酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
芸人としてはコンビ歴15年だが、一卵性双生児としてのコンビ歴は40年。M-1ラストイヤーで決勝まで勝ち進み、双子ならではの息の合った漫才で7位に輝いた双子漫才師・ダイタク。兄の大、弟の拓ともに「実はまだ全然知名度がない」「M-1でいろんな人に知ってもらえてラッキー」と語るが、彼らの漫才を楽しみに劇場に足を運ぶファンも多く、彼らのことを慕う後輩芸人も多い。
そんなふたりはM-1後の世界をどう見据えるのか。M-1決勝直前に、現在の心境や今後の目標について話を聞いた。
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――このインタビューを収録しているのはM-1直前ですが、記事が出るころにはダイタクさんを取り巻く世界が一変している可能性もありますね。(まだやっていない)M-1の決勝戦の手応えはいかがでしたか?
大 いや、本当に楽しく2本できました(笑)。
――ラストイヤーでM-1決勝まで勝ち進んだということは、今までと何か変えたこととかがあったんですか?
大 変えたというかたまたま変わったというか。僕ら10年くらい前から、もう解散された田畑藤本さんと賞レース対策のライブをやってて、3~4年はやったかな。それ以降はM-1に向けたネタ作りとかライブとかはやらずに、自分たちの単独ライブに力入れ始めたんです。そこで1本、M-1向けのネタが出来たらいいかなぐらいの感覚で。
その辺りからM-1との向き合い方が変わってきて。これまで賞レース用のネタをいっぱい作ってきたから、それまでの財産でも行けるんじゃないかって思うようになって。実際、2019、20、21の準決勝のネタは結構前のネタをやってたんです。
で、今年は久しぶりに、去年の単独ライブで出来たネタでM-1の準決勝に臨んだんです。ただそれも、毎年単独ライブでやってる60分漫才の中でポップなネタが欲しくて作った、お客さんが笑いやすくて、 双子であることもうまいこと使えてて、みたいな比較的分かりやすいネタで。最初作りかけの時は難航して一度置いといたんですけど、ヒーローインタビューっていうみんながよくやるベタな形と組み合わせたら、すごく分かりやすいネタになったんです。それをどのライブでやっても1番ウケて。
でも、あまりにも分かりやすいネタだったんで、僕ら的にもウケすぎててちょっと困って。暖簾に腕押しなんだけど、なんかやたらと反応があって、簡単にウケすぎて正直つまんないなって言ってたくらいなんですよ。
拓 だからウケすぎるところを逆にカットして緩急つけるように変えたりして。そしたら今回M-1の決勝までたまたま行けたんで、自分たちの中ではかなり手前の、分かりやすいことをやってるネタだと思ってるんですよ。もっと前からそうやってたらよかったのかなとか考えたりとかしますね。
――ダイタクさん的には、新しい分かりやすいネタと、過去に作りためてきたいいネタ、どちらが今は好きですか?
