尾谷幸憲おたに・ゆきのり
カルチャー系のライター。『週刊プレイボーイ』(集英社)、『ヤング・ギター』(シンコーミュージック)などの媒体で執筆。著書に小説『LOVE※』(講談社文庫/内容みか共著)、『ラブリバ♂』(ゴマブックス)、『J-POPリパック白書』(徳間書店)ほか。「学校法人 東放学園音響専門学校」にて講師も務める。
週プレでもおなじみのグラビア・クイーン、沢口愛華さんの主演ドラマ『サバエとヤッたら終わる』。TOKYO MXほか各局で全8話がテレビ放映され、現在はTVer、Netflixなどで配信されている本作だが、あの沢口さんが着エロ的なファッションで谷間や太もも見せまくり、さらに下ネタを連発するという、かなり攻めたことをやっている。その仕掛け人が映像作家のUBUNA(うぶな)監督だ。同作の制作秘話を聞いた!
* * *
――UBUNA監督は本作が地上波ドラマ初の監督作ですよね?
UBUNA そうなんです。私、ちょっと特殊な芸術系の高校に通っていて、当時から映像作品を作っていたんです。その後、映画の業界に入って自主映画を撮ったり、MVを撮ったりしていたんですが、長編ドラマは完全に初めてでした。
もともと、原作のWEB漫画『サバエとヤッたら終わる』の読者だったので、まさか自分が実写化をやるとは思ってもみなかったです。けっこうプレッシャーがありましたね。
でも、私にとってラブコメ×エロ路線というのは初の試みだったのと、キャラクターたちに共感できるところもたくさんあったので、この作品でドラマのディレクターとしてデビューできたのは本当にうれしいですし、自分に合ってるなと思いました。
――どういう経緯で監督に?
UBUNA 担当プロデューサーさんは、今までの映画やドラマのスタッフとは少し違った人に任せたかったみたいです。今回の『サバエ~』は脚本もスタッフも20代の若い人も多く、みんなで自分の体験談などをもとに真剣に「下ネタ」について議論したり、直接的すぎない「エッチ」に見える表現を試行錯誤したりしました。
コンプライアンス問題が飛び交う時代に、こんなに猥談できる現場って、なかなかないよなあと思いますね......。
――ドラマ版『サバエ~』はエロと童貞と青春が濃厚に香る作品になっていました。
UBUNA 最近、地上波放送で青春エロラブコメっぽい作品って少なかったじゃないですか。今回、脚本を担当してくれた『ヨーロッパ企画』の小林哲也さんとは同年代なのですが、どちらも映画・ドラマの『モテキ』が好きで、ああいったナーバスな主人公目線の共感性羞恥のような作品を、令和版でできたらいいよねと話していました。
思春期まっただなかの子達がひっそりと親に隠れながら見て、大人になってから「実は、あのドラマ見てたんだよね」「え、お前も......?」みたいな会話があったら最高です。
――なるほど。
UBUNA エロい表現って、年々規制が厳しくなってきていると言われていますが、その中でどこまで表現を突きつめられるか、エロく見せられるかをチャレンジしてみたいというのはありました。
――で、その餌食になったのが、沢口愛華さんだった。
UBUNA 餌食は言い過ぎです(笑)。彼女がいないとこの現場は絶対に成立しないって本当に思ってました。
沢口さんとは本読み(役者が揃って脚本を読みながら軽くテスト演技をすること)の前にサシで飲みに行ったんです。本番に入る前に、今抱えてる不安などを解消していろいろ話せる間柄になっておきたいなと思って。
沢口さん、すごく真面目なんです。居酒屋でバッグから台本を出して本読みをはじめようとして。「沢口さん、今日はブレイクの日だから」みたいに諭したりして(笑)。
そんな感じでソフトドリンクをチビチビやりながら語りはじめたんですけど、これは言っちゃっていいのかな? 沢口さんがサバエ(鯖江レイカ)を演じることが不安だっておっしゃったんです。
――そりゃあ不安ですよね。初のドラマ主演ですし。
UBUNA 沢口さんは現場では明るい方ですけど、真面目さゆえに自分にとても厳しい一面があるなと思いました。
そのとき私が言ったのは、「沢口さんの中にサバエっぽい要素ってあります?」。女子よりも男友達と関わる方が楽だったりするとか、実は雑な部分があるとか。そういう自分の中にあるサバエっぽい性格を表に出してみませんか? 沢口愛華の中にあるサバエっぽい部分を表現しません?って。
そんな話をしてたら沢口さんもノッてきて、ふたりでサバエのバックボーンの考察がはじまったんです。実はサバエってこういう趣味あるんじゃね? みたいな。あまり漫画は読まなさそうとか、芸人のラジオをめっちゃ聴きそうみたいな。この飲み会でサバエの解像度が高くなりましたね。
逆に、自信満々に演じられるよりかは、自分を疑いながらキャラクターを模索していく沢口さんのストイックな一面を見られて良かったなと思いました。
――ところで本作では、キャラクターだけでなく、それ以外の部分もエロく見せるよう気を使ったとか。
UBUNA こだわりましたね~。特に第1話は居酒屋のシーンが多かったので、いかに消え物(食べ物)をエロく撮るか? 下ネタっぽくみせるか?を考えました。たとえば劇中にユッケが出てくるんですけど、肉々しいピンク色に、油でシズル感を足して、見る人が見たら少し卑猥に見えるように試行錯誤したり(笑)。
