「睡眠不足でいいことは何もありません。免疫力も思考力も落ちます!」と語る睡眠学の世界的権威、柳沢正史先生 「睡眠不足でいいことは何もありません。免疫力も思考力も落ちます!」と語る睡眠学の世界的権威、柳沢正史先生

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。今回から睡眠学の世界的権威、柳沢正史先生が登場! 「努力でショートスリーパーになれるのか」という質問や、寝不足になると人間はどうなるかなど、睡眠に関する基礎知識を教えてもらいました。

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ひろゆき(以下、ひろ 今回から新たなゲストをお迎えしています。睡眠学者の柳沢正史さんです。よろしくお願いします!

柳沢正史(以下、柳沢 よろしくお願いします。

ひろ 早速なんですけどショートスリーパーの人っているじゃないですか。限られた時間を有効活用するためにショートスリーパーに憧れる人も多いと思うんですが、努力でなんとかなるもんですか?

柳沢 実は真のショートスリーパー、つまり睡眠時間が5〜6時間以下でも日常生活にまったく問題がない人は非常にまれです。世の中でショートスリーパーを自称している人の99%以上は、ただの寝不足と考えていいでしょう。

ひろ あはは(笑)。本人が気づいていないだけで、睡眠不足によってパフォーマンスが下がっていたりするんでしょうね。ナポレオンは「睡眠時間が短かった偉人」としてよく引き合いに出されますけど、実際はどうなんですか?

柳沢 実は、ナポレオンは真性ショートスリーパーではなかった可能性が高いんです。さまざまな資料を調べると頻繁に居眠りをしていたという記録が残っています。おそらくショートスリーパーではなく、こまめに睡眠を補っていた「なんちゃってショートスリーパー」だったのではないでしょうか。

ひろ よく居眠りしてたんだ(笑)。

柳沢 ただ、真のショートスリーパーと呼ばれる人たちは確かに存在します。私の友人の遺伝学者が、これまでにショートスリーパー遺伝子をいくつか見つけています。その遺伝子を持つ人は一晩に4、5時間しか眠らなくてもまったく平気で、日中も眠気や疲れを感じることなく100%のパフォーマンスを発揮できる。

ひろ へえー。確率的には数万人にひとりくらいですか?

柳沢 推定ではそのくらいの頻度だそうです。しかも、驚くことに健康面も良好で、精神的にも回復力が高いという報告があります。

ひろ でも、不思議なのはなぜ人間はショートスリーパーに進化しなかったのかなんです。寝ているときって無防備ですし、文明ができる前の時代が長かったことを考えると、睡眠時間が短いほうが天敵に襲われるリスクが減るじゃないですか。生存に有利なイメージがあります。

柳沢 私も気になってその友人に「なんでそういう人たちが進化の過程で増えなかったの?」と尋ねたんですよ。ひろゆきさんがおっしゃるように、短時間睡眠で済むなら天敵から襲われにくくて有利だと思うじゃないですか。ところが「そんな連中は先に食われただろう」と(笑)。

ひろ なるほど(笑)。夜中にひとりだけ起きて動き回った結果、捕食者に真っ先に見つかってしまうってことですね。

柳沢 夜中に起きていても捕食者に襲われない現代社会においては、ショートスリーパーはすごく有利に思えますよね。でも、古代においては、彼らこそ最初に襲われていただろうと。

ひろ 集団と同じ行動をするほうが安全という理由ですよね。睡眠でいえば、僕はフランスで暮らすようになってから睡眠時間が増えたんです。

柳沢 やはりそうですか。私はよく講演などで「日本人は昼間、眠そうにしていても当たり前だと思っている」と話しているんです。寝る間を惜しんで働いていたり、学校でも中高生の頃から授業中に居眠りしている子は珍しくない。でも、ヨーロッパだと「昼間眠そうにしている=体調不良なんじゃないか?」という認識なので、「それだけしんどいなら帰って休んだら?」となるんですよ。

ひろ 確かに、フランスの電車でも寝ている人はまず見かけません。

柳沢 「ヨーロッパの公共交通は安全じゃないから寝ない」という人もいますが、それだけではないように思います。先日、ヨーロッパで新幹線に乗ったんです。1等車ですから安全面に問題はないのに誰も寝ていないんですよ。日本は「寝不足は当たり前」という感覚が根づいてしまっているのかもしれません。

ひろ 日本人って、睡眠を軽視しがちですよね。

柳沢 そうなんです。でも、睡眠不足でいいことは何もありません。免疫力も思考力も落ちる。マウスを無理やり起こし続ける実験をすると4、5日で死んでしまうんです。中世ヨーロッパでは、眠らせないで処刑する「断眠刑」という死刑方法もあったくらいです。

ひろ 寝ないと死んでしまう原因って具体的になんですか? 

柳沢 いろいろな生体機能が同時並行で崩れていくので、どれが原因なのかは特定できないんです。免疫機能が落ちることで感染症を起こすかもしれないし、脳機能の低下で臓器の制御がおかしくなる可能性もある。最近の論文では、マウスが「サイトカインストーム」という全身性の激烈な炎症反応を起こして亡くなるケースが報告されています。

ひろ サイトカインストームってコロナの時期によく耳にした言葉ですよね。免疫細胞が過剰に活性化して、正常な細胞まで攻撃してしまうという。ってな感じで、睡眠不足は良くないし、寝ないと最悪死ぬといわれている割に、日本人は先進国の中でも睡眠時間が短い。その一方で、なぜか平均寿命は世界トップクラス。この状況は「睡眠不足でも意外と長生きできる」とは言えないんですか?

柳沢 睡眠不足が死亡リスクを高めるという疫学調査はたくさんあります。一方で日本人の平均寿命が長いのは、睡眠とは別の要因が関係していると思われます。例えば食生活は健康的ですし、アメリカみたいに極端な肥満の人が多いわけでもない。それから医療制度が整っていて病院に行きやすい。

ひろ 確かに、フランスは病院の予約がなかなか取れないです。

柳沢 アメリカは医療費が高額なので「よほどひどくならない限り病院に行かない」という人が多い。アメリカではインフルエンザで毎年何万人も亡くなるんです。それは高額な医療費を嫌って病院に行かず、悪化してしまう人が多いから。日本の場合は「ちょっと調子が悪いな」と思ったらすぐ医者に行けるので、結果的に重症化を防げるんです。さらに言えば、認知症の末期患者さんに対して胃ろうで延命するケースも少なくない。

ひろ 欧米ではそういう延命をあまりしないですからね。

柳沢 そうした理由で統計上の平均寿命は延びています。ただ、その一方で健康寿命は短い。男女合わせると平均寿命と健康寿命に10年ほどの差があります。

ひろ 人生の最後の10年は病気や介護が必要な状態で過ごしているってことですね。

柳沢 そうなんです。その期間を少しでも短くできないか、という視点で考えると、私は「睡眠不足の改善」がかなり重要だと思っています。日本は世界でもトップクラスに平均睡眠時間が短い国です。これを改善できれば、健康寿命がもっと延びる可能性があるんじゃないかと。

ひろ とにかく、日本人は「もっと寝ろ!」ということですね。睡眠なら誰でもできるし、大した努力も必要ない。そして、タダ。やらない理由はないですね。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA) 
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

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柳沢正史

柳沢正史

1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

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