渡辺信一郎

『カウボーイビバップ』や『サムライチャンプルー』などで知られる、渡辺信一郎監督の新作テレビアニメ『LAZARUS ラザロ』が、4月6日からテレ東系にて放送開始された。

あらゆる痛みを消し去る奇跡の薬として世界に広まるも、その真相は人を死に至らしめる薬だった「ハプナ」。開発者スキナーの仕掛けた30日間というタイムリミットが迫る中、この世界のどこかに隠されたワクチンを探すため集められたエージェントチーム「ラザロ」のメンバーの活躍が描かれる。

日本のテレビだけでなく、世界でも放送される同作。未来社会を舞台に展開される緊迫のアクション大作は、いかにして生まれたのか。渡辺信一郎監督のインタビューをお届けする。

■監督以上に周囲が『ビバップ』を意識

――SFアクションということは、企画段階から決まっていた?

渡辺 そうですね。実は前から『ミッション・インポッシブル』とか『007』みたいな感じの作品を、自分でもやりたいなというのはあったんです。いろんな技能を持った集団が、あるミッションのために協力して目的を成し遂げる、そんな映画っていいなと思ってて。

それで『いつでも準備は出来てるぜ』と思ってたけど、『ミッション』からも『007』からも全然オファーが来ないので(笑)、仕方なく自分でやることにしました(笑)。

――ならず者のチームが未来を舞台に活躍するという設定に、かなり『ビバップ』っぽさを感じたのですが、カートゥーンネットワーク側としても、あの名作のテイストをもう一度という狙いがあったのでしょうか?

渡辺 どうかなぁ? そもそも、そんなに『ビバップ』っぽいですか?

物語の中心人物となるキャラクター・アクセル 物語の中心人物となるキャラクター・アクセル

――無鉄砲な黒髪の男性が中心にいたり、天才ハッカーや謎めいた美女もチームにいたり、キャラクター造形だけでも似ているな、とは感じました。

渡辺 うーん、なんか世間でも同じようなことを言われているらしく、「それで宣伝になるならいいか」と放置してましたけど、「本当は全然違うのになぁ」とは思っています。

まあひとつ言えるのは、最初の企画段階、特にキャラクター作りの時に、脚本の信本敬子が久々に参加してたんです。自分と信本、二人で作ると、ごく自然に『ビバップ』ぽい匂いが出てきてしまうかもです。それは避けられない事なんで、あんまり突っ込まないでください(笑)。

――じゃあ、ご本人としては『ビバップ』を意識したわけではない?

渡辺 例えばグラフィックデザインで言うなら、色をシンプルなモノトーンにしたり、人物をシルエットにしたりっていうのは昔の映画のタイトルバック職人、ソール・バスとかがやってたスタイルで、そういうのはずっと好きなんです。それで久々にやってみたりしたけど、『ビバップ』に寄せようと思った訳じゃないんです。

個性豊かなキャラクターたちがスタイリッシュにデザインされた『LAZARUS ラザロ』のメインビジュアル 個性豊かなキャラクターたちがスタイリッシュにデザインされた『LAZARUS ラザロ』のメインビジュアル

――『ラザロ』はオープニングの雰囲気からも『ビバップ』を感じました。今作のメインテーマ曲を担当したカマシ・ワシントンのブラスは、菅野よう子さんの「Tank!」(『ビバップ』のテーマ曲)と近いものがあって。

渡辺 それはカマシがね、『ビバップ』のことが大好きなんで、もしかして彼の方は意識したのかもしれない。自分はそんな発注はしてませんが(笑)。

――なるほど。監督ではなく、作品に関わる人たちが『ビバップ』を好きすぎるあまり、似たテイストを持ち込んでいったわけですね。

渡辺 なんかそういう、似てるとこ探しみたいなのはやめて、素直に楽しんで欲しいと思うんですが(笑)。似た部分はあっても、『ラザロ』は『ラザロ』ですから。

■『ジョン・ウィック』のチームがアクション監修

――本作はアクションも見どころの一つですが、なんとアクション監修を『ジョン・ウィック』シリーズの監督であるチャド・スタエルスキが務めています。

渡辺 そこはぜひ強調して書いてください。普通ありえない話ですからね。しかも、チャドさんは当時、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』の撮影中だったんですよ。その忙しい合間を縫って手伝ってくれました。

――これもどういう経緯で?

渡辺 ジョン・ウイックのチームは、実写の世界でも今いちばん面白いアクションをやってるし、まさにアクション命、って感じだし、ひそかにシンパシーを感じてたんです。それでダメ元というか、当たって砕けろ位のドン・キホーテ精神で思い切ってオファーしてみたんです。

すると意外にも、チャドさんは自分の『カウボーイビバップ』や『サムライチャンプルー』を観ていて、『たくさんのインスピレーションをもらったから、そのお返しをするよ』と言ってくれた。本当にナイス・ガイですよ彼は(笑)。

――制作中はどういった関わり方だったのでしょう?

