
西村まさゆきにしむら・まさゆき
鳥取県出身、東京都在住。めずらしい乗り物に乗ったり、地図の気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしている。著書に『ぬる絵地図』(エムディエヌコーポレーション)、『押す図鑑 ボタン』(小学館)、『ふしぎな県境』(中公新書)、『そうだったのか!国の名前由来ずかん』(ほるぷ出版)など。
(左から)上田ピーター氏、春とヒコーキ・ぐんぴぃ氏(バキバキ童貞)、谷口つばさ氏
YouTubeチャンネル登録者180万人を突破し、もはや一種の社会現象ともなっている「バキバキ童貞」。バキ童本人ことぐんぴぃ氏と、事の発端となった上田ピーター氏。ふたりの物語を軸に、この現象を解析する本が登場! ライターを務めた谷口つばさ氏も迎えて、3人に執筆のウラ話を聞いた!
たまたま応じた街頭インタビューで、自身について「バキバキ童貞です!」と朗らかに答える様子が大バズリしてしまったお笑い芸人「春とヒコーキ」のぐんぴぃ氏。そして、そのインタビューの原因となった日本の童貞・処女率に関する論本を発表したスウェーデンの医師・上田ピーター博士。
現在では良き友人となったふたりの物語をまとめた書籍『博士の愛したDT』(KADOKAWA)が発売! 監修のぐんぴぃ氏、上田ピーター氏、そして執筆を担当した谷口つばさ氏に話を聞いた。
――この本は、ぐんぴぃさんのピーターさんとの友情や、若手時代の話、YouTube『バキ童チャンネル』の裏側などについて、第三者である谷口さんが書くという、ちょっと変わった本ですね。
ぐんぴぃ 自分で自分のことを書くと恥ずかしいというか、難しくなりすぎちゃうというか......誰かに書いてもらったほうがいいなと思って。でも、数年前にこの本の企画が出たときも、編集者からはライターを立てると言われてたんです。「ま、芸能人みんなやってますわ!」みたいな。
谷口 そんな言い方はしてないでしょ(笑)。
ぐんぴぃ で、最初のライターの方に書いてもらったんですが、それが「やあ、みんな! ボクはバキバキ童貞!」みたいな文体で......。
――ディレクションがあまりうまくいってなかったと。
ぐんぴぃ はい。それで、申し訳ないんですが、ちゃぶ台返しさせてもらって、自分で書くことにしたんです。
でも、そう言った手前、いいものを書かなきゃいけない。とはいえ、ピーターとの友情とかをそのまま書くのも恥ずかしく......もう自然消滅させようと思ってました。ちょうどKADOKAWAにもいろいろあって、潰れるかもって(笑)。
――そんなことないですよ!
ぐんぴぃ ニコニコ動画も復活しましたしね。で、誰に書いてもらうのがベストかと考えたときに、谷口つばささんしかいないなと。彼は芸人の同期で、昔から文章が抜群にうまいんです。僕を昔から知ってるし、細かいニュアンスも伝わるだろうと。
――執筆はどんなふうに進めたんですか?
谷口 ぐんぴぃには何回かインタビューをしましたね。
ぐんぴぃ もともと谷口さんとは喫茶店のモーニングに一緒に行く活動をしてたんです。というのも、芸人って飲み会でゴシップの話しかしないんですよね。オンラインカジノとか。
僕も谷口さんも本が好きで、好きな作品の話をするために、夜の居酒屋じゃなくて朝の喫茶店に行こうと。そこで3~4時間くらい本や映画について話すんです。
谷口 その中でインタビューもしてた感じですね。
――スウェーデン在住のピーターさんとはオンラインで取材したんでしょうか?
谷口 オンライン取材1回で、全部聞きました。なので、実はピーターさんと直接会うのは今日が初めて。そもそも、3人そろうのも初ですね。
――そうして谷口さんが執筆した原稿を、ぐんぴぃさんとピーターさんが監修したと。
ぐんぴぃ はい。iPadを買って、ずーっと修正赤字を入れてました。仕事をしながらだったので、3徹したこともあります。
谷口 その大量の赤字を延々と打ち返してましたね。
――ピーターさんも鬼のように修正赤字を?
ピーター 私は谷口さんのことはよく知らないので、あんまり強く言えないじゃないですか。だから、ぐんぴぃさん経由で修正をお願いすることもありました(笑)。
谷口 すいません、気を使っていただいて!
――読んでいると、主語が意図的に抜けていたりして、ぐんぴぃさんの話なのか、ピーターさんなのか谷口さんなのかわからなくなるような箇所もあって印象的でした。
ぐんぴぃ 主語が明瞭なのが良い文章とするならば、良い悪文というか。ぐちゃぐちゃでも、整理せずにそのまま出すべきだと思ったんです。結果的に、僕らや谷口さんの気持ちが生々しく伝わってくる文章になったと思います。僕はすごくいいと思ってます。
谷口 最初は「自分の話と比べて、他人の話を書くのって難しいな」と思っていました。でも、ぐんぴぃからは「好きに書いていい」、編集さんからは「谷口さんなりの目線を入れていい」と言われて、自分の目線で見たふたりの話だったら、それはもう自分の話でもあるので、だんだん書けるようになった気はします。
童貞の研究のため、21年当時ぐんぴぃ氏が芸人仲間と暮らしていた「キモシェアハウス」に滞在していたピーター博士。ぐんぴぃ氏の相方である土岡哲朗氏(写真中央)とも親交は厚い 写真提供/上田ピーター
滞在終盤にはすっかり環境になじんでいた様子がうかがえる 写真提供/上田ピーター
――最後の「眠れない夜はスケベなことを考えたほうがいい」のくだりとか、完全に谷口さん自身の話でしたね。
谷口 本当にそうですね(笑)。実はあそこ、土壇場で丸ごと書き直したんですよ。
ぐんぴぃ 最初は「ぐんぴぃとピーターはこのまま楽しく幸せになっていくんだろう」みたいな。
本のまとめとしてはいいんでしょうけど、もっとむきだしで書いてほしいってお願いしたんです。ピーターも言ってたよね?
