『左ききのエレン』で知られるマンガ家のかっぴー氏が原作を手掛けた新連載『大人大戦』(作画・都築真佐秋)が、4月5日から「少年ジャンプ+」で配信スタートした。

「立派な大人になること」を目標とする高校生・浦島優太郎は、交通事故に遭い、昏睡状態に陥ってしまう。それから15年。長い眠りから目覚めた彼が直面したのは、すべての人の行動が共有され、だからこそ誰もが好評価を得るために行動する驚愕の監視社会だった。

この社会では「大人」は年齢ではなく資格制となり、他人の評価を積み重ねた者が認定される。しかし、〝正しさ〟の基準が自分の倫理観ではなく、他者評価で決まる現実に違和感を覚えた浦島は、やがて「真に立派な大人」の姿を模索するために行動を起こしていく――という物語だ。

現代のSNS社会を批評すると同時に、「大人とは何か?」と読者に問いかけてくる同作。創作の背景にある思いについて、かっぴー氏に直撃したインタビューの後編をお届けする。

(前編⇒「なぜネットはつまらなくなってしまったのか? 『左ききのエレン』かっぴーが新作の制作で見つめ直した現代のSNS社会」)

「少年ジャンプ+」で絶賛連載中の『大人大戦』 「少年ジャンプ+」で絶賛連載中の『大人大戦』

■「人は年齢を重ねるから大人になるわけじゃない」

――『大人大戦』では監視社会の是非を問う一方、タイトルにあるように「大人」がテーマのひとつになっています。本作の「大人」は成人を指すのではなく、好評価を積み重ねた人に与えられる資格となっていますね。

かっぴー もちろん、私たちの社会には法律的には成人という基準があるけど、それとは別に、「大人とはこういうものだよね」という感覚が共有されていたと思うんです。でも、最近はそうした感覚が急速に薄れているような気がして、あらためて「本当の意味で大人とはなんだろう?」と問いかける設定にしてみました。

――そういうテーマにしたのは、今年で40歳というご自身の年齢も関係していますか?

かっぴー そうですね。僕自身は子どもが生まれたことで、「大人にしてもらった」という実感があるんです。

『大人大戦』の冒頭に、主人公の浦島がおじさんの路上喫煙を注意して逆ギレされる場面がありますが、あれは僕の実体験です。実際に高校生のときに、同じように注意をして、「ガキが大人に意見するな」と逆ギレされました。

それでイラッとしたと同時に、「人は年齢を重ねるから大人になるわけじゃないんだ」と知って、ゾッとしたんです。

この人も大人になるきっかけがいくつもあったはずなのに、その機会を逃してきたから、こんなガキみたいな人になってしまったんだと思って。「じゃあ、オレも〝大人になるきっかけ〟を逃したらヤバいじゃん」と痛感した、かなりの恐怖体験だったんです。

ただ、自分自身も就職や結婚くらいでは大人になれなかった。でも、子どもが生まれ、強制的に自分中心の生活ではなくなってしまったことで、やっと本当に変わることができたと感じています。

かっぴー氏の実体験だという冒頭のタバコを注意するシーン かっぴー氏の実体験だという冒頭のタバコを注意するシーン

――ご自身の中で何が変わったのでしょう?

かっぴー 一旦は自分を横に置いて人生を考えるようになったことでしょうね。それが大きかったかな。

――それで言うと、『左ききのエレン』の登場人物たちって、特に初期から中期までは基本的に「自分がどうなりたいか」をめぐって苦悩していましたよね。

かっぴー そうですね。当時はそれが自分にとって一番の関心事だったので。

――「仕事を通じた自己実現」が大きなテーマでしたが、そこに対する感覚も今は変わった?

かっぴー 変わったというか、子どもが生まれたことで「家族」について考えるようになりました。それに去年、父親が亡くなったんですよ。幸い、家族で最期を看取ることができたんですけど、哀しかった一方、「これ以上の最期はないな」とも感じて。

葬式では、その人が仕事で何をなしたかって、家族は誰も話さない。それよりも「こういう変なとこあったよね」とか「こういうところが優しかったよね」とか、そういうエピソードがメインじゃないですか。

仕事にも意味はあるし、僕も仕事を最優先にしてきましたけど、父親が亡くなったときに、「それは人生の一番ではないよな」と本当に思いました。「面白いマンガを描きたい」というモチベーションは変わらないですけど、家族の優先順位が確実に上がりましたね。

■仕事に命を賭けるなんて簡単

――仕事をセーブして家庭を優先しようとか?