渡辺 まず彼らは、簡単な説明しかしてないのにいきなりアクションのムービーを送りつけてきて(笑)。スタントマンが実際にアクションとか格闘している場面を撮影・編集したもので、タイトルバックまで勝手に作ったり、勝手な音楽をつけたり(笑)。

「こういうアクションはどうだ?」という提案ですね。こちらは脚本がまだあがってなくて、ストーリーの説明はしてなかったんですけど(笑)。もしかしたら、ああいうアクション先行で、それをあとからストーリーに組み込む、みたいな事を普段からやってるのかもですね。

で、途中から脚本も追いついたんで、ストーリーに合わせて、例えば4話では終盤のクラブでのアクションシーンを、丸ごとデザインしてくれました。

――たしかに4話のクラブでの銃撃戦は、すごく『ジョン・ウィック』っぽさがありました。

渡辺 それくらい積極的に関わってくれた。名前だけ貸しているみたいなことではないんです。

■物語の発想元はアメリカの社会問題

――ストーリーについても伺います。本作は「ハプナ」が〝あらゆる痛みを消す特効薬〟として世界に広まり、それが実は破滅をもたらすという設定です。企画段階からこういう話だったんでしょうか?

渡辺 基本設定はそうですけど、中身はだいぶ違いました。最初は、すでに人類が半分くらい死んでるとこから始めようと思ったり。あと5人のキャラクターがまだ固まってない段階で、全員が悪人で、ひどい奴ばっかりにしようとかいうアイデアもあったかな。

特効薬はすぐ手に入るんだけど、裏切って持ち逃げするヤツとかいて、取り合いをしてる間に人類が滅ぶとか(笑)。あと、主役と思った人物が3話ぐらいですぐ死んじゃって、じゃあこいつが主役なのか、と思ったらそいつらも次々死んじゃって、この後どうするんだよ?って展開も考えたりしました(笑)。

意外性はあるんだけど、意外ならいいってもんじゃないというか(笑)、これじゃ人気出ないよ、って事でなくなりましたけど。

――音楽好きという話も出ましたが、渡辺監督作品といえば、音楽のこだわりについても語らないわけにはいきません。今作でもカマシ・ワシントンのほか、ボノボやフローティング・ポインツといった海外の有名ミュージシャンが参加しています。

渡辺 彼らは皆、それぞれが現代の音楽シーンの最先端にいる人たちです。この作品を通じて、普段は洋楽を聴かないような人にも彼らのことを知ってほしいし、絶対にすごいミュージシャンだと感じられるはずです。ジャズとかエレクトロニカとか、そういう音楽を聞くきっかけになるのもいいな、と思ってます。

逆に音楽は好きだけど、普段アニメは観ないという人も、「カマシ・ワシントンやボノボ、フローティング・ポインツが音楽をやっているなら」と興味を持ってくれたらうれしいですね。そういう人でも普通に楽しめるように作ってるし、映画として見られるようにしてるつもりです。

■坂本龍一との知られざる交流

――ところで、渡辺監督と音楽といえば、7年前にインタビューさせていただいたときに、「いつかYMOに音楽をお願いしたい」と話していたことが印象に残っていて。

渡辺 ああ、覚えています。実はあの記事を読んだShing02(シンゴツー)さんが、坂本龍一さんをつないでくれて、しばらくメールで交流させていただいたんです。YMOチルドレンの自分としては感無量でした。

――そうだったんですね!

渡辺 自分の『残響のテロル』って作品をすごく気に入ってくれて、次はぜひ一緒にやりましょう、という話までしていたんですけど、残念ながら実現する前に亡くなられてしまって。メールでの交流のみで、お会いするという夢は叶わなかったですが、あの時取材で言っておいて良かったなと。

――それは取材する側としてうれしい言葉です。ありがとうございます。

渡辺 やっぱり、週プレくらいの媒体になると、けっこう読まれているんだなと実感しました。

――最後に、取材の段階では4話までを観せていただいたのですが、ほとんど謎は解明されていません。全13話ということなので、このペースだと今後はかなりドラマチックな展開に?

渡辺 そうですね。まあ自分としては、何の収穫もなく終わるような、オフビートなエピソードも好きなんですけど(笑)、そんな事ばっかしてたら世界が終わっちゃうんで、これからエンジンがぐっとかかります。特に後半、9話以降は怒涛の展開が待っているんで、ぜひ楽しみにしてください。

●渡辺信一郎(わたなべ・しんいちろう) 
1965年生まれ、京都府出身。アニメ監督、音楽プロデューサー。
〇94年の『マクロスプラス』で監督デビュー(共同監督)。98年の『カウボーイビバップ』により国内外で高い評価を得る。監督作としてほかに『サムライチャンプルー』『坂道のアポロン』『スペース☆ダンディ』『残響のテロル』『ブレードランナー ブラックアウト2022』など。近年は音楽プロデューサーとしてアニメ音楽のプロデュースも手がける。

■アニメ『LAZARUS ラザロ』はテレ東系にて毎週日曜日の夜11時45分から放送中!(全13話)

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小山田裕哉

小山田裕哉おやまだ・ゆうや

1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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