また新たなウイルスが拡散しようとしている。しかも今回はお隣の韓国からーー。

WHO(世界保健機関)の感染症対策チームに従事した経験をもつ医師の村中璃子氏に「MERSを正しく恐れるための基礎知識」を学ぼう!

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韓国でMERS(中東呼吸器症候群)の患者数が増え続け、死者も出ています。MERSは2012年9月にサウジアラビアで初めて確認されたばかりのコロナウイルスに属する呼吸器感染症。人類にとってのこの病原体との付き合いはまだ3年足らずのため、わかっていないことの多いウイルスです。

MERSはこれまでサウジアラビアのメッカへの巡礼者などを通じて世界に広がってきました。その名の通り、中東諸国を中心に1204人の患者が報告され、そのうち448人が死亡しています。(6月8日現在、WHO統計による)

重症化しやすいのは糖尿病、腎疾患、慢性肺疾患など基礎疾患のある人。「MERSウイルスの起源はコウモリ」といわれ、他の哺乳類にも感染しますが、中でもラクダからヒトに感染した症例が多いので、重症化のリスクがある人はラクダとの接触やその肉や乳、尿の摂取に注意するよう言われています。

コロナウイルスの仲間には「普通の風邪」の原因となるものや、02年から03年に猛威を振るって世界を震撼させたSARS(重症急性呼吸器症候群)など様々な種類がありますが、MERSの初期症状は咳、息切れ、発熱(しかも、必ずしも高熱というわけではない)など「普通の風邪」と同じ。下痢を伴うこともあります。

「中東から帰ってきたのでMERSかも」と疑って積極的に検査を行なわない限り、普通の風邪との区別がつきません。しかし風邪と思っていると急激に悪化。数日のうちに呼吸困難に陥り、人工呼吸器につながれたまま死亡するというケースも少なくありません。

アジアでは今までにもマレーシアとフィリピンで中東帰りの人からの患者が報告されています。両国とも感染は「中東で感染した本人」にとどまったものの韓国のケースでは国内で他の人への感染が広がっています。

感染力はエボラよりも上?

5月31日、韓国の保健当局は「MERSの感染力について誤認しており、初期対応が不適切であったため」として謝罪しましたが、同じ飛沫(患者のくしゃみや咳などウイルスを含む唾液の粒)で感染する呼吸器感染症であっても、MERSの感染力がヒトからヒトへと非常に効率よく広がるインフルエンザ並みなのか、キス程度の接触ではうつることの少ない「普通の風邪」並みなのかは、はっきりとわかっていません。

WHOの公式発表の死亡者数を患者数で割り算すると、MERSの致死率は40%近く。ちなみにエボラの致死率は50%前後ですが、感染力はMERSのほうが上。そのためMERSを「殺人ウイルス」と言う人もいます。

しかし先ほど言ったようにMERSの初期症状は普通の風邪にそっくり。そのまま軽症で済んでMERSと診断されなかった人や、そもそも症状の出ない人(不顕性感染者)もいるため実際の感染者数はもっと多く、致死率はさほど高いわけではないという専門家もいます。

今回、韓国でヒトからヒトへと感染が広がっているのは「遺伝子が変異しているからかもしれない!」という専門家もいましたが、欧米の医療機関と共同で解析した結果、それは否定されました。おそらく、インフルエンザほどの感染力はないでしょう。

6月9日現在も韓国政府は患者との接触者2900人を隔離していますが、積極的に検査をすれば、今後も軽症例や不顕性感染者も含め、新しい感染者は見つかるでしょう。ただし、報道によれば6月9日現在で95人、死亡者は7人。結果として、致死率はそこまで高くないという結果に落ち着く可能性もあります。

WHOは当初から「MERSのヒト-ヒト間の感染は限定的」とし、渡航制限などは推奨しないとしていますが、予防の大原則はもちろん、流行地に行かないこと。行かなければならない場合には、風邪症状がある人や動物に近づかない、マスクや手洗いを徹底させるなど普通の風邪やインフルエンザと同様の備えをする以外に予防法はないでしょう。汚れた物の表面や手にはアルコールや塩素による消毒も有効です。

有効な治療薬やワクチンはなく、かかってしまった場合には対症療法で治療することになります。

(取材・文/村中璃子)

●村中璃子(むらなか・りこ) 医師、ジャーナリスト。一橋大学社会学部・大学院卒。社会学修士。北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チームにて、鳥・新型インフルエンザ対策を担当。現在、医業の傍ら、医療問題を中心に執筆中

■週刊プレイボーイ25号(6月8日発売)「MERSを『正しく恐れる』ための基礎知識」より