ハラール対応レストラン「ナスコ・フードコート」で提供される、チキンのクスクス ハラール対応レストラン「ナスコ・フードコート」で提供される、チキンのクスクス

2020年の東京オリンピックに向け、世界の人々を受け入れる「おもてなし」の準備が各方面で進められているが、早急に改善しなくてはならないのが「食」の問題だ。

例えばムスリム(イスラム教徒)向けの「ハラール」対応も、近頃よく耳にするようになってきた。ハラールとは「合法的」という意味で、イスラム法上で食べることが許されている食材や料理のことを指す。

アルコール摂取はご法度(はっと)で豚肉を食べること、また豚由来のポークエキスやゼラチンを料理に使用することすら固く禁じられている。一方、牛・羊・鶏などはイスラム教の儀式に乗っ取って正規の手順で処理されたものであれば食することができるなど、食肉に関して、いわゆるベジタリアンとも全く違った対応が求められるのだ(もちろんベジタリアンへの対応も別の難しさが存在する)。

最近では東京にもハラール料理を提供するレストランが増えてきているとはいえ、本当に“準備”は足りているのだろうか? 今回、そんな現状を取材してみた。

 新大久保の「イスラム横丁」 新大久保の「イスラム横丁」

コリアンタウンとして有名な新大久保には、通称「イスラム横丁」と呼ばれているハラール対応のレストランや食料品店が並ぶ一角がある。立派な髭を生やした男性やヒジャブ(頭を覆い隠す布)を被った女性が周辺を行き来しており、小さなモスク(礼拝堂)の入った雑居ビルも…イスラム横丁と知らない人でも、このエリアだけ異彩を放っていることがひと目でわかる。

 4階にモスクがある雑居ビル内の「ローズ・ファミリー・ストア」 4階にモスクがある雑居ビル内の「ローズ・ファミリー・ストア」

ハラール食品を扱う「バラヒ・フード&スパイスセンター」のネパール人店員は「十数年前に比べて増えたものの、日本でハラール対応のレストランはまだまだ少ない。ムスリムたちは食材を買って自宅で料理することが多い」と話す。

また秋葉原の精進料理店「こまきしょくどう 鎌倉不識庵」には、ムスリムやベジタリアンなどの外国人客が連日押し寄せるが、同店のおかみで精進料理研究家の藤井小牧さんはこう語る。

「精進料理は仏教徒、ハラールはイスラム教徒、コーシャはユダヤ教徒のように『宗教食』と考えると理解しやすいかもしれませんが、日本人は宗教心が薄く、宗教食という考え自体がピンときません。また仮にムスリムの人たちを受け入れたくても、既存の飲食店をハラール対応にするのはかなり難しい。

まずハラールとハラーム(イスラム教で非合法のもの)の食材が混じることがない、ハラール専門の厨房を設ける必要があります。ほとんどの飲食店はそんな設備投資をかける余裕はないでしょう。しかも、資金を投じて専門の設備を導入しても2020年の東京オリンピック以降も“ブーム”が続くかもわからない。

メディアはハラールなど宗教食の市場に商機があると煽(あお)っていますが正直、現場から見ると、そこまでは感じていないです」

国は税金を的確に使ってほしい!

さらに、儲けの大きいアルコール類を提供することもできない上、肉類もハラール処理された肉に限られてくるため、既存の飲食店は参入したくてもできない状況だという。

加えて、食品や飲食店に対し、イスラム教の戒律に違反していないことを示す「ハラール認証マーク」を発行する団体の“レベル”が疑わしいという別の問題もあるとか。飲食業界に勤める女性はこう証言する。

 ハラール認証マークがついた日本製の調味料 ハラール認証マークがついた日本製の調味料

「ある団体などは、造り酒屋さんに『ハラールの認証を取りませんか?』って営業電話をかけてきたほど。みりんはアルコールですよ? 大きな認証団体もすごく定義がフワフワしていて、杜撰(ずさん)としか言いようがない。現状、一番信用に足るのは観光庁など国が提示する情報だと思いますけど」

ちなみにその観光庁が公開している「多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル」だが、前出・藤井さんによると、飲食業界における認知度は低く、このマニュアルそのものにも問題があるという。

「国や都としては、やっているけど、それが現場の飲食店まで落とし込めていないのが現状です。とりあえずマニュアル作りましたので利用してください…では厳しい。飲食店側からしたら、宗教食やベジタリアンの人たちを受け入れたいのに、情報が手に入りづらい上、公開しているマニュアルもすごくわかりづらいんです。

困っているのは飲食店であり、海外から来たお客さん。そのパイプの役割を国が果たせていない。やはり決定的に足りないのは情報発信。行政がベジタリアンや宗教食について簡潔にわかりやすくまとめた一覧表のプレスシートを発信するとか、まずはメディアなど伝える人たちを教育するべき。

国は『いらっしゃい、いらっしゃい』と手招きしているのに、しかるべき対応をとっていない。そういうところに税金を的確に使ってほしいと思います」(藤井さん)

5年後に開催を控えている東京五輪。新国立競技場の建設費問題やエンブレム盗作疑惑などに隠れているが、ベジタリアンや宗教食の対応にも大きな課題が残されているというワケだ。本当の「おもてなし」とは何か? 早急に本質的かつ抜本的な対策を進めないと“おもてなし”もままならない。

(取材・文 ケンジパーマ)