イグアスの朝食でおなかを壊したまま、初の長距離バスに乗り込む。
この体調で18時間は冷や汗ものだけど、バスは想像していたオンボロではなく随分快適で、背もたれも十分に倒れる。車窓にときどき現れる小さな家や街をぼんやり眺めながら、快適な揺れが眠気を誘い、到着時にはまだ降りたくないと思ったほどだった。
良い空気、良い風という意味の名前がついたアルゼンチンの首都・ブエノスアイレスは「南米のパリ」として知られ、白人系人口とヨーロッパ風建築が多い。
交通拠点レティーロに到着すると、オモチャみたいなかわいいローカルバスがいっぱい。どれに乗れば良いのかわからず警察官に尋ねるが全く英語が通じず、英語担当の警察を待つ。エスパニョール難しすぎ!
バスはコインかバスカードが必要で、お札しかない私は乗れないとのこと。でもバスのおじちゃんが「乗れ乗れ」ってタダで乗せてくれた。優しいおじさんグラシアス! バス代2ペソ(約26円)得しちゃいました。
ブラジルで会った数々のアルゼンチン人は、いつも私に食べ物をくれたり、いろいろ手助けしてくれたりとにかく皆優しかった。
そのひとり、面倒見がよく超優しいアルゼンチン人・マルちゃんお勧めのサンテルモというダウンタウン地域に向かった。そこは石畳の道が残り、デザイン性の高い落書きが壁いっぱいに描かれたオシャレな街。もともと治安の良い国と言われてきたアルゼンチン。近年の政治経済危機による貧困、凶悪犯罪の増加なんて感じさせないくらい美しく穏やかな街並みだった。
いまだに続く腹痛に悩まされながらも、評判どおりのヨーロッパ風建築の中を散歩するのは気持ち良く、アルゼンチンは人も街も素敵だなとうっとりしていた。
悪夢の始まりは“鳥のフン”
翌日は中心地セントロを観光しながら宿を探そうと、同時チェックアウトの日本人・Cちゃんと街へ出た。
徒歩移動の日は重い荷物を全部持ち歩くので、Cちゃんと協力してふたりの荷物を上手にまとめ、バックパッカースタイルで観光地としても有名な「7月9日大通り」を歩く。
開放感あふれる広い道路と歴史的なヨーロッパ風建築の街並み。正午の太陽が降り注ぐなか、鼻歌まじりにブラブラするなんとも心地良い時間。そこはブラジル同様、南米の危険性など全く感じない空間だった。
強力な日差しを避けて木陰をゆっくり歩いていたときのことだった。 「ギャア! 鳥のフン!」 バックパックに大量の鳥のフンが! 私は日本でもよくかけられるんだけど、どんくさいのかな。まあ、鳥のフンには慣れてるので大して気にもしなかったが、日本の鳥より少し臭いが強い。さすが南米の鳥よ。
すると親切なおばちゃんがティッシュをくれたので、ササッとふいてグラシアス! 恥ずかしいのでその場を離れ、大通りの真ん中にあるきれいな噴水の前で休憩することに。Cちゃんが近くのお店に紙ナプキンを探しに行ってくれた。私がバッグを拭いていると、一部始終を見ていたという別のおばちゃんがティッシュと水をくれる。
たたみかけるように、今度はコロンビア人と名乗る小太りの男性がティッシュと水を差し出してきたので、「男性がこのタイミングでティッシュ持ち歩いてる? おかしいな」と首を傾げてるところに、Cちゃんが戻って来た。
そして「コレって噂に聞いてたケチャップ強盗(※1)みたいだね」って言いきる間もなく、あっという間に7人ほどの男たちに囲まれていた!
戦う、逃げる、呪文を唱える!
……なんて選ぶ間もなく、彼らが体に群がってきて、次の瞬間、私の汚れたバッグ以外の全ての物がもぎ取られていた!
Cちゃんは走って追いかけるも、皆が「あっちだ!」「こっちだ!」とデタラメの方向を指してくる。「タクシーに乗ったぞ!」「地下鉄におりたぞ!」。私は走るCちゃんの身が心配で目で追いながら、とにかく自分のバックパックの肩紐をギュッと握りしめたが、体は震え足は動かない。
「ああ、なんてこと! この人たち全員強盗犯グループだったんだ!」
親切に見せかけたおばちゃんが、まさに鳥のフンに思わせた液体をかけた張本人。今思えば優しそうなおばちゃんたちもコロンビア人と名乗る男も、みんなサングラスをかけ顔を隠していた。そして、彼らはまるで忍者のように忽然と消えてしまった。
汚れたバッグを抱きかかえボーゼンと立ち尽くす私に、街の人はただ哀れみの視線を送るだけだった。「グッドラック。」と言われても…。
木の下にいたためにまんまと鳥のフンだと思ってしまったが、これはまさにケチャップ強盗の進化バージョン。Cちゃんは着ている服以外の全て、パスポートも現金もスマホも全て盗まれた! その中には、移動のためにまとめた私の荷物も入っていて、大事な画像データ入りのパソコンも無くなった。唯一、私の背中に汚れたバックパックひとつだけが残された。
※1 ケチャップ強盗とは、わざとケチャップをかけて助ける振りをして荷物を奪うスペインなどでも有名な事件。名前こそかわいいが、巧みなスキルを持つプロ相手には歯が立たなかった。というか囲まれちゃったし。
奇跡の再会と8人の被害者
恐怖からか手の震えが止まらぬまま、カナダで車ごと荷物を盗まれた時を思い出し、脳をフル回転させる。まず警察に被害届を出そう。
通りにはブロックごとには警察が立っている。こんなに警察いるのにやられたなんて! ひとまず旅行者用警察署に行くと「停電だから何もできないよ」とそっけない返事。
真昼間で気が付かなかったけど、今日は街じゅうが停電のようだ。日本領事館も日曜なのでお休み。予約していた宿の住所も盗まれ、どこに行ったら良いかわからない。そういえば、ブラジルで出会った日本人の友達Y君がブエノスアイレスの日本人宿にいると言っていたので、そこに行ってみよう! …と思ったが、街の誰に聞いてもその宿の情報はなかった。
途方にくれた私は、公園のベンチに腰かけ大きなため息をついた。
すると…奇跡が起きた!
