小山田裕哉おやまだ・ゆうや
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
自費出版のエッセイ集にも関わらず、1万部を超える異例のヒットとなった小原晩のデビュー作『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が11月14日、大幅な加筆を経て実業之日本社から発売された。
TVプロデューサーの佐久間宣行氏や、ダウ90000の蓮見翔氏らが絶賛したことで知られる同書。いま注目の若手作家となった小原に、あらためて作家になった経緯や創作スタイル、本作に込めた思いを聞いた。
――以前から、「又吉直樹さんにあこがれて文章を書き始めた」と語っていましたが、今回はついに帯文を担当してもらいました。
小原 まだ現実感がなくて。何度読んでもうれしすぎて目が滑っちゃって内容が入ってこないくらいです。本当に奇跡だなって思います。
――デビューからまだ2年半です。どんな日々でした?
小原 とにかく精一杯でした。依頼されて書く原稿にも難しさがあって。『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』は自費出版でしたけど、誰かに依頼された原稿は仕事ですよね。仕事にはコミュニケーションが発生するってことを考えてなかったんですよ。書くことの難しさプラス、コミュニケーションの難しさもある。そういう難しさを乗り越えるのに必死な日々でした。
――自分はこういうタイプの書き手だっていうのは見えてきました?
小原 はっきりとあるわけじゃないですけど、エッセイに関しては、自分はイヤなことや苦手なことを書くっていうより、それが転じて面白くなってきちゃったことを書くのが今はしっくりきています。
例えば、めちゃくちゃイヤなことがあって落ち込んでいたのに、友だちに笑い話として喋って、それを聞いた友だちも笑ってくれるみたいな。そういうことってあるじゃないですか。だから、イヤな瞬間っていうよりは、それが消化されるタイミングを書いているのかなって。
――2作目の『これが生活なのかしらん』(大和書房)もそうでしたが、日常を描くエッセイかと思いきや、ブラックな職場で働いてメンタルを壊したり、次々と引っ越したり、実はけっこう劇的な人生を描いていますよね。でも、不思議とゆるい感じに読めてしまう。このトーンは狙ったもの?
小原 最終的に推敲するときに、ドロっとしたイヤな部分は抜いて、なんとなく全体のバランスを整えるところがあるんです。だから、今回の加筆も以前のトーンに合わせることは意識しました。
――例えば、仕事を辞めるエピソードでは、その前後は描くけど、決定的な瞬間は描いていない。「ここは書かない」というルールがあるのかなと思いました。
小原 というより、その瞬間が体の中に残ってないんですよ。それよりも帰り道で何を食べたとかのほうが覚えているんですよね。記憶力がいいって言われることがありますけど、友だちとディズニーランドに行ったことを覚えてなかったりしますし。「一緒に行ったじゃん!」「そうだっけ?」みたいな(笑)。
――自分がそういうタイプだとは、書くことで気がついた?
小原 自分ではあんまり気にしてないんです。でも、友だちに「最近よく言われるんだよね」って言うと、「いや、ずっとそうだから。もともと変だよ」とは言われます。
――普通、「印象的な思い出を描きなさい」と言われたら、ディズニーランドに行ったというイベントそのものを書く。でも、小原さんは帰り道の話を書いてしまう。そこが作家ならではの視点ですよね。
小原 そうですね。でも、私は「変」って言わるのはちょっとうれしいほうなんです。自分のことを普通の人間だと思っているので、個性があると言われたみたいでうれしい。相手はそういう意味で言ってるわけじゃないと思うんですけどね。
――ところで、小原さんのご出身は八王子ですよね? 作中で描かれる生活では東京都心に住まわれてる時のエピソードが多いですが、やはり都心に憧れがありました?
小原 そうですね。出身は八王子なので、一応東京出身なんですけど、都心への憧れはあったと思います。でもそれ以上に、八王子という町から出かったし、束縛するタイプの両親だったので、とにかく実家を出て自由になりたかったんです。
――実家を出る、が最優先だった。
小原 母親も父親も八王子が地元ではないんです。とくに母親は、八王子という街を信用していない感じがあって。母親も美容師だったので、髪を切ってくれるんですけど、伸ばしていた髪をバッサリとボブにしてもらったあとに、学校で「おかっぱ」だと揶揄(からか)われて。
それを母親に話したら「八王子の人にはわからないのよ」って八王子のせいにするんです。それで、私も間に受けて、八王子出身なのに「そうか、八王子が悪いんだ」みたいな(笑)。母もほんとうに思っているわけではなくて、私がうるさすぎて、とにかく黙らせるために「八王子」という悪役が必要だったのかもしれません。
――だからなのか、今は「レペゼン地元」っていう若者が増えている中で、小原さんは根無し草な感じがありますよね。
小原 そうですね。高校を卒業してすぐに八王子からでて、都心にある寮付きの美容室に就職しました。
――でも、それが今どき珍しいくらいブラックな職場で。
小原 ただ、自分の人生に起こったことはすべて自分にとって普通のことだから、特殊な経験をしたとは思ってないんですよ。ごく自然に生きてきたつもりです。周りからは「激動だね」「まだ若いのに」とか言われることがあるんですけど、恥ずかしながら、仮説があって。
私は1996年生まれで、どうやらZ世代が始まった年齢らしいんですね。で、同世代が大学に行った4年間を、私は働いていたんですよ。もしかするとこの4年間に社会が大きく変わったんじゃないかと思っていて。まだ職場の上下関係とか根性論が微妙に残っていた時代に私は働いていたから、そこで経験したことが基礎になってしまってる部分があるので、今っぽくないのかもしれないなって。だから、上の世代の読者の方にも「わかる」と言ってもらえることがあります。
――文章を書き始めた瞬間を振り返るエッセイも収録されていますが、実は子どもの頃から読書好きってわけではなかったんですよね?
