「これまでも面白いドラマはあったけれど、普段、ドラマを見ない人にまでは届いていなかった。そこへ登場したのが『虎に翼』でした」と語る西森路代さん
ドラマについて語り合うことが増えた。きっかけは2024年上半期のNHK連続テレビ小説『虎に翼』だろう。一般の視聴者から法曹関係者までが夢中になり、関連書は今もなお出版が続いている。

だが『虎に翼』の前から社会に異議申し立てをし、新しい生き方や人間関係を提示するドラマは存在していた。『あらがうドラマ』は、日本で作られてきた「あらがう」ドラマ23作品について紹介した一冊だ。

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――タイトルの「あらがう」という言葉が絶妙です。社会問題から日常生活を描いたものまで、イデオロギーに陥らないドラマの魅力を見事に表していますね。

西森路代(以下、西森) 最初は「日本にもフェミニズムを描いたドラマがたくさんある」ということを書こうと思っていました。でも好きなドラマについて書いていると、ほかの問題について描いている部分もあるし、フォーカスがブレる気がしてきたんです。思えば現代のやるせない状況を描いたドラマが多いと考えたときに「あらがう」という言葉を思いつきました。

「あらがう」とは、現状を打破しようとしている姿勢のことです。日本にも、社会問題やフェミニズム、困難を抱える人を描いた面白いドラマはたくさんあります。『虎に翼』を見てそういったドラマが見たくなった人に、「こんなドラマがある」と、知ってもらえたらと思って書きました。

――「組織と労働」「恋愛の現在地」「性加害」「たたみゆく暮らし」などの章タイトルからも、今の日本社会で大切なテーマをドラマが取り上げてきたのだとよくわかります。

西森 私は韓国ドラマについて書く仕事が多いのですが、少し前まで「日本のドラマはつまらない」という声を頻繁に聞いていました。確かに韓国ドラマは社会問題や歴史をテーマにした面白い作品が多いです。それに比べて日本のドラマは――となるわけですが、実は日本にも社会への違和感を反映させた作品はありました。ただ紹介の仕方が難しかったんですよね。

――本に収録されている『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香さんとの対談では、おふたりが考えるドラマの魅力が伝わってきます。

西森 これまでも面白いドラマはあったけれど、普段、ドラマを見ない人にまでは届いていなかった。そこへ登場したのが『虎に翼』でした。戦争、女性の生き方、ホモソーシャルな社会、フェミニズム、在日朝鮮人への差別――あらゆる問題が詰まったドラマがあることに、多くの人が驚いたんだと思います。

吉田さんは「前例がない企画は一般的に却下されることが多いので『虎に翼』がいろいろな前例になるようにした」と言っていらした。間口を広げるために意識的に書いていたんです。

対談では吉田さんが渡辺あやさん脚本のNHK連続テレビ小説『カーネーション』を見て「すごいと思った」という話も出てきました。『虎に翼』の前にもフェミニズムや女性の新しい生き方を描いた作品はあって、その流れの中で『虎に翼』も登場したんです。

――SNSでドラマの感想が盛り上がったり、専門家の考察を読めるようになって、楽しみ方が増えました。同時に、「そのテーマに関心はあるけれど、普段ドラマを見ない人」にも届くようになったと思います。でも以前から"あらがうドラマ"は作られていたんですね。

西森 例えば海野つなみさん原作、野木亜紀子さん脚本の『逃げるは恥だが役に立つ』はフェミニズムの文脈を意図的に取り上げていたと思います。女性にかけられている「呪い」をドラマが可視化してくれました。

渡辺あやさんの『エルピス ―希望、あるいは災い―』も毎週、楽しみにしていたドラマです。安倍晋三首相(当時)が東京オリンピック誘致の際に、「原発事故の影響はコントロールされている」と語った際の映像が批判的な文脈で流れたことも話題になりました。日本でもここまで社会的な作品が作られるようになったのか、と驚きました。

坂元裕二さん脚本の『問題のあるレストラン』では親友が受けた性被害に腹を立てた主人公が、加害した男性社員たちにバケツいっぱいの氷水を浴びせて、退職します。初めて見たとき「木曜22時のドラマで、性加害を許さない女性の姿が流れるのか!」と驚愕しました。それまでのドラマでは、セクハラされても軽くあしらう女性を人気俳優が演じていたからです。

――最近は『私の家政夫ナギサさん』など、従来の男女の役割分担を逆転させるなど、働き方やライフスタイルを考えさせるドラマが増えている印象です。

西森 始まったばかりの『対岸の家事』とかもそうですよね。

本を書いている間にも『東京サラダボウル』とか『日本一の最低男』など、気になるドラマがどんどん放映されて、入れられなかったのが残念です。

――ぜひ、続編を書いてください! あらためて、西森さんにとって「ドラマを見る喜び」って、なんでしょうか。

西森 何も考えずに物語の展開を楽しむのも、もちろん楽しいです。一方で『御上先生』のような作品なら、横軸に教育と政治の問題がありながら、毎回「生理の貧困」「報道のあり方」「教育問題」といった社会問題が縦軸、つまり面白いストーリーとして出てくるので、現実社会を考えるきっかけになります。

――海外でも注目される面白い作品が登場していますね。

西森 日本で支持されている脚本家さんは韓国でも人気があるんですよ。坂元裕二さんは韓国で人気があって『Mother』はじめ何作もリメイクされています。野木亜紀子さんも人気があって、映画『ラストマイル』も公開されました。 

最近は韓国で日本のドラマや映画に関心が高まっていると思います。以前「日本の映像作品は、特に何も起こらないところがいい」と言った映画監督がいましたが、映画『ドライブ・マイ・カー』や『夜明けのすべて』でさらに注目が高まりました。

ちなみに『団地のふたり』は中国で大人気になりました。なんでもない生活や、食べることを丁寧に描くのは日本のドラマの魅力になっているみたいです。

たとえ無意識であっても、ドラマは世の中を映す鏡のような存在です。楽しみながら社会を知ることができるドラマについて、これからも書いていきたいと思います。

■西森路代(にしもり・みちよ)
愛媛県出身。地元テレビ局、派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーライターに。主な仕事分野は、韓国映画、日本のテレビ・映画に関するインタビュー、コラムや批評など。2016年から4年間、ギャラクシー賞テレビ部門の選奨委員も務めた。著書に『韓国ノワール その激情と成熟』(Pヴァイン)、ハン・トンヒョン氏との共著に『韓国映画・ドラマ―わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)がある

■『あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語』
303BOOKS 1870円(税込)
日本、香港や台湾、韓国のドラマや映画についてさまざまな媒体で執筆する著者による日本テレビドラマ本。日々目まぐるしく変化する価値観や社会のあり方を敏感にとらえた23作品をさまざまな切り口から書き尽くす。「組織と労働」「恋愛の現在地」「生殖」「性加害」「たたみゆく暮らし」「出会いと分岐点」「虎に翼」の7テーマで構成され、巻末には2024年話題沸騰のNHK連続テレビ小説『虎に翼』の脚本家、吉田恵里香氏との特別対談も収録

『あらがうドラマ  「わたし」とつながる物語』303BOOKS 1870円(税込) 『あらがうドラマ 「わたし」とつながる物語』303BOOKS 1870円(税込)

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矢内裕子

矢内裕子やない・ゆうこ

ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。

写真/©吉原重治

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