キハ28の前に立つ鳥塚社長。ヘッドマークは数種類あり、この日は急行「犬吠」。かつて東京から銚子を走った列車の愛称だ

サラリーマンをしながら鉄道DVDの製作をしていたひとりの鉄道ファンが、乗客減少に悩むローカル鉄道会社の社長にいきなり転職! 

その人こそが、ファン目線を生かしたアイデアで観光鉄道としてよみがえらせた、『いすみ鉄道』公募社長・鳥塚亮だ。

―もともと外資系航空会社の社員だったそうですが、いきなり社長になった経緯は?

鳥塚 新聞で社長を公募しているのを知って、家内に相談したら、好きなことをやったらと。面接では、副業で鉄道のDVDを作っているので全国のローカル線を知り尽くしていること、あと、ここは可能性があるので、廃止すべきじゃないと話しました。

―鉄道好きになったきっかけは?

鳥塚 物心ついた頃に新幹線が開業して、大人になったら新幹線の運転士になろうと。小4で先生から時刻表の存在を教えられて夢中になり。小6の時、お小遣いで大きな時刻表を買いました。見てるうちに東京、新橋、川崎と、鹿児島まで全駅覚えました。

―09年6月に社長に就任して最初にやったことは?

鳥塚 まず、10月にムーミン列車を走らせました。車体にムーミンのシールを貼り、女性をターゲットに“お花畑を走るかわいい鉄道”という非日常を味わってもらおうと。

―鉄道マニア向けじゃなかったんですね。

鳥塚 いきなりマニア向けのビジネスを始めたら、なんだと思われます。結果、定期券以外の切符を買って乗ってくれるお客さんが10%増えました。

―11年にはJR西日本からキハ52を購入して、マニアの間で話題になりました。

鳥塚 JRから引退する情報を聞いて譲ってほしいと話したら、「それは個人として言ってるのか、社長として言ってるのか」と。個人と答えたらダメだったらしく、鉄道会社の社長でよかったなと(笑)。

―1960年代デビューの古い車両。社内の反応は?

鳥塚 最初、鉄道部長は反対しました。メンテナンスが大変だし、運転も難しいと。車でたとえるならオートマ限定の人が、昔のマニュアル車を運転するようなもの。でもラッキーだったのは、JRからウチに出向している運転士が過去に運転したことがあったんです。

誰でも700万円で運転士になれる

1960年代にデビューしたキハ52(左)と、昨年デビューしたキハ20(右)。外見はそっくりだが、キハ20 の車内はバリアフリー対応トイレなど最新設備でファンをおもてなし

―訓練費用700万円を自己負担すれば運転士になれるという施策も話題に。確かにファンの夢ですが、700万円はなかなかだなと。

鳥塚 別に珍しいことじゃなく、医者や弁護士が最初にお金と時間をかけ資格を取るのと同じです。実は1期生4人のうち半分は鉄道マニアじゃなかったんです。理由を聞いたら、60歳で定年になっても年金はもらえず、店をやるにもお金がかかる。いすみ鉄道なら700万円で資格が取れて、健康ならずっと働けると。

―なるほど、セカンドキャリアとして鉄道の運転士に!

鳥塚 車のA級ライセンスを持っている人もいますよ。車や船や飛行機は自分で免許が取れるが、鉄道は取れないからと。だから、これは700万円で運転士になれるという“商品”なんです。数千万円の外車を売る店が、年に何台か売れればやっていけるように、うちも買ってくれる人が4人いればいい。ブランド商売なんです。

―発想の転換ですね。

鳥塚 ローカル線はブランド化できます。商品が少なく、1時間に1本しか走らず、1両で50席。しかも、わざわざ買いに行く必要がある。今までのローカル線は「お願いですから乗りに来てください」という商売でしたが、価値がわかる人には売ることもできる。

―昨年デビューしたキハ20は、旧車のキハ52にそっくりで話題になっています。

鳥塚 新車の発注先が、かつてキハ52を造った会社なので、似たデザインにしてくれと交渉しました。国の補助金で造るから完全には自由にはできないけど、座席の色も昔と似たものを選び、塗装も同じように。性能は今風で、外観は昔のまま。鉄道雑誌の表紙にもなりました。

―地元の伊勢エビが食べられる列車「レストラン・キハ」も人気です。

鳥塚 近頃、“鉄道食文化”が話題ですが、やるなら本格的に、お皿に乗ったものをと。お酒もグラスでと。肥薩(ひさつ)おれんじ鉄道が始めたレストラン列車も視察に行き、試行錯誤しながら、2年前に定期列車にしました。

公募社長はあくまで助っ人

レストラン・キハで提供されるイタリアンのコース料理(ひとり1万6千円)の一例。前菜から地元の食材がふんだんに使用されている

―最近、いすみ鉄道はTVや雑誌でよく紹介されています。経営状態は?

鳥塚 災害や踏切事故など、不確定要素が起きた年は運休もあって赤字ですけど、何もなく順調にいけば、トントンか黒字。少子化で地元客は減ってますが、土日に観光列車を走らせて、その利益で地域の足を維持しています。

―社長をやって楽しいなと思うことは?

鳥塚 会社に来れば鉄道がある。みんなが見たいキハが走っている。普通はできないことをさせてもらっています。

―逆に、つらいことは?

鳥塚 お金の算段ですね。交際費や全国を飛び回る交通費は自腹です。

―辞めたいと思うことは?

鳥塚 そもそも公募社長は助っ人なので、いつかは地域に返さなきゃいけない。「あの会社は今は社長でもってるが、辞めたら終わり」と言う人もいますけど、公共交通機関は社長が辞めたぐらいで終われない。ちゃんとした仕組みをつくるのも私の仕事です。今は運転士も一人前。古いキハのメンテナンスもできるし、新型車両やレストランも人気。システムとして完成形になったなと。

―社長として、まだやれてないことは?

鳥塚 ありますが、それには会社の形態を変えないといけない。今の第三セクターではなく、外部の企業の資本を入れたい。年間1億円をカバーしてもらえたらいいんですが。宣伝費と考えてもらえれば決して高くないと思う。そうなったら新しい車両が造れるかもしれない。でも、それをこの地域が望んでいるかという話はありますけども。

―では、ひとりの鉄道マニアとしてやりたいことは?

鳥塚 JR北海道で開発していたDMVをやりたいです。

―線路と道路、どちらも走れるバスですよね。

鳥塚 定員が少ないし、実用性はないけど、乗りたいと思う人は多いですよ。運転には気動車と大型2種の免許が必要だけど、ウチはどちらも持ってる職員がいる。山奥の廃校に線路を敷いて、DMVで行く房総半島ツアー。値段が倍でも満員になりますよ!

(取材・文・撮影/関根弘康)

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