「多くの人は『努力が価値のあるもの』だと信じすぎ。いうなれば『努力教の信者』です」と語る中野信子 「多くの人は『努力が価値のあるもの』だと信じすぎ。いうなれば『努力教の信者』です」と語る中野信子

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。脳科学者の中野信子さんをゲストに迎えた13回目です。

努力は大事ですよね。でも、努力できる人とできない人がいるみたいです。それはなぜなのか? そして、ダイエットや筋トレなどの努力が長続きする方法はあるのかを中野さんに聞いてみました。

***

ひろゆき(以下、ひろ 世の中には努力できる人と、全然努力できない人がいるじゃないですか。その違いってなんですか?

中野信子(以下、中野 実は遺伝的要素が大きいようなんです。「努力できる人」「できない人」は脳のある物質の代謝速度でおおかた決まってしまう。ちなみに、私はできない人のタイプです(笑)。

ひろ あ、僕も一緒です(笑)。

中野 努力の苦手なタイプの人に努力させるには「わかりやすいご褒美」が重要ということが研究でわかっています。比較的手に入りやすいハッキリしたご褒美を用意できれば努力が可能になる。

ひろ 小さなご褒美を設定して、階段を一歩ずつ上っていくような方法をとる人がいますよね。例えば「〇〇1級の資格を取りたい」となると3級、2級、1級と段階を踏まなきゃいけない。でも、もし1級から10級くらいまであったら、「10級はめちゃくちゃ簡単だから、まずはそれを取って次は9級」みたいに小さな目標をいくつも設定して上っていこうとする人です。

中野 でも私みたいに努力したくないタイプの人は「10回も試験を受けるなんて面倒だから、いっそ受けない」となりそうですよ(笑)。

ひろ あはは。そっちの可能性もありますね。

中野 または「一番ラクにとれる方法はなんだろう?」と調べて、その戦略だけに集中するのでは。

ひろ じゃあ、努力を長続きさせるにはどうすればいいんですか?

中野 特に努力できないタイプの人は、脳に努力を努力と思わせないことです。例えば、ダイエットの失敗で多く見かけるのは、いつの間にか数字の変化自体が目的になっているケースです。「体重が減る」というわかりやすい変化が楽しくなってしまう。でも、変化が楽しくなったら詰みなんです。

ダイエットは目標を達成してから、その体重を維持し続けることがむしろ重要ですよね。なのに、努力を続けるためのわかりやすい報酬(体重の変化)はもう得られない。報酬の喪失感に耐えられず、脳が代わりの報酬として快感を欲しがるので、手軽な飲食に走ってリバウンドが起こる。ダイエットに限らず、目標を達成したか達成の見込みが立った瞬間にそれ以降の努力は不可能になります。つまり、脳に努力を努力と思わせたら負けなんです。

ひろ ああ、確かに。

中野 「私はこうなりたい」という目標があったとしたら「こう設定すれば自然にそうなる」という道をまず設定する。そこを歩いていけばいいだけにして、努力を回避させるんです。多くの人は「努力が価値のあるもの」だと信じすぎです。いうなれば「努力教の信者」です。搾取したい人から絶好のカモにもされてしまいます。それがわからないから、やみくもに努力をしている自分をカッコいいと思って「ダイエットしよう」「筋トレしよう」とやって失敗する。

ひろ 評論家の岡田斗司夫さんが昔、本に書いていたダイエット法に「ポテトチップスは食べてもいい。でも3枚食べたらあとは捨てる」っていうのがあったんです。

中野 面白い!

ひろ 食べ物を捨てることに罪悪感がある人だと、もったいないから3枚どころか1枚も食べなくなるという理屈です。

中野 なるほど。岡田さんは自分の満足を見極めている方なんでしょうね。おいしいのは最初の3枚だと。確かに理にかなっています。一般的に通用する方法かどうかはなんとも言えませんけど......。

ひろ そうですね。ちなみに僕は、締め切りがないと原稿を書かないタイプなので、誰かに締め切りを設定してもらって、その期日を過ぎるとめちゃくちゃ困るような状況をつくるようにしてます。

中野 自分をわかっていれば、そういう仕組みづくりができますよね。ただ、厄介なのは人間には「以前はこれで大丈夫だったのに、今は通用しなくなった」ということが起こることです。

ひろ 確かに。慣れたり恐怖心が薄れてきたりしますよね。そういう意味では、学生時代は「飛行機に乗り遅れたら大変だ」という恐怖心があったからめちゃくちゃ早く空港に行ってましたけど、お金に余裕ができると「乗り遅れても次の便に乗ればいい」と思っちゃうようになるんですよね。

中野 わかります。人に迷惑をかけるなら別ですが、自分の日程が少しずれるくらいなら、と緊張感が薄れますよね。その都度、今の自分はどう変わったかを見直せるような仕組みが必要です。アプリで「そろそろあなたの脳のコードが書き換わる時期ですよ」って通知してくれるとか(笑)。

ひろ 自分は何があれば頑張れるかを知っておいて、それが変化してきたらまた新しい頑張れるものを探していく作業をやらないとセルフコントロールは難しいってことですね。

中野 そうです。そうやって自分の琴線や動力源をどんどん増やして、いろいろなパターンに対応できるように準備しておくべきです。

ひろ 実は僕、空港のラウンジが使えるようになってから、飛行機に乗り遅れることが減ったんですよ。ラウンジでごはんを食べられるから「朝ごはんを抜いて早めに空港に行こう」ってなるし、作業をしたり映画を見たりすることもできる。昔は「早く空港に行っても待ち時間がもったいない」という意識が強くてギリギリを狙ってたんです。でも、今はラウンジにいるので、さすがに乗り遅れることはないです。

中野 私も待ち時間が苦手です。

ひろ そんなとき、僕がやっているのは待ち合わせの場所を駅前とかじゃなくて書店に設定することです。本屋さんなら待ち時間が苦じゃないから早めに行こうとなるし、万一僕が遅れても相手は暇潰しできるじゃないですか。

中野 その方法はいいですね。人によって何が苦にならないのかが違うから、最終的にはパーソナライズされた仕組みが必要ですが。

ひろ そう思います。もしアプリ化するとしても、最初に「あなたはどのタイプですか?」って詳しく聞いて、それに合った方法を提案しないといけないでしょうね。

中野 例えば「努力ができない」「時間ギリギリに行きがち」などを初期設定で選んでもらって、その後、合う/合わないのフィードバックを与えながら修正していくような仕組みですね。ずいぶん前に、ゲーミフィケーションがはやりました。勉強とか仕事とか、やりたくないことを続けるための認知装置になりえる可能性は十分あった。ブームだけで終わってしまった感があるのは残念でした。

ひろ 最近はゲーミフィケーションって言葉もほとんど聞かないですよね。

中野 理屈としては正しいけど、やれる人はとっくにやっていたし、やれない人はどうやっても無理だった、ということかもしれないですね。

ひろ 仕組みが用意されても、結局それを使うかは自分次第ですもんね。

中野 そうなんです。だからこそ「自分の性質はこうだから、これだったらできる」っていうのを把握しているかどうかが大きい。結局、そこに尽きるんですよね。

***

■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■中野信子(Nobuko NAKANO) 
1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など

★『ひろゆきの「この件について」』は毎週火曜日更新!★

中野信子

中野信子

1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など

中野信子の記事一覧