拓 結構いろんな人に言われるんですけど、過去のいいネタは僕らの中では鮮度がだいぶ落ちてるんで、流行り廃りはないんですけど、過去のネタはちょっと飽きてる部分はあるんです。いいネタだけど、もう言葉に魂が乗らないネタがたくさんあるんですよ。だからもう、過去のいいネタを決勝でやろうっていう感覚ではないですね。やっぱり新しい方が言葉に力が乗るし、それで初めて決勝まで行かしてもらったネタなので。
だから決勝の1本目ではそのネタをやって、2本目ではもうちょっと深いネタ、好きなことをやってるネタをやろうかなって思ってます。
大 そうそう、1本目はみんなが分かりやすくて、ちょっと自己紹介みたいなネタ。で、2本目で深いところまで見せられるネタにしようと思ってますね。
――自分たちがネタを分かりやすくする一方で、お客さんや視聴者のレベルが今のダイタクに追い付いてきた可能性もありますよね。
大 そうですね。変な話、近年のM-1のネタは、お客さんも審査員の方も「こんなの評価できるのかな」っていう思いもありました。去年準決勝でやったのは「2段ベッド」っていうネタなんですけど、ただ僕らが高校2年生まで2段ベッドを使ってたっていうだけのネタなんですよ。そんなのみんなどうやって評価するんだろうなと思って。
――なるほど。2人にしてみれば当たり前の生活の延長なわけですよね。
拓 だから「そこを笑いにしよう」と。要するに、「双子でもこんなところをつっついてくるんだ、コイツら」みたいなネタが評価されると思っていて、一方でこんなの評価できるのか?っていう気持ちもあって。
大 だから今年は本当に自分たちの中でも「こんな分かりやすくて大丈夫か?」って思いながらやった感じです。お客さんたちが追い付いたというよりも、僕らが1歩引き下がったって感じになるのかな。M-1に狙って合わせに行ったっていうよりも、たまたま合ったって感じですかね。
――そういうものなんですね。
拓 もちろん賞レースを狙ってネタを作ってる人もたくさんいますよ。でも僕らはそうじゃなく、いいネタが出来たらそれをM-1に持って行くっていうパターンでずっとやってきて、今回たまたまマッチングしたっていうだけ。しかもそれがたまたまラストイヤーだったっていう、そういうたまたまが重なったかなっていう。
大 ただ、いろんな人に「もうちょっと漫才の分かりやすさのレベルを落とした方がいい」とは言われてたんですよね。伝わる人は絶対伝わって、そこだけにはめちゃくちゃすごいねって言われるけど、そうじゃない人もいっぱいいる。だから、深い笑いばかり求めずに、もっと浅いところがあってもいいみたいなことは結構言われてました。
でも、今回準決勝でキュウのぴろに「準決勝でやるネタ決めてるんですか?」って聞かれた時、「あのネタやろうと思ってるんだけど、なんかまだ自分の中でしっくり来てないんだよね」って言ったら、「あ、それいいですよ」「それ行くやつですよ」って言ってたんですよね。「僕も決勝行った時のネタ、全然好きなネタじゃないんですよ」とか。
ビスケットブラザーズも「(キングオブコントの)決勝で優勝したネタは、自分たちで全くやるつもりなかったけど、周りから『なんであれやらないの。絶対あれだよ』とか言われて、しぶしぶ準決勝でやったら決勝行けちゃって。そのまま優勝しちゃって」みたいなことを言ってて。
そうやって、自分たちでは俯瞰で見られてなかった部分があったんでしょうね。だから僕らはたぶん、ここまで来るのに時間がかかったんだと思います。M-1と向き合いきれてなかったというか、少し逃げてた面もあったと思うんですよね。
――M-1っていう目標があるっていうのは良かったですか? それともあったらあったで面倒臭い存在だったのか。
大 すごく難しい存在なんですよね。だって漫才師がM-1に出なかったら絶対「逃げた」って言われるんですよ。強い信念を持って「出ない」って決めてもね。だから嫌でも出るしかないし、出るんだったら勝ちたいし、みたいな複雑な心境でしたよ。
