九龍城砦で生活を営むワケアリな4人の男たち。彼らの友情ドラマもグッとくるぜ 九龍城砦で生活を営むワケアリな4人の男たち。彼らの友情ドラマもグッとくるぜ

合言葉は「硬直!」。香港の魔窟「九龍城砦」を舞台に、男たちの情念とイカしたカンフーアクションが炸裂! 現在公開中の『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』がスマッシュヒットを記録している。カンフー映画好きはもちろん、このジャンルにあまりなじみがない客層をうならせる本作のヤバさとは何か? 胸アツな識者に話を聞いた!

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■九龍城砦の怪しい魅力を完全再現!

1月17日から全国公開中の香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』。若手実力派からサモ・ハンのようなレジェンドまで、香港映画のスターたちが壮絶なカンフーアクションをぶつけ合う話題作であり、香港では昨年、歴代興行収入を塗り替える爆発的ヒットを記録。アカデミー賞国際長編部門の香港代表作品にも選ばれた。

日本でも口コミで動員を伸ばし、長らくヒット作に乏しかった香港映画の復活ののろしとも評されている。日本での配給会社・クロックワークスの担当者がこう語る。

「初動こそ鈍かったものの、公開後は週末の動員が前週よりも増える状況が続いています。アクション映画にもかかわらず女性客が多い点も特徴で、映画の登場人物を描いたファンアートがSNSに多く投稿されています」

往年の香港映画スター、サモ・ハンも登場。そのキレ味鋭いアクションは現在73歳という年齢を感じさせない 往年の香港映画スター、サモ・ハンも登場。そのキレ味鋭いアクションは現在73歳という年齢を感じさせない

本作は試写会の時点から高い評価を受けており、作品名を伏せたシークレット試写会を実施した際には、5点満点で4以上の採点が観客の95%を占めていたという。

「香港映画ファン以外からも好評だったため、口コミでヒットするだろうとは考えていました。ただ、これほどの反響は想定以上でした」

なぜ本作は香港だけでなく、日本の観客まで熱狂させているのか。その理由について、映画ライターの加藤よしき氏は次のように分析する。

「カンフー映画好きだけでなく、今までこのジャンルに興味のなかった人にも刺さる要素が山盛りだからです。

例えば、全編にわたって舞台となる『九龍城砦』のセットだけでも映画を見る価値があります。90年代まで香港に実在した有名なスラム街ですが、約10億円を投じたセットの再現度は圧倒的で、当時を知らない人は『こんな世界が本当にあったんだ』という衝撃を受けるはずです」

第2次世界大戦以降、清朝時代の軍事要塞に不法移民など行き場のない人々が集まったことで形成された「九龍城砦」は、次第に「黒社会(チャイニーズ・マフィア)」が跋扈する無法地帯となり、最盛期は約5万人が暮らしていたとされる。狭い土地に数百もの細長いビルがひしめき合う異様な姿から、93年に取り壊されるまで香港の観光名所ともなっていた。

「30年ほど前まであったエリアということもあり、香港には当時の光景を鮮明に覚えている人も少なくないはず。それだけに中途半端な再現はできなかったでしょう。

監督のソイ・チェンは『ドッグ・バイト・ドッグ』(2007年)など、リアル志向の作風でブレイクした人でまさに最適な人選だったと思います。大勢の人がひしめき合って暮らす九龍城砦の怪しい魅力を見事に再現しています」

1993年からの取り壊しの工事により、今は姿なき九龍城砦。このアジア随一の巨大スラム街が映画の舞台だ 1993年からの取り壊しの工事により、今は姿なき九龍城砦。このアジア随一の巨大スラム街が映画の舞台だ

■アクション&ドラマの懐かしさと新しさ

映画は80年代、九龍城砦に密入国者の陳洛軍が逃げ込んでくるところから始まる。城砦を取り仕切るマフィアの龍捲風は「龍兄貴」として誰からも慕われる存在であり、陳洛軍も彼を父のように慕い、その弟子である信一ら3人の仲間とも絆を結んでいく。

