「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」――。
その好みが細分化されていることも浸透してきた鉄道オタク・通称“鉄ちゃん”。しかし、そのどれをも超えた究極の鉄ちゃんに会いに行った。
医者になったのは、お金が欲しかったから!と、いきなりぶっちゃけたことを話してくれたのは、鉄道に囲まれた「ほしあい眼科」の院長・星合繁先生だ。普通であれば、ここから「優雅な生活をして――」とか「きれいなおネエちゃんと遊んで――」と、話がつながるのだが…。
■ホンモノを買うため電話で直接交渉
「高校の時、『大好きな鉄道模型を好きなだけ買えるように』と医者を目指したんです」
2年浪人して、佐賀県の国立大学医学部に合格。卒業後、埼玉県内の医院で働き、眼科医としての技術を磨く。
「腕を磨かないと、鉄道模型を買うお金が稼げません」
ガムシャラに働き、貯金は右肩上がりに増えていった。
「で、途中で思ったんです。『これ、ひょっとしたら、ホンモノの鉄道車両を買えるんじゃないか』って」
そこにタイミングよく、独立して自分の病院をつくる話が出てくる。
「これはチャンスだなと。そこで、貯めていたお金でホンモノを購入して、自分の病院の敷地に置こうと」
だが、ホンモノはどこで買ったらいいのかわからない。
「鉄道会社に電話をしては、門前払いの毎日。片っ端から電話をしても、いい返事はありませんでした。そんな中、茨城県の『ひたちなか海浜鉄道』さんがキハ223という車両を譲ってくれることになり、また、千葉県の『流鉄(りゅうてつ)』(流山線)さんも車両を譲ってくれることになりました」
手に入れたはいいけれど…
車両を確保し、次に取りかかったのは病院の場所決めだ。
「鉄道車両をたくさん置ける土地があること、患者さんがたくさん来られるよう駅からそこそこ近いことなどを考慮して、駅周辺の開発がまだ進んでおらず空き地の多い、浦和美園駅近辺に病院を建設することに決めました。建設の一番の決め手は、周辺の道路が広くて鉄道車両の搬入に便利そうだったからです」
鉄道車両が決まり、病院の場所が決まると、次に行なったのが車両のレストアと輸送。
「長いこと野ざらしとなっていたため、キハ223は外装・内装ともボロボロ。そこで『ひたちなか海浜鉄道』さんの車庫で内装のレストアや外装の修繕をしました。塗装は、この車両がデビュー当初に使われていた『羽幌炭礦(はぼろたんこう)鉄道』のものと同じにしました。整備が終わったら輸送です。移動は深夜、道路の通行規制をしながらトレーラーで行ないました。塗装やら輸送やらで1千万円以上はかかりました」
病院の建物は、キハ223を設置してから建てたという。
「クレーン車で車両を吊り上げて設置しなければならないので、建物があると邪魔だったんです。“僕の病院”をつくるためには鉄道は欠かせないものですから。おかげで建物を造るのが遅れて、開院が遅れてしまいましたが(笑)」
建物が完成したら壁面に「流鉄」の電車頭部をディスプレイ。開業から3年後にはEF66形電気機関車を駐車場のスペースを削って展示した。
「駐車場のスペースを削るってのは、普通なら考えられないことでしょうけど(笑)。私にとっては、鉄道が一番大事なものですから」
高額維持費…でもお金には変えられない!
■頬ずりしても誰にも怒られない
こうして出来上がった“ほしあいプライベート鉄道博物館”だが、ホンモノの展示には意外な苦労があるという。
「維持費がすごくかかります。キハ223は古いので、放っておけば錆(さ)びますし、内装も直射日光で劣化する。なので、2年に1回、JRに依頼して内装・外装を整備してもらってます。1回800万円ぐらいかかります」
輸送に1千万円以上、整備に800万円。これだけのお金をかけてまで、ホンモノにこだわる理由は?
「やっぱり『僕の車両』と言えることですね。鉄道博物館で車両に頬ずりしたら、たぶん係の人に怒られる。それに、深夜に座席で寝て夜行列車気分も味わえない。『僕の車両』なら自由に遊べる。持ってみて初めてわかったんですけど、これがたまらない」
このような“ホンモノ鉄”は他にもいるのだろうか。
「埼玉県蕨(わらび)市に“ホンモノ鉄”友達がいます。その方は、自宅のクルマを売って、ガレージに小型のディーゼル機関車を置いて、故障したパーツを自分で作ったりして、日々機関車いじりをしています」
星合院長にとって“ホンモノ鉄”とはなんなのか。
「気がついたら、行き着いてしまった世界ですね。お金はかかりますが楽しいですよ。目の前にホンモノの車両があるから『頑張って働こう!』というモチベーションになる」
見た目はふざけているかのような「ほしあい眼科」だが、今年1月、『週刊朝日』の「手術数でわかるいい病院」特集で全国30位、眼科診療所で4位にランキングされた病院。
開業5年でここまでの数字を達成した原動力は、鉄道車両たちにあるのだろう。
(取材・文/渡辺雅史[リーゼント] 撮影/佐賀章広)