事故物件サイトを運営する大島てる氏(左)と作家・原田ひ香氏(右)

前居住者がなんらかの原因で死亡した経歴のある物件は近年「事故物件」と呼ばれるようになっている。

作家・原田ひ香の最新刊『失踪.com 東京ロンダリング』は、そんな事故物件に関わる大家、不動産業者、住人など様々な人々の物語からなるオムニバス小説。読み進めるうちに各編が複雑にからみ合い、やがて大都市東京の多様な問題が浮き彫りになっていく――。

そこで、実際に事故物件の情報を収集・提供するサイトを運営する大島てる氏との対談が実現。事故物件の裏に潜む問題とは?

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■事故物件公示サイトの意義

原田 大島さんがインターネット上に事故物件公示サイト「大島てる」を開設されたのはいつですか。

大島 2005年9月ですから、もう11年になります。

原田 地図上にところどころ炎のマークがあって、そこが「事故物件」を表しているわけですよね。

大島 実際に自殺や事件などのあった物件をマッピングして、住所、事故の発生した日付、事故の内容、写真を掲載しています。開設当初は東京23区内だけでしたが、現在は日本全国のみならず海外の一部も掲載しています。

原田 事故物件はどうやって調べるのですか。

大島 始めた頃はそれこそ図書館で過去の新聞を調べたりしていましたが、現在は投稿による情報提供がもとになっています。それを精査して情報の精度を高めていくのです。

原田 そもそもどうしてこのようなサイトを始めようと思われたのでしょう。

大島 家業が不動産業で、土地を購入してアパートやマンションを建てたり、ビルを買ってテナントを集めて家賃をいただくという大家、地主側の仕事をしていました。そこで、自分たちが物件を購入する時に事故物件をつかまされたくないという思いから、自分自身のために情報収集を始めたのがきっかけです。

原田 私が前作『東京ロンダリング』を出した2011年頃は「事故物件」という言葉自体があまり一般的ではなかったように思います。私自身、大島さんのサイトも存じ上げませんでした。小説を書いてから、大島さんがテレビに出演されたりするなどご活躍されて、「事故物件」という言葉が世間に認知されてきました。大島さんのサイトでも『東京ロンダリング』をご紹介いただいていますね。

大島 事故物件のことを書いた小説があると教えてもらったので掲載させていただきました。読ませていただいて、もちろん実際とは異なる部分もありますが、とてもよくできているなと感じました。

『失踪.com 東京ロンダリング』の作者・原田ひ香氏

事故物件の告知期間は具体的には定められていない

事故物件の情報を収集・提供するサイトを運営する大島てる氏

原田 あの小説を書いた時、新聞社などから事故物件についての取材を受けたのですが、私自身は手探りしながら全くのフィクションとして書いたのです。『東京ロンダリング』では、自殺や事件などで人が死んだ部屋、つまり事故物件に誰かが1ヵ月住んで「ロンダリング」すれば、不動産業者がその次の新しい店子に人が死んだ部屋であることを伝えなくて済むという設定にしました。でも、小説で書いたのと同じように、実際に事故物件に短期間住んで「浄化」する仕事をされている方がいるのですよね。

大島 いらっしゃいますね。ただ、私の立場から言うと、1ヵ月住んだらそれでもう大家や不動産業者に、入居者に対する告知義務はないということにはならないのです。事故物件の告知期間は具体的には定められていません。それから賃貸物件の場合、「事故・事件後の最初の入居者に対してのみ告知する」ということが業界の標準となりつつありますが、これも法令上そう定められているわけではなく、過去にそういった裁判例があったからなのです。でも、原田さんの小説の設定はフィクションとして、とてもうまく書けていて驚きました。

原田 普段、私たちはあまり気にしていませんが、大家と不動産業者は違うのですよね。

大島 一番の違いは免許事業者かどうかということです。例えば大家というのは、もちろん悪いことをしたら捕まりますし、裁判を起こされたら賠償金を払わされたりしますけど、それで大家をやめさせられたり、物件を没収されたりということにはならないのです。一方、不動産業者は免許事業者ですから、法令に背くと国土交通大臣や都道府県知事から免許を取り消され、業務停止になってしまう。いわば、不動産業者は大家の代わりに法律の矢面に立つ立場なのです。

原田 そうすると例えば、大家が事故物件のことを黙っていたら、借りる側はもとより仲介する不動産業者もわからないということですよね。

大島 私が事故物件について常々「本当に怖いのは幽霊とか心霊現象ではなく人間」と言っているのはそういうことです。事故物件を隠蔽(いんぺい)してしまう悪徳大家が一番怖い。中には、掃除もせずにそのまま貸しているところもあるのです。その意味でも、公示サイトの意義はあると考えています。

原田 大島さんの本で拝見したのですが、何度も自殺者が出たり、事件が繰り返されてしまう物件というものがありますよね。大島さんはそういう物件について、霊が憑(つ)いているとかではなくて間取りとかレイアウトのような構造的なものに問題があるのではないかと書かれています。私はその書き方にとても好感を抱きました。借りる側の不安をいたずらに煽(あお)るのではなく、事故物件を現実的な問題として扱っている。

大島 事故物件の値下げも法令で定められているわけではないのですが、なぜ実際になされるかというと、事故物件であることを正直に告げたら、実際には値下げせざるを得ないからです。逆に、値下げをしないということは正直に言わないということ。このあたりの事情は、借りる側の経済的なメリットと心理的なデメリットのバランスとも関わってきます。つまり、そういう物件でも安いなら借りたいという人もいるわけです。しかし、やはり大多数の人は嫌がるわけですし、ましてや知らずに住んでいたとなったら問題です。

原田 情報を隠されて知らずに住み続けていたとしたら、本当に怖ろしいですね。

大島 よく言われるのは、こんなことを気にするのは日本人ぐらいだということです。確かに事故物件公示サイトなんていうのは、シリアとか北朝鮮だったら成り立たないですし、日本でも戦時中のような危機的状況だったら必要がない。でも、現代において知らないで不動産業者がワケあり物件をつかまされたり、一般の方が事故物件に入居するというのはあってはならない。そういう思いもあってサイトを始めました。原田さんの小説でも、事故物件を単なる恐ろしいものとしてではなく、現実的な事情も含めて丁寧に描いているなと感じました。

(構成/八木寧子 撮影/露木聡子)

続編⇒『『東京ロンダリング』がさらに深化…“事故物件”をめぐる人々の生き様とは』

■『失踪.com 東京ロンダリング』 原田ひ香著・集英社刊(9月5日発売・本体1,700円+税)

原田ひ香(はらだ・ひか)/作家1970年、神奈川県生まれ。シナリオライターとして活動後、2007年に『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『ミチルさん、今日も上機嫌』『三人屋』『復讐屋成海慶介の事件簿』『虫たちの家』等。

大島てる(おおしま・てる)/株式会社大島てる代表取締役会長1978年生まれ。2005年、事故物件公示サイト「大島てる」を開設。関連書籍に『事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件』『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』等。事故物件公示サイト「大島てる」をチェック http://www.oshimaland.co.jp/