初めて自分の居場所を手に入れた陳洛軍だったが、イギリスから中国への香港返還が決まったことで、九龍城砦を巡る激しい利権争いが勃発。やがて彼らはマフィアの抗争と過去の因縁に巻き込まれていく......という内容だ。

前出の加藤氏が続ける。

「本作はアウトローの物語でありながらも、主人公たちが下町のような義理人情でつながっていて、マフィアのおきてよりも困っている人を助けることを優先します。だから彼らの行動に共感しやすい。

基本は勧善懲悪の王道ストーリーであり、陰惨な表現は少ない。むしろ、所々にユーモアもあり、老若男女が安心して楽しめる内容になっているのもヒットの要因でしょう。

一方で、かつてジョン・ウーやジョニー・トーら〝香港ノワール〟の巨匠たちが描いた、仁義や男気などのアウトローの美学も描いている。優しい人情ドラマであり、ハードなノワール的でもある。絶妙なバランスです」

本作に登場する敵役はとにかく強い! この男が見せる「ある技」にド肝を抜かれる観客多数! 本作に登場する敵役はとにかく強い! この男が見せる「ある技」にド肝を抜かれる観客多数!

そして、全編にわたって展開するカンフーアクションでは、日本から映画『るろうに剣心』シリーズなどで知られる谷垣健治氏がアクション監督として招かれた。

「香港映画に精通する谷垣さんだけに、アクション表現はカンフー映画の魅力が詰まっています。九龍城砦は迷路のように入り組んでいるため、バトルの場所が非常に狭い。その限られた空間で周囲の環境を利用したアクションが縦横無尽に展開していく光景は、往年のジャッキー・チェン映画を見ているようでした。

伝統的な中国武術も見せつつ、若い世代の格闘シーンでは、総合格闘技や型を感じさせないストリートファイトの要素があり、新鮮な仕上がりです。本作はノスタルジーと新しさが共存している点が最大の魅力だと思いますね」

■香港映画の魂を受け継ぐ者たち

香港映画に詳しい映画ライターの高橋ターヤン氏も、本作の魅力は「懐かしさのアピールだけではないところにある」として、こう話す。

「そもそもキャスティングが往年のスター頼りではなく、3世代にまたがっています。敵側組織のボスには73歳のレジェンドであるサモ・ハン、各組織の兄貴分はジョニー・トー組の常連だったルイス・クーら50代のベテランたち、そして主人公のレイモンド・ラムら30代~40代の俳優たちが若い衆を演じています。

彼ら主要キャストは香港とゆかりが深い人物で固められていて、ストーリーも新世代が旧世代を乗り越えようとする話となっている。香港映画のバトンを次の世代に受け継いでいくことが制作陣のテーマのひとつだったのでしょう」

本作に登場する敵役はとにかく強い! この男が見せる「ある技」にド肝を抜かれる観客多数! 本作に登場する敵役はとにかく強い! この男が見せる「ある技」にド肝を抜かれる観客多数!

人がありえない高さでジャンプしたり、打撃を食らって人がすごく吹っ飛んだり。そんな「香港映画といえば」なワイヤーアクションもバッチリあるぞ 人がありえない高さでジャンプしたり、打撃を食らって人がすごく吹っ飛んだり。そんな「香港映画といえば」なワイヤーアクションもバッチリあるぞ

天涯孤独の主人公・陳洛軍(右)が九龍城砦で人の優しさに触れ、やがて家族の一員として認められていく。そんなベタな人情ドラマも染みる 天涯孤独の主人公・陳洛軍(右)が九龍城砦で人の優しさに触れ、やがて家族の一員として認められていく。そんなベタな人情ドラマも染みる

