2010年には-93.2度と、観測史上最低気温を更新した極寒の地・南極大陸。まさに秘境とも呼べるこの地だが、まさかの観光本が登場。それが『南極大陸 完全旅行ガイド』だ。
刊行したのは「地球の歩き方」でお馴染みのダイヤモンド・ビッグ社。本書には南極への行き方や旅の仕方、そしてツアーレポートまで詳細に書かれ、ガイドブックとして充実の内容。おおよそ観光とは無縁そうな南極大陸だが、確かに旅行できることがわかる。
とはいえ、南極を観光するなんて、ごくごく一部のセレブか冒険野郎しかいないはずでは…。一体、なぜそんな本を作ったのか?
「元々、うちは1979年に『地球の歩き方』を創刊したんですけど、当時の創設者に地球上のすべての地理編成を見てみたいっていう思いがあったらしくてですね、人が行かないような所を見て回ろうという文化が脈々とあるんですよ」
というのは本書の担当者で「地球の歩き方」編集部プロデューサーの森本久嗣氏だ。1981年当時、まだ日本人の渡航者がほとんどいなかったインドもシリーズ3冊目の「地球の歩き方」として発行していたそう。
実は、世界的な南極の旅行ブームは2007年の約4万3千人がピークだった。しかし、その後、世界規模での景気減退、特に新興国の経済停滞もあり、じわじわと低迷し昨年の渡航者数は約3万5千人に。さらに、オーストラリアやニュージーランドからの渡航ルートも今ではなくなってしまった。
「渡航者数は気にせず、未知のところにも行こうというノリがある」社風だが、人気に陰りが見える中、刊行したのにはふたつの理由があると森本氏は説明する。
「ひとつはここ2,3年続く絶景ブームですね。秘境や絶景の先に何があるんだろうってなった時に、いわゆる極地、とても人がいけないようなところでも実はいけるんだよっていうことを紹介するタイミングになったのではないかというところですね」
2014年には流行語大賞にノミネートされるほど人気となった「絶景」。今では“日本のマチュピチュ”なんて場所まで登場し、世界各地で数々の絶景スポットが紹介されている。
「そして、もうひとつが価格ですね。渡航者が増えるにつれ、クルーズ船も綺麗にアップグレードされていくんですが、その分、人が埋まらなかった時に安い料金の船が出るようになったんですよ。ツアー自体は200万円から70万円ほどで、それに航空代30万円でトータルでは最低100万円ほどです。さらに集客状況によってはツアー代が40万円ほどになることもあります」
つまり、絶景ブームと低価格というふたつの現象が相まって、行きたくなる=ガイド本が必要になる環境が整ったというわけだ。
南極は新婚旅行にもオススメ?
南極に上陸するには事前に南極環境保護法に基づく環境省への許可が必須。また、日本から行くには最低2週間の旅行期間が必要だが、それでも年間1千人ほどの日本人が南極ツアーに参加している。
「旅行者は本当に多種多様で、長期になるのでリタイアしたご高齢の方も多いですが、新婚旅行で行ったりする人や単独の方もいるそうです。やっぱりインパクトが違いますよね、いろいろな意味で。実際に取材陣も言っていましたが、パワーを感じるというか、普通の場所とは格が違う。それに、こんなところに自分が来れるんだっていう満足感、達成感も違う。そういう意味では1度は行ってほしいですね」
そう薦(すす)める森本氏だが、本を作るにあたって不安もあったそう。今回の本は黄色い表紙で文庫サイズの「ガイドブック」シリーズではなく、写真がふんだんに使われた「GEM STONE」(ジェムストーン)シリーズ。ガイド本としての役割は果たしつつも、画(え)として見せるモノだ。
「行く前に思ったのが、氷とペンギンしかないだろうと…。実際そうなんですけど、どうしてもペンギンの写真が多くなってしまうので、逆にそれをより美しく見せたり、デザインとか写真の面白みとかに気を遣って作らなければならないなと。ひとつひとつ見たらわかるんですけど写真にストーリーを持たせたりしてるんですよ」
ただ、実際に刊行されると「ガイドブック」シリーズで出して欲しかったという声も。
「もちろん、そういう意見があるのも知っています。ただ難しいんですよね、最初の魅力を知ってもらうには。10年後、20年後、充実してくればそれはすごく面白いし、そういう本を出したいとは思っています。実際、クロアチアなんかは『GEM STONE』シリーズで出した前後で火が付いて、『ガイドブック』シリーズにアップグレードされましたから」
南極の観光シーズンは夏季にあたる11月から3月までだ。「個人的な思いですが、子供も楽しめて、実用的なところまで大事に現実感のあるものにしたかった」という、森本氏が手がけた本書を見て、今から南極旅行の準備を始めては?
(取材・文/鯨井隆正)