね。
――しかも、今年の4月には追加撮影までしたそうで。
安田 全体の撮影は22年に終わっていたのですが、1ヵ所だけ制作費が足りなくて撮影できなかったんです。新左衛門が会津藩での青年時代を回想するシーンなんですけど、そこ以外の撮影が終わって貯金を見たら、7000円しか残ってなくて、これはあかんと。でも、あのシーンはどうしても入れたかったんです。
回想がなくても物語としては成立します。でも、現代にタイムスリップする前の思い出を映像で見せたほうが、映画としての深みが出る。だから、またお金をためて撮影しました。こんなわがままができるのも自主映画ならではですね。
――でも、その細部のこだわりが時代劇としてのリアリティにつながったと思います。
安田 それはうれしいですね。ただ、商業映画だったら絶対にアウトです(笑)。自分で制作費を出しているから、やりたいことをとことん追求させてもらいました。
――SNSの口コミでは、主演の山口馬木也(まきや)さんが、「本物の侍にしか見えない」と、その演技を絶賛する声も目立ちます。
安田 山口さんは時代劇俳優として長年のキャリアがあるにもかかわらず、すごく強い思い入れを持って新左衛門を演じてくれました。撮影中は本当に新左衛門という侍がいるのかと錯覚するほどでした。
――まさに役になりきって。
安田 ただ、それだけのめり込んでいるから、演技に納得できないと撮影にストップがかかるんですよ。僕は「このセットは1時間○万円なんやけどな......」とか思いながら撮っているわけで、頭が痛かったですね(苦笑)。
でも、そこまでこだわってくれたから、これだけ評判になったんだし、山口さんの熱演に呼応するようにほかの俳優さんたちもノリノリになって。だから、山口さんをキャスティングできたのも、運が良かったことのひとつですね。
――本作は"伝統的な時代劇"への愛が感じられました。そもそも、なぜ時代劇をテーマに?
安田 僕が子供の頃に見ていた『遠山の金さん』や『水戸黄門』は、派手な殺陣ではなく、庶民の人情ドラマを中心に描かれていましたよね。僕は『男はつらいよ』シリーズも好きなんですけど、ああいうのを自分の映画でもやりたいと思っていたんです。それを現代でやるなら、やっぱり時代劇だろうというわけです。
――じゃあ、殺陣のアクションというより、人情ドラマをやりたかった?
安田 きっかけはそこですけど、時代劇をやるからには殺陣が見せ場にならないといけないこともわかっています。幕末の侍が現代の撮影所で斬られ役になるというだけでも、物語としては面白い。でも映画としてのパンチは弱い。
で、撮影所を舞台にした映画といえば、『蒲田行進曲』(1982年)があります。あの作品は最後に度肝を抜かれる階段落ち(人が階段を転げ落ちるシーン)が有名です。この映画でも、それに匹敵するクライマックスが必要だと考えたときに、本物の刀で切り合う設定の「真剣の殺陣」を思いつきました。
――高坂新左衛門が劇中で演じる殺陣が、とある理由で真剣を使った斬り合いになるシーンですね。緊張感が伝わってくる、迫力ある場面でした。
ただ、時代劇ではタブーである「真剣の殺陣」を往年の時代劇へのリスペクトをうたった本作で表現したことには、いくらか批判の声もあります。
安田 確かに、そういう感想は届いています。でも、新左衛門は時代劇の俳優ではなくて、その正体は幕末の侍です。だから、あのシーンはあくまで侍としてのプライドをかけて戦った場面であり、「真剣の殺陣」を称賛しているわけではありません。
そもそも山口さんは真剣という設定で殺陣をしているだけで、本当に真剣を使っているわけでもないんです。そうリアルに見える演技力がすごいって言われるべきだと思います。
僕は『侍タイムスリッパー』で時代劇史上、最も観客が真剣での戦いだと錯覚するような殺陣をやるのだと決めていました。今も時代劇は作られていますが、若い俳優さんがブンブン振り回していて、刀の描き方が昔に比べて軽いことが、どうしても気になる。
昔の時代劇は刀の重さをしっかりと描いていたと思うんです。それを再現することが個人的なテーマでした。「あんなん真剣に見えへん」っていう感想がないのは、むしろ狙いがうまくいったと受け止めています。
――それでは最後に、映画監督としての今後の展望をお聞きしたいと思います。
安田 企画は何本もあるんですけど、自分のお金ではもう限界です。誰かに資金を出してほしい(笑)。
――むしろ、オファーが殺到すると思いますよ。
安田 僕はスターで映画を撮るよりも、映画でスターを生み出すほうが面白いと思っています。自分が有名になりたいとかまったくないので、今回の山口さんのように、出演してくださった方々に光が当たるような映画を作っていきたいですね。
●『侍タイムスリッパー』
監督・脚本・撮影:安田淳一 出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎ほか
幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門は、長州藩士との戦いのさなか、落雷に打たれて気を失う。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった! 140年前の江戸幕府の滅亡を知り絶望する新左衛門。しかし時代劇に心打たれ、優しい人々の助けもあって、やがて自らの剣の腕を頼りに「斬られ役」として生きていく決意をする。当初は単館での公開だったが、口コミで評判が広まり、9月13日から全国100館以上で順次拡大公開中
●安田淳一
1967年生まれ、京都府出身。大学卒業後、さまざまな仕事を経てビデオ撮影業者に。『拳銃と目玉焼』(2014年)で映画初監督。2作目の『ごはん』(17年)はイベント上映などで38ヵ月のロングラン。23年、父の逝去により実家の米作り農家を継ぎ、コメ農家兼映画監督として活動中
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。