小原 又吉直樹さんの『東京百景』がきっかけですね。美容師をしていた頃に読みました。
――それなのにいきなり自費出版でヒットを飛ばすなんて相当珍しいですよ。文学少女だったとか思われませんか?
小原 自分では気がついてなかったんですよね。本を出してから言われました。
――しかも、今どき紙の本を選んだ。ブログもSNSもあるのに初めての表現の場が紙の本だから、めちゃくちゃ本好きな人なのだろうと思っていました。
小原 あー、そうですよね。たしかに。
――でも、実際はそういうわけではなかった。
小原 なんかただ普通に生活をしていて編集者から声がかかることはないじゃないですか。でも文章は書いてみたかったから、自分で出版しようと思ったんです。最近リトルプレス(自費の小規模出版物)が流行っているという情報は、なんとなく自分の生活圏にも入ってきていましたし。
――SNSでバズった人が本を出すって流れもすでに定着していましたが、それも考えなかった?
小原 いや、それこそSNS映えしそうなパンチのある一言みたいなものが、好みじゃないのかもしれないですね。
――あまり自己顕示欲がない?
小原 人並みにあると思いますけど、自分のことを言うのが恥ずかしいんです。不動産屋に行ったときに、「どうしてこの街に住みたいんですか?」と聞かれるじゃないですか。本当は好きなマンガの舞台だからだったりするんですけど、なんか言いたくなくて、「理由はないけど住みたいんです」とか言ってしまったり。
結果的にもっと痛いやつになっているんですけど、自分では変なことだって気がついてなくて。一緒にいた恋人から、「なんで理由を言わないの?」と言われたときも、「自分にとって大切なことだから、よく知らない人に喋りたくない」「いや、それは良くないよ」と怒られたりしました。
――「自分のことを言うのが恥ずかしい」のに、よくエッセイを書きましたよね。
小原 そうですよね。自分でも、矛盾していると思います。
――あと、エッセイの中にカルチャー系の固有名詞がほとんど出てこないですよね。こういうときにこういう映画を観た、こういう曲が流れていた、という描写が少ない。それも今のエッセイ本のトレンドと真逆だなと。
小原 作品の固有名詞や、人の名前を出すと、なんというか、色がつきやすいですよね。それが有効なときもありますけど、便利に使って雰囲気を出すのはズルしてるみたいで。
――固有名詞をあえて削っているからこそ、世代に縛られない内容になっているのが面白いですね。実は時代感もよく読まないとわからない。
小原 そういえば最近書いたエッセイでも、「音楽家のライブに行った」と書きました。折坂悠太さんだったんですけど。
――そこで「折坂悠太のライブに行った」と書いたほうが、共感してくれる層を計算しやすいじゃないですか。それこそバズりやすくなる。でも、それはイヤなんですね?
小原 折坂悠太さんのことを知らない人が読んでも、何か感じられるものがある文章のほうがいいと思っています。
――新たに発売された『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』の実業之日本社版でも、そこは変わらない?
小原 そうですね。加筆分では元のトーンを保ちながら、当時書こうと思って書けなかったことや、新しい環境での生活のことを書いています。自費出版のときは大阪に引っ越すところで終わっているんですけど、今はまた東京に戻ってきているので、その話とかですね。よく行っているスーパー銭湯の話とか書いています。
――それも固有名詞は伏せて。
小原 「荻窪のスーパー銭湯」としか書いてない(笑)。
――そもそも1か所(なごみの湯)しかないですよ!
小原 そうなんですよね(笑)。あ、それから美容師時代のエッセイでも、ブラックな職場を辞めるときのことをあらためて詳しく書いていたりするので、欠けていたピースが埋まる感じがあるかもしれません。
――じゃあ、すでに自費出版で読んでいた人にも。
小原 そういう方にもぜひ読んでもらいたいですね。
●小原晩(おばら・ばん)
1996年東京生まれ。作家。
2022年3月に自費出版にて初のエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください(私家版)』を発売すると一躍話題に。現在までに1万部以上を売上げる大ヒットとなった。2023年9月には2冊目のエッセイ集『これが生活なのかしらん』(大和書房)を発売し、こちらも大ヒットとなっている。
公式X&公式Instagram【@obrban】
公式HP【https://obaraban.studio.site/】
■『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』実業之日本社 価格 1,760円(税込)
1万部を突破した伝説的ヒットの自費出版エッセイ集、新たに17篇を加え、待望の商業出版!
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。