「未知の病原体」であるエボラ出血熱がついにアフリカ大陸を越えてアメリカに上陸した。いま緊急で必要なのは、リアルで正確な情報だ。

あらゆる「素朴で大切な疑問」に、WHO(世界保健機関)の感染症対策チームに従事した経験を持つ医師の村中璃子氏に答えてもらった、第2回。

【Q11】今回のエボラは強くなっているとも聞きますが?

遺伝子検査の結果、エボラが遺伝子変異を起こし、「ヒトからヒトへのうつりやすさを増しているようだ」という専門家グループの指摘が今年8月末頃から専門誌に上がっています。

ただし、例えば接触感染から空気感染になるというように、ウイルスが変異によって「感染様式」自体まで変えたという前例はありません。今回もそれはないと思われます。

【Q12】なぜ今回、エボラはアフリカ大陸の外に出ちゃったの?

ひとつは、今回のアフリカでの流行が尋常ではない規模だからです。過去の流行は最大で300名規模。今回の感染者は1万人を超えましたから、すでに30倍以上の勢いです。

また、これまで海を越えてエボラが広がるリスクは、主に国際的な野生動物の取引だと考えられていました。しかし実際には、動物でなく人の移動の活発化が、今回、ウイルスが大陸を越えるきっかけを与えたわけです。

一方、インフルエンザは鳥に感染し、渡り鳥がウイルスを世界中にまき散らします。渡り鳥には渡航禁止も検疫もありませんから、世界中に広がりやすいのは圧倒的にインフルエンザです。

コウモリが大陸を越えるほど遠くまで飛んでいけないことは、エボラの感染拡大において幸いといえます。

【Q13】アメリカで感染者が出たというのは、専門家が見てもヤバい話なの?

衝撃だったのは、万全の医療体制にあるといわれていたアメリカで、エボラ患者のケアにあたっていた看護師2名が患者から感染してしまったことです。厳重な防護服に身を包み、施設の整った先進国で医療者が感染したとなれば、エボラは相当強力なのだろう、このまま一気にアメリカの一般人の間でも感染が拡大するかもしれない、という緊張が世界中に走りました。しかし、幸いにも10月23日現在、アメリカでの感染者は2名の看護師だけ。医療従事者以外のエボラ患者は報告されていません。

ここからは私見にもなりますが、エボラはやはり「かかりやすいが、うつりづらい」病気。特に、病院以外の、一般人の間で感染が広がるリスクは低いとみていい。先進国で、激しい血便や、目や鼻、口などからの出血があるほど症状の悪化した人が、病院にも行かずにそのへんをふらついているわけはありませんから。

なぜ医者ではなく、看護師だけ感染した?

【Q14】なぜ医者ではなく、看護師だけ感染した?

医者ではなく看護師が感染したのも、看護師はウイルスがたっぷり含まれた糞便のついたおむつを替える作業や、血液、汗などのついた患者の体を拭く作業など患者の体液に触れる機会が多いからでしょう。

看護師の感染には防護服の着脱に関するルールが間違っていたからではないかという意見も出され、米疾病対策センター(CDC)から新しいガイドラインも発表されました。

【Q15】なぜアメリカは、空港の検疫でも病院でも、エボラだと気づかなかったの?

ウイルス性の疾患にはすべて「潜伏期」があり、検査をしない限り感染者を発見できない時期があります。エボラの潜伏期は2日から21日(多くは7日から10日)。最短16時間から5日(多くは2、3日といわれる)のインフルエンザと比べても長いのが特徴です。

【Q16】なぜアメリカはアフリカに軍隊を派遣したの?

オバマ大統領は4000人規模の部隊の現地派遣を発表しました。エボラのパンデミック(世界的大流行)も視野に入れつつ、国際的なリーダーシップを示すためでしょう。日本もそれに同意する形で自衛隊の派遣を表明しました。

ではなぜ軍隊なのか。「パンデミック」はもともとインフルエンザを前提として考えられている緊急事態で、最悪の場合、医療従事者の感染が相次ぎ、増加する患者に対応しきれなくなって、医療施設も足りなくなる事態に至ります。感染していない人は、食料や水、生活必需品を準備して、自宅に籠城することを求められ、患者の治療は病院だけでなく学校の体育館や公民館などでも対応することになる。地震や原発事故、戦争などの場合と同じ「国防」の問題となります。そのとき、実動の中心となるのは軍隊です。

今、西アフリカではすでにこれに近い状態が起きています。だから、医療者を直接送るのではなく、医療が十分に機能していないアフリカに病院を建てたり、防護服を届けたりといったロジスティックス部分(後方支援)でのサポートが、医療者そのものを送ることよりも大切であるという判断なのでしょう。

さらにアメリカは、致死性や感染性の高いウイルスをバイオテロや生物兵器と絡め、感染症を軍事の問題として位置づけているんです。

●村中璃子(むらなか・りこ) 医師、ライター。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チームなどを経て、医療・科学ものを中心に執筆中

■週刊プレイボーイ45号「エボラウイルスの性質はインフルと比較するとスッキリわかる!」より(本誌では、さらにQ&Aで詳説)