「『多くの哺乳類は潜在的に冬眠能力を持つのではないか』という仮説は成り立ちます」と語る柳沢正史先生 「『多くの哺乳類は潜在的に冬眠能力を持つのではないか』という仮説は成り立ちます」と語る柳沢正史先生

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての7回目です。SF映画などでは「ロケットに乗って人工冬眠して、遠くの惑星に行く」みたいなシーンがありますが、そんなことが未来にはできるのでしょうか? できるんだったら、ちょっと夢が広がりますよね。

***

ひろゆき(以下、ひろ 「人間も人工冬眠できるようになるかもしれない」と聞いたんですが、本当に実現しそうなんですか?

柳沢正史(以下、柳沢 ええ。絵空事ではないと思います。2020年に私どもの睡眠医科学研究機構の櫻井武教授と大学院生(当時、現筑波大学医学医療系助教)の髙橋徹さんたちの研究グループが論文を発表しました。私たちが研究でよく使うハツカネズミは本来、冬眠しない動物ですが、脳の特定の神経細胞を操作することで「人工冬眠様状態」、つまり人工冬眠のような状態に誘導できることを発見したんです。これが世界的な学術誌『Nature』に掲載され大きな話題を呼びました。

ひろ どういうメカニズムなんですか?

柳沢 脳の奥深くに視床下部という、生命維持に重要な領域があります。この視床下部のごく一部に存在する少数の神経細胞群を櫻井さんたちは発見し「Qニューロン」と名づけました。研究チームは、まずこのQニューロンを活性化しました。するとマウスが動かなくなったんです。そこで髙橋さんがすごいのは、「これはおかしい」と思ってマウスに触れてみたこと。すると、体は冷たい。でも死んではいない。呼吸もゆっくりだがしている。

ひろ マウスが動かないと、普通なら「死なせてしまったかな?」と思ってしまいそうですよね。

柳沢 そうです。マウスがショック状態か死にかけているだけではないかと。しかし、その状態から数日後にマウスは回復した。そして、いくつかの検証を経て、これが単なる低体温ではなく冬眠に似た状態であると結論づけたのです。

ひろ もともと冬眠しないハツカネズミが冬眠したということは、クマやリスのように特別な体の仕組みがなくても、哺乳類なら潜在的に冬眠できる能力を持ってる可能性があるということですか?

柳沢 さすが、鋭いですね。生物の進化を示す系統樹を見ると、哺乳類の中で冬眠する種は特定のグループに集中しているのではなく、さまざまな系統に点在しています。これは、哺乳類が恒温動物に進化した初期段階で、すでに冬眠できる素地のようなものが備わっており、必要に応じてその能力を使う種と使わない種に分かれた可能性を示唆しています。ですから、「多くの哺乳類は潜在的に冬眠能力を持つのではないか」という仮説が成り立つわけです。

ひろ でも、冬眠は一種の仮死状態というか、生命活動を極端に下げるわけですよね。通常なら体温がそこまで下がると脳や臓器にダメージがありそうですけど。

柳沢 そこが重要な点です。櫻井さんたちの論文では、マウスの体温が室温に近い20℃近くまで下がり、代謝率も通常の4分の1程度に落ちた状態が何日も続きました。普通、恒温動物は体温が20℃まで下がれば致命的です。細胞膜は脂質でできているため、バターのように低温では固まり、細胞自体が損傷し、組織壊死などを引き起こす危険があります。しかし、このQニューロンを使った方法で低体温状態にしたマウスは、数日後に常温に戻すと、観察する限りまったく異常なく健康な状態に回復したんです。

ひろ 「霜焼けしない手」みたいなものですね。

柳沢 この冬眠モードへの切り替えメカニズムは非常に興味深いのですが、さらに重要な点があります。論文を『Nature』に投稿した際、査読者から「もっと体の大きな動物でも同じことが起きるのか」という指摘がありました。そこで、マウスより体が10倍ほど大きいラットでも試したところ、ほぼ同様に冬眠様の状態を誘導できたのです。これで論文の説得力が格段に増しました。次の大きなステップとして、サルでの検証が進められています。

ひろ マウス、ラットから一気に霊長類ですか。かなり人間に近づきますね。

柳沢 ヒトに近い動物でどこまで安全に再現できるかが、人間への応用を考える上で最大の鍵になります。そして、ここで重要になるのが、先ほどお話ししたQニューロンです。この人工冬眠の鍵となる神経細胞群は、マウスやラットだけでなく、サル、そして私たち人間の脳にも、ほぼ同じ場所に存在することがわかっています。おそらく、ほとんどの哺乳類に共通して存在しているのでしょう。

ひろ そもそもですが、自然界で冬眠するサルはいるんですか?

柳沢 はい、少数ですが確認されています。例えば、マダガスカルに生息するフトオコビトキツネザルやベトナムのピグミースローロリスなどが知られています。

ひろ 霊長類にも冬眠する種がいるということは、人間が冬眠できる可能性も否定できないですね。

柳沢 さらに、体温を大幅に下げることで「老化のスピードも遅らせられるのではないか」という期待もあります。まだ研究途上ですが、例えばシマリスでは、冬眠する環境で飼育したほうが寿命が延びる可能性を示唆するデータもあります。

ひろ 素人考えですが、代謝が落ちて細胞分裂の回数が減れば、分裂のたびに短くなるとされる染色体の「テロメア」の消耗も抑えられて、結果的に長生きにつながるのでは?

柳沢 その可能性は考えられます。テロメアとの関連も含め、冬眠と老化の関係については、まだ仮説段階であり、科学的な証明は今後の課題です。

ひろ 将来的には「ちょっと来月まで冬眠するわ」なんて時代が来るかもしれませんね(笑)。

柳沢 ははは(笑)。長期間、安全に冬眠できるかは、倫理的な問題も含めてまだ未知数です。しかし、この人工冬眠技術が人間で安全に応用可能になれば、社会に革命的な変化をもたらす可能性が高い分野があります。それは救命救急医療です。

ひろ 救命救急医療ですか?

柳沢 はい。最も期待されるのは「時間稼ぎ」としての効果です。例えば脳梗塞や心筋梗塞は、血流が途絶えて組織への酸素供給が止まると、急速に細胞壊死が進みます。もし患者さんを一時的に低代謝の冬眠状態にできれば、組織のダメージを最小限に抑えることができる。救急医療における時間との闘いにおいて、人工冬眠は非常に強力な武器になりえます。

ひろ なるほど。手術室とか人工心肺とかが空くのを待つ間、患者さんの状態を安定させることができそうですね。これが実現したら、ノーベル賞級の大発見ですね?

柳沢 ヒトへの応用が安全に確立されれば、間違いなくノーベル賞級の成果と言えるでしょう。

ひろ もっと未来の話としては、「宇宙ロケットに長期乗っている間ずっと冬眠する」といったSFみたいな話も夢ではなくなるかもしれませんね。

柳沢 そうですね。もちろん、長期間の栄養補給や緊急時に覚醒させる方法など、解決すべき課題は山積みです。しかし、ほんの数年前まではSFの世界の話だと思われていた人工冬眠が、基礎研究レベルでは「実現の可能性が見えてきた」段階にまで進んだ。これ自体が、非常に大きな進歩だと思います。

***

■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA) 
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

★『ひろゆきの「この件について」』は毎週火曜日更新!★

柳沢正史

柳沢正史

1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある

柳沢正史の記事一覧