様々な動物を創意工夫で救う努力を日々続けている田向院長

金魚やカブトムシに始まり、様々なペットを飼育した幼少期を経て、動物好きが高じ獣医師にまでなった田園調布動物病院・田向健一(たむかい・けんいち)院長が、現在のペット問題から飼い主の資質、飼育の是非まで鋭く指摘! ペットブームの昨今だが、新たにペットが欲しい!と衝動飼いする前にまず自分を問いただすべし!

■溺愛して依存しがちな人は飼わないほうがいい?

―著作を数多く出され、風変わりなペットの治療も時間を惜しまず診察されるということで。全国から駆け込み寺のようになってるのでは?

田向 いや、それほどは(苦笑)。ただ、地方の方で「ヘビを診てくれる病院が近くにない」と悩まれているとか、中高生から先生みたいな獣医師になりたいって相談はけっこうありますね。

―やはりペットブームが広く一般的になってるんですね。

田向 ネット社会になって皆さん非常に勉強熱心ですよ。昔と違って、すぐカチカチカチって調べられますもんね。

―確かに! 情報だけは全国どんな田舎でも得られます。

田向 でもそれもまた別の問題を生みます。飼っている方はほんと真剣ですけど、間違った認識を持って、健康のためにと犬に野菜しかあげない人とかね。

―なるほど。そういう飼い主に限って盲目的になりそう!

田向 間違って理解している人は病気になって連れてきても、自分のペットは自分が一番知ってると思いがちで、こちらの話をちゃんと聞かない(苦笑)。

犬猫以外のエキゾチックペットでも、放っておけば良くなるのを、ネットで見つけた「自分の答え」に合うような病院をあちこち探し回って行ったりして。その結果、もっと具合悪くなったりしますし。

―ペットへの愛情が過多で、逆に飼い主のエゴですね。

田向 ペットの肥満も多くなってます。だるまさんみたいな猫とか。飼い主さんが空腹のペットの姿に耐えられない。かわいそうだからって、すぐおやつをあげちゃう。

人間を愛せないのに他種を愛するのは難しい?

―溺愛しすぎてペットに依存しすぎなのも危なそう!

田向 ペットに何かあると溺愛ゆえにパニックを起こしたり、間違った愛情で負のスパイラルに陥ったり。ペットを見れば人間も見えてくる。

―都会と田舎でもそうですし、ペットとの付き合い方が今の時代、変わってきた?

田向 昔は、犬は外につないで飼ってたり、猫だって放し飼いだったり。動物も家族と言いつつちゃんと距離感とか客観性がありましたよね。それが家庭に入り、近すぎて見えなくなっている。特に、ひとり暮らしでコミュニケーション能力の低い人が心の隙間をペットで埋めようとするとそうなりがちです。

―今の時代、より依存の度合いも深刻そうですね。

田向 僕の知人で生まれてこのかたペットを飼ったことがなく、ふとしたきっかけで猫を飼い始めて「こんなに苦しいとは思わなかった」って。そういう人もけっこう多い。人と違う生き物なんだから相手を理解しようとする想像力がないとダメですし、彼氏や彼女もできない人がその代わりにペットだからってちゃんと愛せるかは疑問ですよね。

―うっ、それは痛いです。

田向 人間を愛せないのに他種を愛するのは難しいんじゃないかなと。間違った愛情にもなりがちです。それに、ペットを飼ったらその世話でデートも行けないとかね。「私とどっちが大事なの?」って嫌われるかも。ペットの治療の方針で夫婦げんかする人もいますから(苦笑)。

老人や身障者のケアより大変?

―やはり個人生活もですし、対人関係もペットが映し鏡に。

田向 まず、距離感を保ってどっぷり依存しないというのがペットを飼う条件ですね。飽きっぽいとか生活が不規則というのはそもそもダメですが、感情移入しすぎる、執着心が強くて対象から離れられない人は恋愛と同じで不向きではと思います。

―お話を伺ってると、ただ、ペットを治療する、命を救うだけの仕事ではない気がします。

田向 確かに、病気だけじゃなくペットの命というものを伝えるのも仕事ですね。まず当たり前のことだけど、命あるものはいつか必ず死にますから。しかも確実に人間より寿命は短い。

僕なんか子供の頃からずっと動物の死を見ているんで、昨年父親が亡くなったんですが、悲しみとは別の次元で自然と受け入れられたかなと。命の縮図みたいなのをペットから学ぶことはできますよね。子供のいる家庭にはとてもいいと思いますよ。自分より小さくて弱いものが同じ家にいる、ちゃんと育ててあげないと死んでしまうーー責任といとおしむ心を育みます。

―ほんと、飼い主である自分にその命が全面的に委ねられているという自覚がないと…。

田向 犬猫でも15年くらいは生きますからね。プラモデルなら飽きて作りかけで放っても、どうにもならないけど。子供を育てるのと同じなんです。

―人間の子育て以上に老人や身障者のケアにも近い?

田向 実は、より難しいかも。ペットたちは口がきけませんから、意思が伝えられないのをちゃんと考えて決めてあげないといけない。決断の連続で、飼い主の価値観次第で左右されますし。だから衝動的にカワイイだけじゃ飼えないし、愛し方を間違ってはダメなんです。

原付試験レベルの資格試験はあっていい

―巷(ちまた)では、いろんなペットが売られてるし、かわいいだけでそそられがちだけど…。

田向 車を運転するのにも免許が必要でしょう。ペット飼育も同じじゃないかと。ペーパードライバーはフェラーリ乗りませんよね。ペット初心者がフェラーリみたいな特殊ペットもお金さえ出せば手に入るとか…よくないと思いませんか?

―確かに! それこそ技能検定や免許制があっても?

田向 せめて原付試験くらいのレベルはあってもいいですよね。講習と試験を受けないと飼えない、みたいな(笑)。

―なんか、これ読んでる読者を引かせちゃってるかも(笑)。でもそれくらい自覚は必要と!

田向 もちろん、ペットは癒やしてくれるし楽しいし、大変なことだけじゃない。心理学的にも精神的に安定し、血圧も下がって体にいいといいますから。夜に飲みに行く時間が減るとか、旅行とかも行きにくくなって、結果、節約にもなる(笑)。ドッグラン先での出会いや新たなコミュニティとの交流ができたり。そりゃ、飼うことで豊かになることはたくさんありますよ。

―ペットとの生活で学べば、他人を思いやり、何が求められているか理解力も深まるし!

田向 だからこそ、適切な距離を保つことが必要だし、ペット離れできないほど溺愛してしまう人は飼わないほうがいい。子犬や子猫は、飼ったときのままの姿ではなく、自分より先に老いていく命であって、別れは必ずあるんですから。

(取材・文・撮影/short cut[岡本温子、山本絵理])

●田園調布動物病院 田向健一(たむかい・けんいち)院長1973年生まれ、愛知県出身。中学生のときに出会ったイグアナは23年間も生き、現在でもさまざまな動物を飼育、その経験を診療に生かしている

■『珍獣病院~ちっぽけだけど同じ命』2003年より開業、「連れてこられたらどんな動物でも診る努力をしよう」という信念で多種多様なペット、飼い主と悪戦苦闘する日々を驚きあり&笑いと涙のエピソードでつづる(講談社)