会いに行こうとしたY君が日本代表のユニフォームを着て目の前に現れたのだ! まさに日本代表! こんなことってあるんだね。まるでドラマ。神様グラシアス! 奇跡の再会にお互い名前を大声で叫んだ。が、直後に「荷物が取られたの!」と続けると、日本代表の顔は笑顔から驚きと困惑に豹変した。
Y君のヘルプで日本人宿の住所をゲット。現金も盗まれ飲まず食わずで走り回っていたので、もらったコーラが命の水に感じられる。アミーゴグラシアス。
日本人宿に向かうと、そこには電気が通っていて、奇跡的に残った私のiPadを駆使し日本に連絡をした。クレジットカードを止めたり、電話をかけたりは全てオンラインでできた。最新テクノロジーたちよグラシアス。
そしてこんなに怪しい私たちを迎え入れ助けてくれた日本人の皆には、本当に感謝と安心で涙が出たし、日本人てやっぱりいいなと思いました。心からグラシアス。
とりあえずやるべきことはやった。そして、予約していた宿に向かうと、そこにはなんと8人の被害者がいた。日本人、フランス人、ブラジル人、南アフリカ人、男性だって被害にあってる。人によっては、頭から布をかぶせられたり、両手を羽交い締めにされたり、被害内容は人それぞれだ。私たちは怪我がなかったことがせめてもの救いかもしれない。
週末は街に人が少ないうえ、停電もあったため、この日は異常なほど犯罪だらけだったらしい。被害者の会ができたが、それぞれ国が違うので領事館はバラバラ。私は同じく被害にあったCちゃんら日本人2人と警察に行き、スペイン語が話せる子を頼りに被害届を作った。
その後は毎日のように領事館に通うも、お金がないとパスポートが作れないし、パスポートがないと日本からの送金を受け取れないと八方ふさがり。それでも周りに助けられながら、日本人には3日程度で新しいパスポートが発行された。親切で早い日本の対応に感謝したが、南アフリカの子は3度も強盗に遭った上、パスポート発行に2週間以上かかるらしく、その間の滞在費も必要なのにお金も盗まれ困っていた。日本語を覚えた彼は「男ノ子泣カナイ!」と明るく振舞っていたが、私たちと同様に影でこっそり泣いていたのを私は知っている。
警察は助けてくれない
被害者はそれぞれレベルは違うけど、毎日情緒不安定と体力の限界で心身共に疲弊していた。でも、助け合いと前進により彼らは日に日に明るくなっていった。
警察は被害届を面倒臭そうに作るだけで、助けてはくれない。「強盗犯と仲間の場合もあるらしい」「被害者が強盗犯に殺されることもあるらしい」「犯人はアルゼンチン人ではないだろう」……そんな話を毎日しながら、旅の経験値を上げ、皆また次の場所へ旅立つのだった。
事件があった当初は、自分の行動の甘さに凹むばかりだった。世界情勢も調べ、身の回りにも気を付けていたはずなのに、私の「気を付ける」は全然甘かった。安物の時計やピアスやバッグは強盗犯から見たら金目の物。やっぱりお金は靴の中に入れたり、カードを分けて持ったりの対策は必要。
そして絶対狙われてしまう旅行者は、強盗に遭った後のケアがスムーズなように準備しておくべきだろう。高い授業料だったけど、「これも旅の財産」と思える私は、これからも旅を続けていくんだろう。
ブエノスアイレスを後にする今日、宿ですれ違う新しい宿泊客は、またもや強盗被害者だった。
【This week's BLUE】 今週のブルーは、私の超ブルーな気分。 怖くて青を探しに街に出れない。完全に憔悴しきって、宿で泣きじゃくる私でした。
●旅人マリーシャ 平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、Sサイズモデルとしてテレビやwebなどで活動中。バックパックを背負う小さな世界旅行者。【http://ameblo.jp/marysha/】Twitter【marysha98】