その背景には香港映画の著しい低迷ぶりがあるという。

「香港映画はもともと、中国本土の映画人による北京語映画と、香港出身の映画人による広東語映画というふたつの流れがありました。上品でオペラのような北京語映画に対して、広東語映画はエログロバイオレンスのなんでもアリで人気となり、60年代から70年代に黄金時代を迎えます。

そうした中で広東語映画からカンフー映画のブームが起こり、ブルース・リーやジャッキー・チェン、ジェット・リーら数々のスターを輩出しました。ジャンル映画に支えられ、定期的に新陳代謝を繰り返すシステムが香港映画の隆盛を担っていたのです」

しかし、97年の香港返還により中国政府からの検閲が強化されると、徐々に「なんでもあり」は許されなくなった。

「ジャッキー・チェンら香港映画の中心人物たちは、ハリウッドに活躍の場を求めました。同時期にカンフーアクションを取り入れた映画『マトリックス』(99年)やアカデミー賞外国語映画賞を受賞した『グリーン・デスティニー』(2000年)の成功もあり、香港からハリウッドへと人材の流出は進んでいきます。

しかも、00年代後半から中国経済が躍進。香港映画人の本土進出も加速したことで、香港映画は産業としてすっかり空洞化しました」

中国は20年に「香港国家安全維持法」を制定し、21年に「映画検定審査条例」を改定するなど香港の表現に対する検閲体制も強化している。

「それによって最盛期は年間250本も制作されていたものの、近年は50本を下回るほどに縮小しています」

だからこそ、本作には「香港映画人の意地を感じた」とターヤン氏は言う。

「カンフー、黒社会、男たちの裏切りと友情、さらには実在したランドマークと、本作には香港映画の歴史を彩ってきた象徴的な要素がこれでもかと盛り込まれています。

まさに〝香港映画の集大成〟といえる作品ですが、次の世代の台頭も描くことで単なるノスタルジーで終わらせず、『香港映画はまだまだ終わっていない』というメッセージも発しています。その熱が観客にも伝わるから、これほど興奮させられる映画になっているのでしょう」

■香港映画の新たなる日の出に

本作はシリーズ化が決定。九龍城砦の建設当時を描く前日譚、解体後の香港を描く後日譚と合わせて三部作になる予定で、世界の注目をあらためて香港映画に集める絶好の機会となっている。

前出の配給会社担当者もうなずく。

「作品の熱量が口コミで広がる様子は、ロングランを記録したインド映画『RRR』を思い起こさせます。あの作品が日本の観客の目をインド映画に向けさせたように、本作から香港映画が再び盛り上がりを見せてほしいですね」

では、本作の鑑賞をきっかけに香港映画に興味を持ったら何から見ればいい? ターヤン氏がこう語る。

「まずはジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』(87年)です。黒社会を舞台にした〝香港ノワール〟を代表する作品であり、九龍城砦があった『トワイライト・ウォリアーズ』の時代に制作されています。当時の香港の空気感を知る上で最適な一本です。

香港映画らしい過剰さという意味ではドニー・イェン主演の『SPL 狼よ静かに死ね』(06年)も。黄金時代の香港アクションから現代のルーツを感じるなら『ブラッド・ブラザース 刺馬』(73年)がオススメです」

香港映画の新しい時代の幕開けを感じさせる本作。これが黄昏(トワイライト)ではなく、新たな日の出となるのを期待したい。

●『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』 
監督:ソイ・チェン 
アクション監督:谷垣健治 
音楽:川井憲次 
出演:ルイス・クー、レイモンド・ラム、テレンス・ラウ、フィリップ・ン、トニー・ウー、サモ・ハンほか 

STORY:1980年代の香港、アジア屈指のカオス地帯として実在した「九龍城砦」。ワケアリな人間たちが肩を寄せ合い暮らすこの巨大なスラム街に、香港へ密入国し、黒社会に追われていた陳洛軍(チャン・ロッグワン)が逃げ込む。彼はここで仲間や父と呼べるような恩人と出会い、絆を深めるが九龍城砦を巡る抗争が勃発し......。

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小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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