――唐揚げにレモンを絞るシーンでは汁が飛び散っていました。
UBUNA 私含め、童貞マインドを持つスタッフが「唐揚げにレモンかけるの、なんかエロくないっすか?」とか言い出したので、そのまま採用しました。あのシーンは主人公の宇治君の憧れの存在である桜井さん(進藤あまね)が、他の男に取られてしまう、いわば「寝取られ」を暗示したかったので、ちょうど良かったですね。
今回の現場はスタッフさんの"妄想力"に助けられましたね。
第7話で店内の客の会話が、あるキャラクターにはエロっぽく聞こえる単語が飛び交うシーンがあるんです。そのシーンは原作にも脚本にもなく私が現場で思いついたものだったんですけど、自分ではエロく聞こえる言葉が思いつかなかった。
それでスタッフさんを集めて、その場でエロっぽい言葉を挙げてもらったんです。そしたらスタッフ全員で「マチュピチュ」とか「マンチカン」(猫の種類)とか「キンタマーニ高原」とか言い出して(笑)。今回の現場はスタッフ全員が終始こんな感じでした。
――ドラマ『サバエ~』は王道の青春恋愛ストーリーでもあります。主人公の宇治君には憧れの女性がいる。ところがサバエが何かとちょっかいを出してくるので、常に心が揺れ動いている。この優柔不断さが童貞っぽくて最高でした。
UBUNA そう言っていただけてありがたいです。
自分自身を"童貞"みたいなものだと思ってるんですよ。通っていた高校は女子が多かったんですが、自分自身どっちかというと男勝りだったので、着替えのとき、「どこ見てんの?」「触る?」みたいに言われたり、巨乳の友達が体を密着させてきたり。で、私が「やめろよっ!」て反応をすると面白がってさらに体を寄せてきて。
――まるでサバエと宇治の関係にそっくりですね。
UBUNA そういう学生時代の思い出があったので、『サバエ~』が描けたんだと思います。
あと、なぜか童貞に共感してしまうんですよ。愛おしいって言いますか。器用な人よりも、恐る恐る何かを確かめるみたいに生きている人のほうが人間らしい気がするんです。
今の若者って「自分が嫌」みたいなコンプレックスがある人のほうが多いですよね。自分の生き方を他の人の生き方と比べて、「今の俺はダメなんじゃないか」と思ってしまったりすることもある。ドラマ版の宇治っていうキャラはそういう男子なんです。
そんな主人公にとって、自分のことを理解してくれている親友のサバエはとても大切です。イジってくる言葉の中にどこか愛を感じられる、拒絶しないでいてくれる。当時の自分は気付けないかもしれないけど、年月が経てば、学生時代のその存在がとても貴重だと、実感できると思います。
そして同時に、イタくてダサいと思っていた過去の自分でも、少し好きになれるんじゃないかなと。
――なるほどです。ところで気が早いですが、ドラマ版『サバエ~』が続編があってもおかしくないラストになってましたね。
UBUNA 続編か~。あったらすごく嬉しいですね!
――もしネクストがあるなら、サバエと宇治君のより密接な関係が描かれる?
UBUNA 個人的に思うんですけどベッド・シーンを描くよりも、そのベッド・シーンに至るまでのドキドキ感が一番エロいと思うんですよ。
――ホテルに行くまでが一番興奮するみたいなやつですね。
UBUNA それです! 『サバエとヤッたら終わる』っていうタイトル自体がそれを表しているように感じます。
「終わる」っていろんなところにかかってる。サバエとヤッてしまったら、憧れの桜井さんへの恋心も終わってしまう。サバエ本人との友情も終わるかもしれない。サバエとヤッてしまった、という自分の倫理観も終わるわけですし。
そしてこれはあくまで私個人の感想ですが、ヤッてしまったら、それまで抱いていたイマジネーション力がなくなってしまうのでは?と、少し寂しく思います。
いつまでもピーターパンではいられない。いろんな経験を経て大人になっていくと思うのですが、童貞でいられるうちのモラトリアム感が心地良いみたいな感覚はあるかもしれませんね。コンプレックスを抱いている自分も、後になってみたら必要な過程なんだと思います。
●『サバエとヤッたら終わる』
原作:『サバエとヤッたら終わる』(著:早坂啓吾 新潮社バンチコミック刊)
監督:UBUNA
出演:濱田龍臣、沢口愛華ほか
STORY
大学生の宇治は同級生の桜井への恋心を、宇治と桜井の友人である鯖江レイカ(通称サバエ)に相談する日々を送っていた。しかし時々、妙にサバエを意識してしまい、そのたびに必死に自分を抑える。「サバエとヤッたら終わる」と――。
●UBUNA(うぶな)
1996年生まれ、東京都出身。都立総合芸術高校で映像の撮影・編集・脚本を学び、短編映画やアニメを制作。卒業後は映画の現場の助監督となり、並行して自作の映画やMVなどを手掛ける。2021年に株式会社POPBORNを創設。ドラマ『サバエとヤッたら終わる』がドラマ監督のデビュー作。ほかMV『てんやわんや、夏。』(月ノ美兎、笹木咲&椎名唯華)などの話題作も手がける注目の若手映像作家。
カルチャー系のライター。『週刊プレイボーイ』(集英社)、『ヤング・ギター』(シンコーミュージック)などの媒体で執筆。著書に小説『LOVE※』(講談社文庫/内容みか共著)、『ラブリバ♂』(ゴマブックス)、『J-POPリパック白書』(徳間書店)ほか。「学校法人 東放学園音響専門学校」にて講師も務める。