生誕130年、没後80年ということで、竹久夢二が今年密かなブームとなっていたのをご存じだろうか――。
全国の夢二美術館ではイベントや特別展示が開催され、夢二とそのモデルとなった女を巡る“責め絵画家”伊藤晴雨とのスキャンダラスな三角関係を描いた漫画『万華鏡~抒情と緊縛~』まで『ビックコミック』(小学館)にて連載。
そもそも、竹久夢二の名前を聞いたことがない、絵を1度も見たことがないという人は少数派だろう。大正ロマンを代表する美人画の超人気絵師であり、独特の筆致で描かれたその叙情性は、今なお時代を超えて多くの人を魅了し愛されている。
そのブームを裏付けるかのように、夢二の世界観にひたれる『ロマン写真館』が開催のたびに順番待ちとなるほど人気だという。
『ロマン写真館』とは、2012年4月にスタートしたスタイリストの岩田ちえ子さん、写真家の首藤幹夫さんによる撮影ユニット・プロジェクト。アンティークの着物を纏(まと)い、プロの手でヘアメイクを施され“夢二の描く美人画”のような姿で撮影をしてもらえる月1開催の写真館だ。
撮影場所は東京都文京区にある弥生美術館・竹久夢二美術館併設のカフェ『港や』。さっそく11月10日に行なわれた『ロマン写真館』の現場に向かうと、まさに大正ロマンな雰囲気が漂う舞台だった。
出迎えてくれたのは、蝶ネクタイにとんび(大正・昭和時代に流行った男性向けコート)姿の首藤さん、動きやすくリメイクされた着物に割烹着の岩田さん、大正のカフェの女給のようなスタイルのヘアメイクさんやスタッフ。雰囲気作りから楽しませるという趣向のようだ。
このプロジェクトの始まりを、まず首藤さんに伺った。
竹下夢二の描く佇まいがテーマ
「岩田さんから『ちょっと違う、新しいことをしたい』とお話をいただいたことから始まりました。写真家の荒木経惟さんの撮影で30年以上、スタイリングを手がけられている方で、その着物に対する感覚に僕も憧れがあったんです。
ただ、一般の方を対象にするとしても、国内外で変身写真館のようなところはたくさんあるので、ロマン写真館としては竹久夢二をモチーフに、でも絵と同じように撮るのではなく、夢二の描く佇まいをテーマにしたんです」
そこで徹底したのが、撮る、撮られるだけでなく「私たちは撮影の準備をするので、お客さまには夢二の描くような女性を演じていただくことで一緒に作品を作り上げたい」(首藤さん)というコンセプト。いざ始めると、その新鮮さが徐々に評判となった。
実際、見学して気づくのは、スタッフとお客さまとのコミュニケーション。撮影中に着物やヘアを少し直す細やかさ、敷地内の庭に咲く花を着物に合わせて小道具に使う即興性など、写真館の記念撮影というより雑誌のグラビア撮影に雰囲気は近い。
そのムードに一般のお客さまはどう反応するのか? 興味深かったが、撮影が始まった瞬間にスッと夢二的世界へ入っていく。みるみるうちに表情が変わって、表情や仕草もまさに大正ロマン! すっかり女優だ。
当日撮影に訪れた、大学で日本伝統文化を学んだという同級生3人組。ひとりは中学時代に模写したという夢二の黒船屋の絵を胸にイメージしツーショット撮影、ご満悦の様子だった。
「夢二が好きで、弥生美術館を訪れた時に『ロマン写真館』のことを知って、こんな風に私も撮ってもらいたいと予約しました。こんな素敵な着物を着てプロの方に撮ってもらって、今の姿は自分じゃないみたいです」と予想以上の変身っぷりに大喜び。
この日は他にも20歳の美大生や、結婚20周年記念に申し込まれたご夫婦などが撮影。奥様へのサプライズに旦那さんが連れてきたり、若いカップルも意外に多いとか。カップルの場合、彼氏がいつもと違う彼女の姿にトキめき、自分の着物姿に「オッ」とニンマリ反応するらしい。マンネリ気味な関係のカンフル剤にも効果ありかも…。
大正時代へタイムトリップ気分を味わえる
そんな世界観を作りあげ、美人画のモデルに変貌させる最大のアイテムは、柄が大きく色使いもアバンギャルドな時代ものの着物。帯やかんざしなどの髪飾りも含め、すべて岩田さんのセレクションだそう。予約の際に送ってもらう写メをチェック、事前にスタイリング歴35年のプロの目で似合う着物や帯を選び、当日持参するという念の入り様だ。
「自分では選ばないような柄でも、こういう機会だからこそ着られると思うんです。お着物を着慣れていても見立てを任せていただいて、『知っている自分を少し超えた』驚きや『自分はそう見えているのか』など新しい発見をしたと言われる方も多いですね」(岩田さん)
また、首藤さんによると「例えば、コスプレイヤーの女のコたちが撮影にきたこともあって、彼女たちはスゴくこだわりが強いんです。2次元を3次元に立ち上げる能力がスゴくて、逆に提案を受けたり、そういうのも刺激になります」
イマドキ、写真を撮るなんて日常だし着物やコスプレ的な服を着て撮るのも簡単。けれど、“夢二の絵の美人画のモデルのように”演じるのはひと味違うし、プロの手によっていつもと違う自分の発見もできる。夏と冬など季節で着物も景色も違うことから、1度撮るとハマってしまうリピーターも多いという。
この評判を聞いて、最近は各地から開催の問い合わせやオファーも。今年4月には第1弾として岡山の夢二郷土美術館や、夢二の生家でも写真館を開催し好評を博した。
「全国にまだ残っているそういう場所をもっと巡って、再発見したい気持ちはすごくありますね。声をかけていただければ、いろんな土地へ出向いてロマン写真館を開きたいなと思ってます」(首藤さん)
成人式の振り袖や京都観光の舞妓さん、結婚式などハレの日やイベントで着る着物ともまた違う、カジュアルでいながら大正時代へタイムトリップ気分を味わえる『ロマン写真館』。日常を離れ一風変わったデートでサプライズを演出、思い出に残る1枚を撮るのもいいのでは?
(取材・文・撮影/渡邉裕美 写真提供/首藤幹夫)
■『ロマン写真館』の次回開催は12月8日(月)だが、キャンセル待ち含め予約は締め切ったため来年以降の開催要項はこちらで随時確認を http://www.roman3.net/