ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。脳科学者の中野信子さんをゲストに迎えた12回目です。
多くの日本人は、遺伝的に不安を強く抱くそうです。そんな日本で生き残るためには、何が必要かを中野信子さんに教えてもらいました。それは目立たないこと、信頼されないことらしいです。
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ひろゆき(以下、ひろ) 前回は「日本人の97%くらいがルールの抜け穴を利用することは『ズルい、卑怯だ』と攻撃する側に回りやすい」という話をしましたよね。
中野信子(以下、中野) そうですね。人がリラックス感や安心感を得るための神経伝達物質としてセロトニンがありますが、日本人の大多数はそのセロトニンをリサイクルする「セロトニントランスポーター」の密度が低いんです。そのため「自分が損をしても相手を道連れにしてやりたい」という心理が起こりやすくなる可能性が高いのです。リスクを負ってでも誹謗中傷したくなる背景には、この性質があるのかもしれません。
ひろ 遺伝的な要因が影響してるなら、そう簡単に日本人は変われませんよね。そういう国民性で「移民をもっと受け入れよう」という政策や主張はどうなんでしょうか? うまくやっていけるんでしょうか?
中野 難しいところですよね。移民を入れても遺伝的な背景がすぐに変わるわけではありません。そもそも、どうしてセロトニントランスポーターの密度が低い人が日本にこんなに多いのかというと、日本は地震や台風などの災害が多い島国で、備えをしない楽天的なタイプは生存率が低かった可能性が高いんです。長い年月をかけて〝生き残りゲーム〟を繰り返した結果、不安を強く抱く遺伝子を持つ人が多く残ったのではないかと考えるほうが自然です。
ひろ 「冬に備えずに遊んでいたら死んじゃう」的な『アリとキリギリス』の話に近いですね。
中野 そうです。かつての日本は農業の生産力も今ほど高くはなく、土地も痩せていました。生き残るには、不安が強く警戒心が高いほうが有利に働いたのだと思います。そして結果的に、不安の強い遺伝子を持っている人たちが多く生き残ったのではと考えられます。
ひろ 例えば、移民を多く受け入れた場合、何世代かたつと不安や警戒心が高い〝日本人化〟する移民が増える可能性もあるんじゃないですか。
中野 そうですね。それに、日本社会は「ひとりだけ得している状態は許さない」という空気が文化的にも強いので、そんな社会に適応していくうちに日本人化していくかもしれません。
ひろ なんかそれって「美人は目立つから損をする」みたいな話ともつながりそうですね。
中野 さすがですね。日本では美人すぎると目立ってしまって標的になりやすいんです。昔から「祭りのいけにえは見た目がいい人」という傾向がありますよね。これは、目立つ人という意味でもあります。で、現代のネット社会でも目立つ人は〝炎上のいけにえ〟になりやすい。昔から人間の行動パターンは本質的に変わっていません。
ひろ そう考えると「学歴もそこそこで、才能がなさそうに見えて、でも実は親が金持ち」みたいな人が最強になるんだ(笑)。どこにでもいそうに見える人ほど得をしやすいんですね。
中野 まさに「キジも鳴かずば撃たれまい」ですね。
ひろ 日本では目立たないほうが得をするわけですね。
中野 私も小さい頃、大人から「はしたないから目立つんじゃない」と散々言われました。
ひろ 学校教育でも「目立つ生徒は先生から反感を買う」みたいな雰囲気がありますよね。あれは日本社会に最適化された正しい戦略だったんですね。
中野 そうかもしれません。リーダーシップを取りすぎると集団からはじかれがちです。1番手より3番手、4番手くらいのほうが標的にされにくく安全ともいえます。
ひろ で、目立つと不利だからといって、完全に大衆の中に隠れる必要もないですよね。日本では、ある程度うまく隠れていればやり過ごせる面もある。
中野 はい。すべてを見えなくする必要はなくて、すりガラスくらいのイメージでしょうか。
ひろ ただ、目立っていても、例えば僕とか堀江貴文さん、マツコ・デラックスさんみたいに〝もう何を言ってもしょうがないキャラ〟として認知されると楽ですよね。何をされてもダメージにならないですから。
中野 そうですね(笑)。セロトニントランスポーターの話に戻りますけど、日本人は「不当に自分が損をさせられた!」とか「こいつだけ得してるんじゃないか?」と感じるとバッシングスイッチが入るようです。みんなが信頼している人が裏切り行為をしたら、かなり大きな騒ぎになるはず。例えば、大谷翔平さんが不倫をしていて、それが発覚したら大炎上が起きるでしょう。
ひろ 一方で、最初から清廉潔白なイメージがない人はダメージが少ない。例えば、お笑いコンビ千鳥の大悟さんが不倫しても「まあ、するでしょうね」と納得してしまう感じがある(笑)。
中野 「モテるんですね」くらいの反応で終わりそうですね。ベッキーさんがあれだけバッシングされたのも清廉なイメージで売っていた人だったっていうこともありますよね。そうなると「そもそもクリーンなイメージを売りにしない」というのもひとつの戦略かもしれません。
ひろ だから「昔、やんちゃしていました」とか「元ヤンキーです」みたいなほうが、裏切り感がなくて叩かれづらいでしょうね。
中野 それに元ヤンキーが子猫をかわいがっている動画なんかを上げると、ギャップで好印象を持たれたりもしますよね。
ひろ 「信頼されないキャラ」だと潰されにくいし、さらに「ちょっと面白いことを言うから気になる」というポジションを取れれば強いですね。
中野 実は、ひろゆきさんはそういう強さがあるんじゃないでしょうか。
ひろ 自分ではあまり意識してないんですけど、なぜかそこまで嫌われてないですし、かといって信用されすぎてもない(笑)。でも、僕の話を聞きたいという人はけっこういるんですよね。それはほかの人が言わないことを言うからかもしれないです。それが多少なりとも面白がられているのかな、と。
中野 でも、実際のひろゆきさんってサービス精神が旺盛ですよね。最初にお会いしたときに、私にわざと話を混ぜ返す発言をして、議論を盛り上げようとしてくれました。でも、私がビビってぶつかり合いを避けるという......。その節は失礼しました(笑)。
ひろ いえいえ。
中野 ただ、ひろゆきさんも私が割と際どいことを言うタイプだとわかってからは、混ぜ返すよりも炎上しそうな話題を振ってきますよね(笑)。でも、テレビなどではハッキリと言えないことが多いので、私も多少は話をオブラートに包むようにしているんです。
ひろ 確かに。中野さんはオブラートに包まずに話をすると、いろいろ敵をつくりそうですからね。
中野 そのとおりだと思います(笑)。話をまとめると、日本で生き残る戦略としては「不必要に目立たない」「信頼されすぎない」。それがセロトニントランスポーターの密度の低さが際立っている日本社会では安全にやり過ごせる生き方なんじゃないでしょうか。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■中野信子(Nobuko NAKANO)
1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など