
「理想としては、睡眠の3〜4時間前までに食事を済ませておくのがいいんです」と語る柳沢正史先生
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての6回目です。最近は「睡眠の質が向上する」というようなドリンクがはやっていますが、実際に「これを取ると睡眠の質が良くなる」というものを睡眠学の権威、柳沢先生に聞いてみました。すると......。
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ひろゆき(以下、ひろ) 前号は入眠法がテーマでした。結局、「これをやれば絶対にスムーズに寝つける」という方法はなくて、人それぞれだと。では、「これをやると睡眠の質が上がる」みたいなのってありますか?
柳沢正史(以下、柳沢) 寝室の温度や湿度を快適な状態にすることですね。寝具をかけた状態で、自分にとって快適な温度にしてください。私の場合は、冬は21℃、夏は25℃以下を維持しています。
日本人は寝ているときにエアコンを消す人もいますが、それだと睡眠の質を犠牲にしてしまいます。湿度も40〜60%を維持したい。電気代は次の日の自分の体への投資だと思ったほうがいいですね。あとは静かにすること。入眠時には音楽を聴いてリラックスするのもいいのですが、タイマーで切れるようにしておきたいです。でも、それ以外に「これをすれば劇的に睡眠の質が上がる」という特効薬のようなものは、残念ながらあまりないのが現状です。
ひろ じゃあ、食べ物や飲み物で「これを取ると睡眠の質が良くなる」みたいなものはあります?
柳沢 正直、口から摂取するもので誰にでも有効と断言できるものは、ほとんどありません。
ひろ 例えば、空腹と満腹は睡眠にどう影響しますか?
柳沢 空腹がひどいとやはり眠れないですね。理由は血糖値が下がりすぎると、体がエネルギー不足を感じて覚醒を促す「オレキシン」を高めてしまうからです。オレキシンの働きが活発になると、脳が「今は眠っている場合ではない。食料を探すべきときだ」と判断してしまう。これは飢えに瀕した動物が生き残るための、非常に原始的で自然な反応です。
ひろ でも、極度の空腹って普通の生活を送る日本人にはあまりないレベルですよね?
柳沢 そうですね。そこまでいかなくても、「ちょっと腹減ったなぁ」という程度でも、人によっては寝つけない場合があります。理想としては睡眠の3〜4時間前くらいまでに食事を済ませておくのがいいんです。
ひろ 最近は「睡眠の質を改善する」みたいな機能性表示ドリンクがはやってますよね。ああいうのは実際どうなんでしょう?
柳沢 その界隈では乳酸菌系のドリンクが有名ですが、あれはきちんとした試験をしています。国立大学との共同研究で、ストレスの高い時期(医学部の学生が重要な学科試験を控えている時期)に飲ませて、そっくりの味の偽薬(プラセボ)と比較したダブルブラインド試験をやっているんです。
ひろ そうなんですね。
柳沢 医学部の200人くらいの学生を被験者にしたら、主観的なストレスレベルが下がって、脳波などで計測した睡眠の質も良くなったという結果が得られたんです。
ひろ じゃあ、きちんとした効果があるということですね。
柳沢 ただ「なぜ、そのドリンクを飲めばストレスが下がったり、睡眠の質が上がったりするのか?」というメカニズムがはっきりしないみたいです。乳酸菌の働きが理由だといわれていますが「腸内細菌が整うから」という説明だけでは十分ではありません。
ひろ 腸内環境に働きかけるだけでは、ストレスの軽減や睡眠の質の向上につながる理由にはならない部分があると。
柳沢 そうなんです。その研究者も「胃や十二指腸などの上部消化管にある各種ケミカルセンサーに菌そのもの、あるいは菌が産生する何かが作用しているのではないか」と推測しているだけで、詳しくはわからないと言っていました。消化管には味覚受容体や嗅覚受容体など、いろいろなセンサーがあるんですよ。
ひろ 消化器でも味覚って感じているんですか?
柳沢 感知した化学情報に応じて、自律神経系などを介して体のさまざまな機能を調節している可能性が考えられています。ただ、その詳細な仕組みはまだ研究途上で、よくわかっていません。
ひろ なるほど。最近はやっている機能性表示ドリンクってそんな感じなんですね。
柳沢 機能性表示食品の場合、「どこかでなんらかの形で効果が示された論文が一報でもあればOK」ということになっているんです。でも、一報の論文だけでは学術的にはその効果が確実にあるとは言えません。科学の世界ではほかの研究者による追試、つまり再現実験が行なわれ、同様の結果が得られて初めて、その知見の信頼性が高まります。しかし、睡眠の質を高めるという乳酸菌の機能性表示ドリンクは、現状ではその研究論文を信じるしかないという状況です。ですから、結局は「試してみる価値はあるかもしれない」というレベルの話になってしまうんです。
ひろ これが「医薬品」となると、効果はもっと厳密に証明されていますよね?
柳沢 医薬品の場合は、プラセボコントロールの二重盲検試験を行なって、「プラセボ効果を上回る差が統計的に有意であるか」を厳しくチェックします。
ひろ はいはい。
柳沢 ちなみにプラセボ自体にも効果はあるんですよ。例えば、私がただのビタミン剤を「これを飲めば絶対に眠れます」と言えば、けっこうな割合の人が「よく眠れた」と答えると思うんです。
ひろ 睡眠学の権威からそう言われたら信じちゃいますよ。
柳沢 プラセボ効果は決して嘘や気のせいだけではありません。実際に測定可能な効果を持つものなんです。最近では、プラセボ効果が脳内でどのような神経メカニズムによって引き起こされるのかを解明しようとする研究も進んでいて、非常に興味深い分野です。
ひろ 確かに医薬品の実験結果とかを見ていると、プラセボでも効果を感じている人がいたりしますよね。
柳沢 はい。ですから、プラセボをわずかに上回る程度でも有意差があれば認可される場合があるんです。特に抗うつ薬などはその典型例で、いわゆる「気の病」といわれるような、主観的な要素が大きい症状に対しては、プラセボ効果が非常に大きく表れることが知られています。
ひろ 海外の研究で「自分は健康で幸福だ」と感じている人ほど宗教を信じている割合が高いって話を聞いたことがあるんです。やっぱり信じるという行為が、結果的に心や体にいい影響を与えているのかもですね。運動でも「これをすると健康にいい」と言われて素直にやってしまう人は、本当に体の調子が良くなったりしますし。
柳沢 そのとおりです。ウェルビーイング(体や心の良い状態)を研究する人たちも「信じること」の影響に注目しています。
ひろ ということは、突き詰めると睡眠法に関しても「信じる者は救われる」的な側面があるということになるんでしょうか(笑)。
柳沢 まあ、あながち間違いではないかもしれませんね(笑)。もちろん、科学的根拠に基づいた正しい知識を持つことは大前提ですが、その上で自分に合う方法や「これは効く」と思えるやり方を実践することが、精神的にも安心を与えて、結果的にいい眠りにつながるかもしれません。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA)
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある
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