ピーター はい。もっと「泥にまみれろよ」と。
一同 魚住(『SLAM DUNK』)だ!
谷口 個人的な話や自分の感情を書いたほうが面白いって、ピーターさんも言ってくれて。
ぐんぴぃ 修正をお願いしてから数時間後の深夜にすげーいい文章が返ってきて、「これこれ~!」ってなりました。でも谷口さんがキレてる感じも文章から伝わってきて。
谷口 確かにちょっと腹立ってたかもしれない(笑)。
――「バキバキ童貞」としてバズったときの話はいろんなところでされていますけども、それに対してぐんぴぃさん自身がどう対応したのかという、あまり知られていない話も細かく書かれていましたね。
ぐんぴぃ そこは一番修正してもらったところですね。勘違いされないように、ぎりぎりまで書き直してもらいました。これは、この本だけで読める話ですね。
――この本を作ったことで自身の考え方や価値観に何か変化はありましたか?
ぐんぴぃ 「はじめに」は、数年前に企画をもらってすぐに書いたんですけど、その頃は「バキ童」がいかに嫌で恥ずかしくてつらいかみたいな気持ちを書いてました。
今も100%良いとは思えないけど、ピーターとかいろんな人に出会えて、良かったこともあると言えるようになってきたかなとは思いますね。
「ピーターはね、本当は孤独でおかしくなった僕がショットガンで自分の頭を吹き飛ばすところが見たいんですよ!」と冗談を飛ばすぐんぴぃ氏
そんな彼を見るピーター博士(右)の目には、温かな友愛の情がともっていた
ピーター 3年前にぐんぴぃさんたちのお笑いライブにゲスト参加したとき、ちょっと笑いを取れたんです。そのときのドーパミンの分泌量が半端なくて、ものすごい快感でした。
よくよく考えてみれば、僕はお笑いに関しては童貞だったわけなんです。ぐんぴぃさんと出会ってなければ、きっとこんな経験はしなかった。そう考えると、みんな何がしかの分野においては童貞・処女じゃないですか。
――「人には人の童貞・処女がある」と。
ピーター はい。世の中にはいろいろな楽しみがあって、その中のひとつに恋愛があるに過ぎない。すべての人間がすべてのタイプの喜びを経験することはできないし、それで別にいいのかもしれません。ぐんぴぃさんと出会って、研究を進めるうちに、そう思えるようになりました。
――最後に、どんな人にこの本を読んでほしいですか?
谷口 ぐんぴぃを「ネットミームの人」だと思っている人にぜひ読んでほしいですね。
ぐんぴぃ ピーターが言ったような恋愛至上主義じゃない人ですかね。むしろ恋愛至上主義者が読んだらどう思うんだろ? 言い訳ばっかしてらって思うのかな。まあ、そこも含めて読んでもらいたいです。あと10代女子とか。
谷口 高校生が朝読書でこれ読んでたらすごいよ......。
●上田ピーター
カロリンスカ研究所准教授、東京大学大学院客員研究員。1985年生まれ。2019年、日本の異性間性交渉未経験者についての論文が世界的な注目を浴び、ネットミーム「バキバキ童貞」誕生のきっかけとなる。以降、来日を重ねながら「童貞」「草食化」「恋愛格差」などを研究中。24年、初の著書『Man går sin egen väg :Riktningar i sexlöshetens dimma(我が道を征くーー霧の中の非モテ男性たち、未邦訳)』を刊行
●春とヒコーキ・ぐんぴぃ(バキバキ童貞)
お笑い芸人。タイタン所属。1990年生まれ。青山学院大学の落語研究会で出会った土岡哲朗と2017年に「春とヒコーキ」を結成。19年に『ABEMA ヒルズ』の街頭インタビューを受け、「バキバキ童貞」として認知されることに。20年から始めたYouTube『バキ童チャンネル』の登録者数は180万人超。俳優としても活動しており、日本テレビのドラマ『大病院占拠』(23年)、『新空港占拠』(24年)では櫻井翔と共演を果たす。初の映画主演作『怪獣ヤロウ!』が現在順次公開中
●谷口つばさ
お笑い芸人。1993年生まれ、福井県越前市出身。東京学芸大学教育学部卒業。同大学のお笑いサークルGOCを経て、2017年にフリーのピン芸人「レッドブルつばさ」として活動開始。2023年1月に「赤ノ宮翼」、同年3月に「谷口つばさ」に改名。さとなかほがらか、徳原旅行とのユニット「ほがらかつばさ旅行」としても活動中
■『博士の愛したDT』
谷口つばさ 著/ぐんぴぃ(バキ童)、上田ピーター 監修
KADOKAWA 1760円(税込)
「バキバキ童貞」ことぐんぴぃ。そしてバキ童が生まれる原因となった論文を発表した上田ピーター博士。因縁浅からぬ彼らは、今や友人同士。ふたりの不可思議な友情と、「バキ童」という現象に迫るファン待望の一冊
鳥取県出身、東京都在住。めずらしい乗り物に乗ったり、地図の気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしている。著書に『ぬる絵地図』(エムディエヌコーポレーション)、『押す図鑑 ボタン』(小学館)、『ふしぎな県境』(中公新書)、『そうだったのか!国の名前由来ずかん』(ほるぷ出版)など。