で、みんなM- 1のために1年間ネタ作ってきて、2回戦とか3回戦で落ちて本当に絶望的な顔してますからね。「1年間が無駄だった」って。僕らはそこまではできなかった。M-1に全振りして、どんな現場でもM-1のためのネタばっかりやって、みたいな方向には舵は切れなくて。それよりも、まず目の前におるお客さんに楽しんでもらって、会社にも評価してもらって、いろんな劇場に呼んでもらって 。そういうことこそやらないとダメだなと思ったんですよね。
――むしろそうした方が決勝に行けた、と。
拓 全力を注ぐってめちゃくちゃリスキーなんですよ。例えば同じラストイヤーだったトットさんは本当にすごく努力してて、M-1に全力を注いでいて。僕らはそれはできなかった。
「全力で走り抜けたらもう悔いはないよ」とか言うんですけど、結局ファイナリストに行っても優勝しなきゃ絶対悔いは残るし、全力なんて僕らの性格的にも芸風にも合ってないんです。
だって、『鳥人間コンテスト』に1年かけて出て、すぐに真っ逆さまに落ちる。それを毎年15年続けるわけですよ。そんなことできない。『SASUKE』の山田勝己さんみたいに自宅に同じセットを作って毎日トレーニングしてるレベルのやつらがいるのに。
――お笑いは特に、そういう人が落ちて、そうじゃない人が優勝する可能性もありますしね。
大 おいでやすこがさんなんて、元は即席のユニットだけど、それが決勝まで行くっていうこともありますからね。もちろんおふたりとも努力されてますけど、何年間も努力し続けたからと言って行けるものでもない。だったらあとはもう、自分たちがM-1とどうやって向き合うか、しかない。で、これで努力しないで行けなかったら、「あいつら努力しなかったもんな」って言われてもしょうがないし。
拓 M-1一本にシフトするのもリスクがあるし、シフトしないのもリスクがある。ただ、吉本のいいところは、劇場がいっぱいあるし、そういう劇場での頑張りとか、M-1の結果以外のところでも評価してくれる人がたくさんいるんですよ。そういった意味では、そういう人たちのためにも劇場も頑張らないとって思ってましたね。
結局全部結果なんですよ。決勝行けたのもたまたまだし、準決勝に残ったコンビは誰が決勝行ったっておかしくないですもん。ラストイヤーで、6回目の準決勝に挑戦でとか、そういうちょっとエモい部分で評価してもらった部分もきっとあるし。
――ダイタクさんって、例えばニューヨークさんとかオズワルドさんとかいろんな後輩芸人から話題が出て、面倒見の良さを感じるんですけど、逆にご自身がお世話になった先輩は誰ですか?
大 近い先輩でも辞めた方でもたくさんいますけど、1番上の兄さんだとトータルテンボスさんにはお世話になって。俺らが5年目とかの頃から全然からみがなかったのに、トータルさんがMCをやってるルミネのライブに呼んでいただいて、そこから毎回ゲストに呼んでくれて、毎回呑みも連れてってくれてみたいな。昔ながらの芸人気質がある方々で、特に藤田さんは呑みも長いし(笑)、「これが芸人の世界か!」っていうパワーを感じる存在ですね。
他にも囲碁将棋さん、トレンディエンジェルさん、マヂカルラブリーさんは、僕らが一番下のライブに出てた頃からものすごくお世話になった憧れの存在ですね。でもそういった先輩方でも、だんだんとM-1の戦績で追いついてきたりするときちんとライバルとしても見てくれるし、でもご飯に連れて行ってくれてアドバイスもくれたりする。
その中でも一番の絆という意味で言うと、囲碁将棋さんの存在は大きいですね。今でも吉本の若手はみんな敬意を込めて「マジで囲碁将棋には勝てないな」って言ってます。ずっとおもろい。そんな囲碁将棋さんですらM-1の決勝には行けなかったし、それでおふたりが腐りかけた時期があるのも知っているので、ある意味で「僕らは囲碁将棋さんみたいになっちゃいけない」っていう気持ちもありました。僕らの決勝行きも囲碁将棋さんが一番喜んでくれましたしね。
――そういう先輩たちがいるからこそ、今は後輩にそれを受け継いでる?