かっぴー いや、僕はスーパーハードモードで行くと決めました。家族を置き去りにして創作をするわけでもなく、創作を抑えて家族を優先するわけでもなく、どっちもやってみせる。

誤解を恐れずに言えば、マンガだけに人生を捧げたら、そりゃあ面白いものが描ける可能性は高まりますよね。でも、もう自分はやらない。死ぬときに編集者しか来てくれなかったらイヤじゃないですか(笑)。

だから、子どもを保育園や習い事に連れて行き、ご飯も一緒に食べて、一緒に布団に入るということをやりながら、面白いマンガを描き続けるためには、どうしたらいいだろうかと考えていて。これは根性では絶対に無理なんです。

仕組みとか技術が必要で、この異次元の目標を達成するためには、どうしたらいいだろうかということを模索している段階ですね。

――それはめちゃくちゃ大変そうですね。

かっぴー でも、気持ちは楽ですよ。それに今すぐじゃなくて、「人生の目標」という感じですから。家族と仕事の比重は人生の中でムラがあると思うんですけど、最終的に「両方を100・100でやれたな」と思えたらいいなっていうことなので。

――それは人生のプランニングですよね。マンガ家として成功しても不幸にならないためにどうするか、という視点。

かっぴー そう、不幸にならないように。それはやっぱり家族だと思うんです。

――以前、創作について「頭の中でキャラクターが常に会話している」とおっしゃっていましたが、それで言えば、『左ききのエレン』の人物たちは、今のかっぴーさんに何と言うでしょうか?

かっぴー 実際、この考えがちょうど芽生え始めた時に、原作版の『左ききのエレン』(現在もウェブで連載中)で描いたセリフがあるんですよ。「家族を捨てるなんて簡単だよ」「命を賭けるなんて簡単だよ」という言葉です(『左ききのエレン HYPE』77話)。あの頃から、本当にそう思うようになったんですよ。

■「いい人間になりたい」

――かっぴーさん自身の考え方の変化は、その都度、『左ききのエレン』に反映されているんですね。

かっぴー だから、必然的に物語の流れは変わっていますよね。

――じゃあ、ゴールにも変化が?

かっぴー いや、最終回は決まっています。全体の構想としては「2040年の葬式」で終わると決まっているんですけど、そこにたどり着くまでの道筋は変わるかもしれないということですね。

本当に自分は『左ききのエレン』を描きながら成長してきたという実感があります。自分自身の人生の気づきをそのままマンガにしてきたキャリアだったんです。

『大人大戦』もそのひとつで、結婚して子どもが生まれたことで、「ちゃんと大人になりたい」と思うようになったし、それをマンガのテーマにしたいと思いました。

以前は「いいクリエイターになりたい」ばかりだったのが、「いい人間になりたい」という思いが強くなったんですよ。だから、「少年ジャンプ+ 」でリメイク版『左ききのエレン 』の連載が終わった瞬間に、『大人大戦』の草案を出しました。

――それだけ「次に描きたいこと」が明確だった。

かっぴー 僕は自分が興味あることしか描けないので。

――ところで、かっぴーさんにとって「大人」とは、どういう人物なんでしょうか?

かっぴー いやあ、それがはっきりしていないからマンガにしたのかもしれません。ロールモデルがいるとしても、有名人ではなくて、自分の身近な人ですよね。

変な言い方ですけど、SNSでは立派な大人なんて見つけられないですよ。すごく立派な振る舞いをしているとしても、それをSNSで自慢したら違うじゃないですか。

だから、もしも今の若者がネットばかりを見て、あこがれたり、参考にしたりしているのなら、理想像が歪んでしまう気がして。

――実際、『大人大戦』の主人公が「大人」の目標にしているのは自分の父親であって、会ったこともない有名人ではないですね。

かっぴー そうですね。彼はSNS以前の人間だから、他人の評価を気にせず、あくまで自分自身の判断によって「理想の大人」を見いだしています。それがどこまで共感を呼ぶのか。これからを楽しみにしてほしいですね。

『左ききのエレン』も毎回悩みながら描いていますけど、『大人大戦』も悩むだろうし、悩まなきゃいけない題材を選んだなと自分でも思います(笑)。

しかも、これはマンガですからね。そもそもシンプルに面白くないといけない。

――社会評論ではなく、エンタメ作品ですものね。

かっぴー そこは自分が頑張るしかありません。悩みながら描き続けるので、ぜひ『左ききのエレン 』と併せて読んでほしいですね。

●かっぴー
1985年生まれ 神奈川県出身
〇2015年にnoteで発表した「フェイスブックポリス」が大きな話題に。2016年には漫画家として独立。以降、「左ききのエレン」などのヒット作を生み出している。
公式X【@Ito2Nora】
公式Instagram【@kappy_japan】

■『大人大戦』は「少年ジャンプ+」で絶賛配信中!

小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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