前居住者がなんらかの原因で死亡した経歴のある物件は近年「事故物件」と呼ばれるようになっている。
作家・原田ひ香の最新刊『失踪.com 東京ロンダリング』は、そんな事故物件に関わる大家、不動産業者、住人など様々な人々の物語からなるオムニバス小説。読み進めるうちに各編が複雑にからみ合い、やがて大都市東京の多様な問題が浮き彫りになっていく――。
そこで、実際に事故物件の情報を収集・提供するサイトを運営する大島てる氏との対談が実現。前編記事(本当に怖いのは人間? 「事故物件」が見せる東京の裏側)に続き、事故物件の裏に潜むこの社会の暗部について語ってもらった。
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原田 普段、小説はお読みになりますか。
大島 ほとんど読みません。仕事上、不動産取引における心理的瑕疵(かし/買主・借主にとって心理的になんらかの欠陥・欠点を有すること)の裁判例についての本などを読むほか、小説だと三島由紀夫の『宴のあと』など、のちに裁判になったものは読みました。でも、原田さんの『失踪.com 東京ロンダリング』は『東京ロンダリング』よりさらにパワーアップされていて、凄いなと思いました。
原田 実は『失踪.com 東京ロンダリング』は、『東京ロンダリング』の続編という意識ではなく、物語としては全く新しいものとして書いたんです。確かに、同じ不動産ロンダリング業がテーマですし、前作に登場した人物も出てきます。ですから、あわせて読んでいただければもちろん嬉しいですけど、今作だけでも楽しんでいただけると思っています。
大島 前作でいえば、当時、事故物件という言葉自体は業界用語としてはあったのですが、それとロンダリングは絶対にリンクしないだろうなという時代だったので、そういう意味では今作のほうがより実感としてわかるようにも思います。それと、普通の物件も仲介しながらロンダリング業を斡旋(あっせん)する相場不動産の社長は、結構、物語の要(かなめ)となる人物ですよね。すごくリアルに描かれていますが、お知り合いに不動産業者の方がいるのですか?
原田 いいえ。取材も全くしていないんです。私自身、独身の時、1回だけ部屋を借りたことがあるのですが、いわゆるチェーンの不動産屋さんで社員も若い人ばかりだったんです。ですから、相場不動産については全くの創作です。
大島 前作より、さらに相場不動産が前面に出てきますよね。
原田 前作は主人公・りさ子の再生の物語になっていますが、今回はもっとロンダリングそのものというか、不動産をめぐる社会的な要素を前面に出しました。地方出身の女性とか、生活保護を受ける人物を登場させたのもその意図です。
大島 東京が舞台になっているというのも実感としてとてもよくわかります。私も東京の人間なので、同じ都会でも例えば大阪とか名古屋が舞台だったらピンとこなかっただろうなと思います。あとは大手不動産による丸の内の大規模開発のような話も、地方だとまずないですよね。大体、地方はそもそも人の入れ替わりがあまりないですから、こういう賃貸物件も少ないです。そういう東京の一面を切り取ってみせたというのはやはり作家の手腕だなと思いました。
事故物件がもう一度、事故物件化する
原田 私自身は東京だけじゃなくて、北海道や大阪、海外ではシンガポールに住んだこともあるのですけど、やはり東京というところは都市として珍しい土地だと感じるんです。ごちゃごちゃといろんな小さな物件があって、たくさんの人が住んでいながら、街としてきちんと栄えているというのが独特だなと。
大島 東京に住んでいる人同士の距離感みたいなものもすごくよく描かれていますよね。それに、人口が多いからこそロンダリングのような職業も成り立つと納得させられます。他にも、家賃値下げ交渉の会社とか、失踪者を捜す仕事とか。そういうニッチな職業が実際に成り立っている。あと、私が個人的に興味を持ったのは、失踪者に支持されていた自己啓発本を書いた人物。あの人物はどうして登場させようと思ったのですか。
原田 元々、ビジネス書などはよく読むんですけど、自己啓発本というものはあまりに都合がよくて現実離れしているようでいて、なるほどと思わせる部分もある。やはり、人を動かす力があるんですよね。
大島 本当にそうだと思います。考え方とか言葉で人を動かす影響力があります。物語では、この人物は黒幕というか、ちょっと大きな力が背後に関わってきますよね。そういった大きな力に多くの人が巻き込まれるという設定も、東京という都会だから成り立つと言える。それから、小説の中でもオリンピックの開催を控えた東京の世相が描かれていますが、今後は少子高齢化もさらに進むし、来日する外国人とか移民の問題も出てくると思うんです。ですから、事故物件をめぐる状況も変わってくる。
