髙比良くるま 1994年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学のお笑いサークルで相方・松井ケムリと出会い、2018年にコンビを結成。『M-1グランプリ2023』では、第1回大会の中川家以来のトップバッターかつ歴代最短となる芸歴5年9ヵ月で優勝。翌年の『M-1』にも出場し、再びトップバッターとなったものの、前人未到の2連覇を果たした 写真/時事通信社
史上初となる『M-1』2連覇を2024年末に達成してすぐ、年明けの2月にオンラインカジノ問題で活動を自粛。先日、復帰を発表したものの、吉本退所の条件付き。一見、追い込まれているように見えるが、むしろ追い風にして人気を盤石に。令和ロマン・髙比良(たかひら)くるまとは何者なのか? 戸部田誠(てれびのスキマ)が分析する。
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「戻ってまいりました。ということで、令和ロマンともども、よろしくお願いいたします! ......で、僕は退所しました」
4月28日、令和ロマンのYouTubeチャンネルで、オンラインカジノ問題で活動を自粛していた髙比良くるまの復帰&退所が発表された。そこでは吉本興業を退所に至った経緯も詳しく語られた。
問題発覚後にいち早く謝罪動画をアップしたことが、会社とコンセンサスが取れておらず、信頼関係を損なう結果となったため、くるまが望めば契約解除という道もあると、暗に退所を促されたことを明かした。くるまが先手を打ったこともあり、SNS上では彼に対して同情的な声や、その決断を支持・称賛し応援するムードが広がった。
だが、まさかくるまが、吉本から離れる日が来るとは思わなかった。何しろ「俺、全部のチャンピオンとかいろんな吉本の知識の結晶なので。吉本111年の知力の結晶」(『霜降りバラエティ』2024年2月10日)と自身が語っていたからだ。
4月28日、コンビのYouTubeチャンネルに投稿された「令和ロマンから皆さまへ。」という動画で、復帰と吉本退所を発表した髙比良くるま(左)と相方の松井ケムリ(右) 写真/時事通信社(令和ロマンの公式YouTubeチャンネル)
2018年、NSC東京校23期の首席としてデビューし、異例の早さでヨシモト∞(むげんだい)ホールのファーストクラスに昇格。その年には早くも『M-1グランプリ』の「GYAO!ワイルドカード枠」で準決勝に進出し話題を集め、22年には敗者復活戦で2位となった。
そして23年、結成6年目にして最短芸歴で優勝。さらにその翌年、史上初の連覇。そればかりか、その合間にも『ABCお笑いグランプリ』で優勝する快挙も果たした。
まさに令和ロマンは「吉本の最高傑作は漫才」を体現するコンビだった。
そんなくるまが最初に憧れたお笑い番組は、意外にも『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)だった。
子供の頃、くるまはケンカの絶えない家庭で育った。祖母と母らが激しくケンカしている声を聞きたくなかったくるまは、音量を「100」にして番組を見ていた。明石家さんまがオーケストラの指揮者のようにその場を"支配"していることに魅了され、「あ、こうやって相手を"制圧"すれば勝てるんだ」と"制圧"の術を学んだ(『NON STYLE石田明のよい~んチャンネル』24年3月15日)。
くるまは「自分はこっち(制圧する)側に回らなければ」と強く思うようになった。なぜなら、くるまは自身を客観的に見て、容姿や能力が周りより劣っていることや、親の離婚を経験していること、近所でも有名な問題のある祖母がいる家庭環境などから、自分がイジメられる側になりやすいことがわかっていたのだ。
物事を客観視し始めたのは、なんと幼稚園の頃からだった。近所にあった園は、偶然にも教育に熱心な、いわゆる"スーパー幼稚園"。そこへ通ったことで、すぐに「人間」が出来上がってしまったという。
そんな彼がイジメられないためにしたことは、まず足を速くすることだった。足が速ければモテる。そしたら、クラスの1軍に入れるという算段だった。家の前を何度も全力で走ると実際に足が速くなった。
さらに、少しでもイジられそうな雰囲気を察すると、先手を取ってイジり、先に攻撃することで"制圧"し自分を守った。謝罪動画や復帰動画でも常に先手を打っていたのは、子供の頃からの生存戦略だったのだ。
また、学校での立ち回りもうまかった。
「さじ加減を読むのが得意なんですよ、僕の能力として。この先生はこういうのが好きなんだろうなみたいな。『M-1』もそうなんです。今年はこれがこうなんで、審査はこうしたいんだろうなみたいな」(『OWARAI AND READ 005』23年)
ウエストランドの井口から「令和ロマンの分析うざい」(『フットンダ』23年12月31日)などとたびたびイジられるように、くるまは『M-1』をはじめとしてさまざまなことを「分析」しているが、それも子供の頃からだったのだ。
だが、自分の中では「分析」とは思っていないという。「自分がやっているのは『高速対処』」(『石田明のよい~んチャンネル』)。「分析」には長期的な視野が必要だ。だが、くるまにはそれがなく、その場その場の対処が得意なのだという。
だから、学校の成績も悪かったが、短期的な「受験」においては、自身の能力と照らし合わせて、3科目だけで受けることができ、辞書も持ち込める慶應義塾大学の文学部に絞って対処し、合格したのだ。それはまさに『M-1』での戦い方と同じだという。
「だから俺、ずっと"ちっちゃい『M-1』"してたんです。俺の中ではもうバトルの果てなんすよ。(中略)負けないための手段だと思ってるんで、お笑いは」(『石田明のよい~んチャンネル』)。
くるまは自らの家庭環境などを「ぬるい不幸」と表現し、「ぬるい不幸がずっと続いて僕を作っている」(『OWARAI AND READ 005』)と語っている。
そしてまた、芸人として順風満帆だったはずのくるまに「ぬるい不幸」が訪れた。いや、もはや「ぬるい」とは言い難いかもしれない。くるまは「10年後、20年後何したい?って聞かれるけどまったく考えてない」(『あちこちオードリー』24年7月24日)と語っていたが、本来であればなんばグランド花月の大トリになるなど、吉本"本道"の未来もあったはず。しかしその道は事実上、閉ざされてしまった。
それは唯一、漫才だけは「はじめて夢中になった」(『M-1グランプリ2023 アナザーストーリー』24年1月13日)と話すくるまにとっては無念に違いない。だが、くるまは「なんか困難な壁があったら、生き残るための火事場の馬鹿(ばか)力みたいなものでやってるタイプ」(『石田明のよい~んチャンネル』)。必ずや、得意の「高速対処」で最適解を導き出し続けるはずだ。
●戸部田誠(てれびのスキマ)
1978年生まれ。ライター。番組レビューや芸人論などをテーマに執筆。『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』『売れるには理由がある』『芸能界誕生』『王者の挑戦「少年ジャンプ+」の10年戦記』など著書多数。公式X【@u5u】