国沢光宏氏。自動車専門誌の編集を経てフリーランスのライターに。自身のウェブサイトや各誌で新型車はもちろん、クルマ社会の今を鋭い視点で斬る

リーフ、MIRAIといった自動車史を塗り替えるクルマを即購入し、その使い勝手を自身のウェブサイトや雑誌などでレポートするなど、それ以前も含めて、エポックメイキングなクルマに乗りまくってきた自動車評論家の国沢光宏氏。

業界の“親分”に聞く、死ぬまで一生後悔しないクルマとは?

■歴史の一ページを自分で体験した

一生後悔しないクルマなんて、極論を言ってしまうと「ない」ですよ。言い方を換えると「人による」ということ。僕もクルマはいつも「一生モノ」と思って買うけれど、また次が欲しくなっちゃう。クルマは他のコレクションアイテムみたいに部屋に置けないし、場所があっても置いておくだけだと壊れちゃう。

ただ、自分の人生で手放したのを本当に後悔しているクルマはありますよ。2台のフェラーリと1台のポルシェです。

最初にフェラーリを買ったのは、確か35歳くらいの時。当時はバブルで景気が良かったですからね。328と348を乗り継ぎました。同じ時期にライバルのホンダNSXも買いましたが、全く違いました。

変な言い方ですが、フェラーリは「堅気」じゃないんです。一線を踏み外している。その点、NSXは「堅気」のクルマでした。例えば、運転席に乗って外を見た時に何も感じないクルマが堅気だとすれば、乗っているだけで「申し訳ありません。ちょっと楽しんじゃってます」と謝りたくなるのが、堅気じゃないクルマ。この時代のフェラーリは今、程度がいいと1500万から2千万円くらいの値段がつくらしい。持っていればよかった(涙)。

ポルシェにも何台か乗りましたが、「今も持っていたら」と思うのは911です。ドイツ車らしく造りがよくて、アウトバーンを速く移動できるポルシェを「究極の実用車」と表現する人もいますが、私に言わせればポルシェ911も堅気のふりをしているクルマ。リアエンジンの後輪駆動で、当時はエンジンも空冷、運転は簡単じゃありません。ロクなもんじゃない(笑)。

堅気じゃないクルマって、要するに世の中的には「いらないもの」なんですよね。ただ、そういうクルマはいつかクルマ史を象徴するヒストリックカーになって「昔は俺も乗ってたんだ」と自慢できます。値段がどうとか転売したら儲かるではなく、「歴史の一ページを自分で体験した」という満足感が一生残るんです。

思い出は人それぞれですから、フェラーリやポルシェを皆さんに薦めているわけではありません。ただ、一生…とは言わなくても長く乗りたいなら、最近のハイブリッド車や直噴エンジン車は注意が必要です! 最新のクルマはどれもコンピューターの塊ですから、古くなって部品がなくなると、どうしようもなくなる可能性が高い。

フェラーリ328。1985年から89年に生産。発売された当時、日本はバブルに沸いていて輸入台数も少なくなかったものの、近頃は値段が高騰中

MIRAIでラリーするなんて世界初のバカ

昨年のWRCラリードイツの前走車を務めた国沢さんのミライ。おそらく世界初の燃料電池ラリーカーで、ミライをここまで改造した例は現在も世界唯一だろう

長く乗るために買うなら、昔のキャブレターか機械式燃料噴射装置を使ったエンジンを積む古いクルマがいいでしょう。そういうクルマなら、業界で巨匠とか師匠とか呼ばれるマイスターを見つければ、どんな部品でも製作してくれたり、他の部品を流用したりして、どうにでも間に合わせてくれます。

あとは、どんなクルマでもいいから「イジり倒す」という手もあります。クルマをイジって付き合いが深くなると、どんどん愛着が出てきます。いろんな苦労をしてクルマと付き合っていくので、年を取ってから「あの時はこうだった」とか「俺って、こんなことやってたんだ」と濃い思い出が残りますから。

かく言う僕も、トヨタのMIRAIを買ってすぐにラリー車にしちゃいました(笑)。この経験は死ぬまで心に残るはずです。世界初の市販燃料電池車であるMIRAIは、今後の自動車史で語り継がれる存在です。それを買ってすぐにイジったものだから、周囲からは「バカか!?」と言われました。

でも、MIRAIでラリーするなんて世界初のバカですから、世界ラリー選手権(WRC)でスタートセレモニーに出させてもらえたんです。しかも、先頭で!

WRCで日本人ドライバーが日本車に乗って先頭を走ったのは史上初だと思います。WRCのスタート台に立った瞬間には本当に死んでもいいや…と思いました。だって、WRCのお立ち台に上がるなんて、クルマ好きにとっては夢のまた夢の話です。BBC(英国放送協会)の『トップギア』が取材に来るなど、日本より海外でニュースになっていました。

お金がかかったんじゃないかと言われますが、MIRAIは本体価格で723万6千円、購入時に約300万円の補助金が出たので実質450万円以下になります。ラリー車にするのに300万円くらいかかりましたから「行って来い」ですが、750万円といったら新車のベンツEクラス程度。

普通のベンツ1台分の費用で、世界初のクルマに乗って、イジり倒して、WRCを走って…と考えたら、新車で2千万円以上するフェラーリと比べても、後に残るものははるかに大きい! 一生後悔しませんよ!!

●発売中の『週刊プレイボーイ』7号では大特集「買って死ぬまで一生後悔しないクルマ」では他にも横山剣氏や伊藤かずえさんなど著名な車マニアが愛を語っているのでお読みください!

取材・文/川喜田研 佐野弘宗 撮影/村上宗一郎)