原田 それは絶対にありますよね。例えば、家賃が下がると借りる層が変わってくるというのは現実としてあるんですよね。
大島 事故物件がもう一度、事故物件化するということがあるんですけど、一番の理由はそこだと考えます。別に統計があるわけではないのですけど、一度物件の価値が下がると絶対にそこから戻れない。それは今後、もっと大きな問題になると思います。
原田 小説の中に登場させた場所について、専門家から見て違和感のようなものはありませんでしたか。
大島 丸の内から高円寺まで移動するところ、実際はもう少しかかるんじゃないかとも思いました(笑)。でも、物語に登場する場所は、杉並も谷根千のほうも、あるいは丸の内もそうですけどとても馴染みがあるので実感を持って読みました。
原田 杉並のあたりには実際に住んでいたことがあるんです。最初の舞台である高円寺は、下積みの芸人さんとかがよく住んでいて、なんとなく物語の舞台として受け入れてもらえるようなイメージがありました。あと、丸の内は以前勤めていた時面白い雰囲気の場所だなと思っていたんです。
大島 それにしても、一見、重い題材なのに話としては希望に向けて書かれているのは原田さんの力量だなと思いました。
原田 今回、大島さんの本などを読ませていただいて、現実と比べたら私の小説はメルヘンの世界かもしれないと思いました。ただ、離婚して仕事も住むところも失った女性を主人公にした前作より、今回はもっと外の世界というか、事故物件をめぐる様々な人たちの生き方を描きたかったのです。
幽霊より家賃のほうが怖い
大島 相場社長の言葉に、ロンダリングというのは都会のとまり木じゃないかというのが出てきますよね。私はそこに原田さんのメッセージが込められているのではないかと感じたのですが。
原田 なんだかんだ言って、東京の家賃って高いんです。若い人だと、家賃のために働いて精神的にも追い込まれるということもある。そんな時に、事故物件に住んだら家賃の心配がなくなったという話をどこかで聞いたんです。大島さんは幽霊より人間が怖いとおっしゃいましたが、幽霊より家賃のほうが怖いというのも非常に現実的な話です。それも東京という都会ならではの問題ですし、そういう社会的、経済的、あるいは時代的なテーマを物語にするのが私は好きなんです。
大島 とまり木もそうですけど、ロンダリングをする人たちを「影」と呼ぶのもユニークですね。私は一瞬、本当にそう呼ばれているのに自分が知らなかっただけかと焦りました。
原田 私が名付けたんです。「ロンダリングする人たち」と書くと、とても長いので(笑)。
大島 あとは、家自体が主役のようなところもあって、間取りとか部屋の向きとか駅から何分といったようなこともとても詳しく書かれていて、職業柄興味深く読ませていただきました。これまで、こういう形で事故物件を題材にした小説はほとんどなかったように思います。
原田 この小説をとある放送局の人に読んでもらったんですけど、ドラマ化は難しいと言われて、ああやっぱりと思いました。
大島 紙媒体に比べて、TVやラジオといった電波にこういったテーマを取り上げるのは、やはり厳しいところはありますよね。ただ、私は映像化された『失踪.com 東京ロンダリング』も是非観てみたいと思いました。
(構成/八木寧子 撮影/露木聡子)
■『失踪.com 東京ロンダリング』 原田ひ香著・集英社刊(9月5日発売・本体1,700円+税)
●原田ひ香(はらだ・ひか)/作家 1970年、神奈川県生まれ。シナリオライターとして活動後、2007年に『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『ミチルさん、今日も上機嫌』『三人屋』『復讐屋成海慶介の事件簿』『虫たちの家』等。
●大島てる(おおしま・てる)/株式会社大島てる代表取締役会長 1978年生まれ。2005年、事故物件公示サイト「大島てる」を開設。関連書籍に『事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件』『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』等。 事故物件公示サイト「大島てる」をチェック http://www.oshimaland.co.jp/