「大切なのは思い通りにならないことにどう向き合っていくか。諦めたり、開き直ったりしても別にいいと思うんですよね」と語る、著者・ヨシタケシンスケ氏 「大切なのは思い通りにならないことにどう向き合っていくか。諦めたり、開き直ったりしても別にいいと思うんですよね」と語る、著者・ヨシタケシンスケ氏

子供の頃、親に相談すればすぐに解決できるのに、ムキになってひとりでなんとかしようと無謀なチャレンジをしたことはないだろうか。

この絵本を読むと、そんな子供の頃の経験を思い返してクスッと、いや、ガハハハハと大声を出して笑ってしまう。

本書のストーリーはいたってシンプルだ。風呂に入るため男の子が服を脱いでいると、顔と手に引っかかって自力では脱げなくなってしまう。たったそれだけのことなのに、彼は「一生服を脱げないまま人生を過ごす」と覚悟を決め、あれやこれやと妄想を繰り広げる。

すぐに開き直ったり、独特な言い訳で自分を納得させたりする、著者・ヨシタケシンスケ氏の“ヨシタケ流ユーモア”が炸裂(さくれつ)した本書は、「シュールすぎる絵本」としてネットのクチコミを中心に子供を持つ親だけでなく、幅広い層から人気を集めている。

―『もう ぬげない』はアマゾンの絵本カテゴリーで1位を獲得し、一時は品切れ状態が続いていました。

ヨシタケ ありがとうございます。アマゾンで1位を獲得したのは、やはりネットで話題になったのが大きかったと思います。この本を読んでくれた方が「面白い絵本」とツイッターでUPしてくださり、それが6万リツイートくらいされたらしいんですよ。

僕自身はSNSをまったくやっていないので、それがどのくらいすごいことか最初はわからなかったんですが、担当編集の方から「大変なことになっている!」と言われまして。どのような意見があるのか、編集さんに抜粋してもらって、好意的な感想を中心に見せてもらいました。

逆に誹謗(ひぼう)中傷もあるのでしょうが、それは気を使ってもらったようで、あまり読んでいません(笑)。

―ネットでは「シュールな絵本」として大人気ですが、中には「意味不明www」といった感想もあります。これはヨシタケさんの狙い通りですか?

ヨシタケ そういう感想はよく聞きましたね。でもシュールとか、そんなに難しくするつもりはなくて、むしろわかりやすさと面白さを押し出しました。笑ってもらえている評価も多かったので、それにはすごく満足していますね。

楽しく生きるためのリハビリ

―簡単に言うと『もう ぬげない』は服が脱げない子供のお話ですが、このアイデアは?

ヨシタケ 過去に描かせていただいた4冊の絵本はすべて、担当編集の方からお題をもらって物語を作るようにしていました。僕は元々、絵本作家ではなくイラストレーターをしていたんですが、イラストの仕事って、何かの文章を説明するため1コマにまとめて描くことが多い。だからお題をもらって作らせていただくほうが僕にはすごく合っていたんです。大喜利みたいな感覚とでもいうんでしょうか。

ただ、今回の本に関しては、そのルールを打ち破るように自分から企画をすべて考えてみました。そもそも「服が脱げない」というアイデアは、スターバックスで仕事をしていた時に、たまたま向かいの席に座っていたお母さんと男の子を見て思いついたんです。

お母さんはまだいたいみたいなんだけど子供はもう飽きてしまっている。騒ぐ子供を落ち着かせようとお母さんは両腕で抱き締めるんですが、男の子はなんとか抜け出そうと必死で体をクネクネさせるんですよ。その時につかまれた服を見て「そういえば昔、服脱げなかったよな?」と思ったのがきっかけになっています。

僕には今、幼い子供がふたりいるので、小さかった時のことをよく思い出すんです。子供の頃って体よりも頭のほうが大きいから、服を脱ぐのによく頭が引っかかるんですよね。それが面白くてなんの気なしにイラストに描いていたら、すごく笑える絵になっていて。編集の方にその話をしたら、「それでいきましょう」となりました。

―日常の中からそうしたアイデアがインスパイアされることはよくあるんですか?

ヨシタケ 面白い日常風景を見かけたり、楽しい事柄を思いついたりしたら、イラストや文字で書き留めることは多いですね。小さい手帳によくまとめていて、もう60冊近くになります。僕は小さい頃からネガティブな人間で、今でも悲しいニュースをTVで見るとテンションが落ち込んだりします。

でも実際は落ち込んでばかりもいられないですから、なんとか世の中を面白がったり、自分を励ましたりしたい。そのためにこの手帳にメモをとり続けていて、これはイラストレーターや絵本作家じゃなくなっても楽しく生きるためのリハビリみたいなものとして、生涯描き続けていくと思います。

思い通りにならないことにどう向き合うか

―本の話に戻ります。本書は、子供が部屋から一歩も出ないで服が脱げない自分に自問自答を繰り返していますが、この“世界の狭さ”は自分の経験に基づくものですか?

ヨシタケ もちろん、自分がそういう子供だったからですね(笑)。何かイベントがあった時って、元気のいい子はグイグイ前に出てくるじゃないですか? でも僕はお母さんの後ろに隠れているような子供でした。だから絵本として物語を広げようとしても、活発に行動した経験がないので書けないと思うんです。

元々の性格もありますが、僕はあっちこっち行って何かを経験するより、自分の感じたことを深く自問自答して結論を出すタイプ。知らない場所が怖くていまだに海外に行ったことがないほど井の中の蛙(かわず)なんです(笑)。

でも、「あいつ全然外に出てこないよな」って言われても、「おまえが教えてくれる井戸の中の話って面白いよな」と言われるほうが、僕は楽しいと思っちゃうんです。

―作中で主人公の子供は、服を脱げない人生を一生送るところまで腹をくくっていますが、この発想もその性格から?

ヨシタケ そうです。すぐ開き直っちゃうし、すぐ諦めちゃうんです(笑)。現実では開き直ったり、諦めたりするのはよくないことですが、「でもそれは悪いことじゃないんだよ」というのが、実はこの本のテーマにもなっています。

大切なのは自分の思い通りにならないことにどう向き合っていくのかということ。その選択肢は諦めることも含め、増やしてあげることがいいと思うんです。僕みたいな引っ込み思案な子供にこの本を読んでもらいたいし、そういう人間でも社会でちゃんと頑張っていけるんだってことを感じ取ってもらいたいですね。

●ヨシタケシンスケ 1973年生まれ、神奈川県出身。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常のさりげないひとコマを独特の角度で切り取ったスケッチ集や児童書の挿絵、装画、広告美術など、多岐にわたり作品を発表。主な著書に、スケッチ集『しかもフタが無い』(PARCO出版)、『結局できずじまい』『せまいぞドキドキ』(講談社)、挿絵の仕事に『トリセツ・カラダ』(文・海堂尊/宝島社)、絵本では『りんごかもしれない』『ぼくのニセモノをつくるには』(ブロンズ新社)などがある

■『もうぬげない』(ブロンズ新社 980円+税) 「第6回MOE絵本屋さん大賞2013第1位」を受賞した『りんごかもしれない』で一躍有名になったヨシタケシンスケ氏の最新作。「ふくがひっかかってぬげなくなって、もうどれくらいたったのかしら。(中略)このままずっとぬげなかったらどうしよう―」という“絶望”から始まる今作は、ヨシタケ流ユーモア全開の“大人が爆笑できる絵本”だ