大 そういう意味ではやっぱりニューヨークは最初見た時に衝撃的に面白くて、「コイツら面白れえな」と思って、呑みに行くようになってからもう15年の付き合いだし。ダンビラムーチョもそうだし。逆にオズワルドみたいに全然関係性がない時から伊藤に「ダイタクさん、ちょっとライブ呼んでくださいよ」って突撃されて、そこから仲良くなった後輩もいるし。
――やっぱりダイタクも先輩の男気を受け継いでるんですね。
拓 でもね、実は男気は全然ないんですよ。ただ呑んでるだけで。「ネタなんか作んなくていいよ、みんなで楽しく酒呑もうぜ」っていう悪のほうに引きずり込んでるだけ。だって楽屋なんて一番面白い場所なのに、静かにネタ書いてるやつとかもいるんですよ。もちろんいろんな人がいて当たり前なんですけど、だって努力と結果が直結しないんだもん。だったら今日は呑んじゃえばいいじゃんっていう、そんな感覚でずっとやってるんです。
どうせ売れるんだったら楽しんで売れたいし、売れないんだったら楽しみたいし、楽しんだ方が得じゃん。結果なんか出なくたって、今はそいつに負けてるだけで、10年後は何があるか分かんないし。
大 ダンビラムーチョなんてずっと一緒に呑みに行ってるけど、アイツらそんなにネタ作ってないですもん。でも去年M-1決勝行って、今年はキングオブコントの決勝に行って。アイツらは本当センスと才能ありますよ。でも努力なんてもう全然してないと思います。アイツらこそ時代が追い付いてきたっていう感覚ですね。
――そういう考え方のほうがメンタルにも良さそうですね。
拓 そうそう。メンタルがやられないんですよ。まあもちろん、結果が出なかった時に「もっと頑張っとけばよかった」とかめっちゃ思いますけどね(笑)。
――そんなダイタクがいつもの仲間とやっている主催ライブが、2025年2月に規模を大きくして開催されると。
大 何をやるかは全く決めてないですけど、いつものメンバーをよみうりホールに集めて、ネタをやってコーナーをやってっていうことになると思います。
拓 僕らぐらいの規模だと∞ホールとかルミネが埋まるぐらいなんで、こういう普通のライブをこんな大きなとこでできるようになったよ、っていうのを見せたいですね。
――新ネタとかも観られたりする?
拓 いやいや(笑)。だってせっかくM-1終わって何も考えなくてよくなったのに、2月20日なんかに新しく考えたものなんかやりたくないです(笑)。本当に何にも考えてない。
ただ、普段のライブに来てくれるお客さんは当たり前のように楽しめるし、M-1でダイタクを知った人たちにはダイタクってこういう人なんだって分かるように、僕らの人間性が出ることだったり、周囲の人たちとの関係性が分かるようなことはやると思います。
――M-1ラストイヤーを終えて、今後は何をしたいですか?
大 単独ライブを全国でやりたいんですよ。それと、もうひとつセットでやりたいのが即興漫才。お客さんから急にお題を4つか5つもらって、それらを入れて漫才を完成させていく。このライブももう2年以上やってるんですけど、即興漫才ってナマじゃないとなかなか見られないじゃないですか。ネタが生まれる瞬間、笑い生まれる瞬間って、カチッとハマるとものすごいパワーがあって満足度があるっていうのをみんなに見せたいです。
だから単独ライブと即興漫才をセットにして、ゲストと一緒に全国を回って、会場が満席になってみんなに喜んでもらって。終わった後はその地元の美味しいお酒と食べ物を飲み食いして、ホテルに泊まって、デリヘル呼んで、みたいな(笑)。
それで全国バーっと回れたらもう最高じゃないですか。多分芸人の一番の到達点ってそこな気がするんですよね。こんな幸せなことないですね。
■ダイタク
2008年結成、双子の吉本大(主にボケ)と吉本拓(主にツッコミ)からなるお笑いコンビ。双子であることを武器にした漫才・コントを得意とする。趣味はふたりとも酒とギャンブル。M-1グランプリ2024ファイナリスト。
■『ダイタクの伝家の宝刀』
日時:2025年2月20日(木)
開場:18:00/開演19:00/終演20:30
会場:東京・有楽町よみうりホール
出演:ダイタク、他
料金:前売4,000円/当日4,500円
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。