「両替は大統領選が終わるまで待て」
米大統領選前、トランプ氏の逆転説が浮上してきた頃から、ここメキシコでは日本人旅人たちの間で「メキシコペソ下落」が噂されていた。
それにしても、ニューヨークではあんなに街中でトランプグッズや落書きを見かけたのに、メキシコシティーではそれに関連するものは一切見あたらない。
唯一、目にしたのは、安宿の壁に誰かが貼ったダーツの的となったトランプ氏の顔写真くらいだった…。
そもそも11月頭のメキシカンたちは、連日連夜盛り上がる「死者の日」(メキシコ版お盆)の最中で、それどころではない。
「死者の日」の本場と言われるオアハカまで長距離バスで7時間かけて訪れると、そこにはやはりトランプではなく、ガイコツがあふれていた。
気持ちの良い青空の下、コロニアル建築が並ぶ歴史地区では音楽隊が演奏しながら街を練り歩く。なんか聞いたことある曲だと思ったら、影山ヒロノブもビックリの『ドラゴンボールZ』の曲! まさかメキシコの伝統行事を日本のアニメ音楽が盛り上げているなんて、なんだかワクワクすっぞ♪ 炎天下もヘッチャラ!
夜になると、人々はホホ村の墓地や近くのパンテオンジェネラル(集団墓地)にお墓参りへ向かった。ロウソクやお花で飾られたド派手なお墓を囲んで座り込み、故人を偲(しの)ぶ。
毒々しい血みどろ色の飲み物を手にしていたので、何を飲んでいるのか尋ねると「ミチェラーダ(ビールにソースやスパイスを混ぜたお酒)よ!」だって。
「え? お墓でお酒OKなん?」
メキシコでは路上など公共の場でお酒を飲んではいけないのに、まさかの神聖なる墓場でガイコツの仮装した人々が酒盛りをしている…。なんて、不思議な光景なんだろうか。
また、メスカルというアガベ(竜舌蘭[りゅうぜつらん])を原材料にしたアルコール度数の強いお酒を瓶ごと持って、テキーラのように振る舞っている人もいた。墓地の周りにはビール売り、タコスやハンバーガーなどの屋台、移動遊園地が設けられ、お祭り騒ぎは夜遅くまで続いた。
トランプ勝利でペソが過去最安値に…
そんなメキシコの一大イベントが終わると、私は南東部にあるカンクンへ移動した。
そして迎えた11月9日は米大統領選の開票日ーー。
トランプ氏が勝利すると、旅人たちの両替に関しての希望的観測は的中(?)し、外国為替市場ではメキシコペソは1ドル=20ペソ台まで急落し、過去最安値を更新した。
私たち旅人が「円高ドル安」の時に手に入れた米ドルを「ドル高ペソ安」になった今、両替したら、千円以上だった安宿にも850円程度で泊まれる生活に。最安値のタコスはたったの約30円で食べれるんだから、エンゲル係数も抑えられることになった。
「メキシコはもともと物価が安いのにさらに安くなったぞ」
旅人の立場だと、つい単純に「お得」にあやかりがちだが、メキシコ経済にとっては深刻な問題なのだ。
トランプ氏はメキシコとの国境に巨大な壁をつくるとか、メキシコの不法移民は麻薬や犯罪を持ち込んでいる、さらにはレイプ犯とまで暴言を吐いていたけれども、メキシコ人たちはどう思っているのだろうか…。
ちょうどその頃、ニューヨークにいる友人からは「タイムズスクエアの大型ビジョンがヒラリーとトランプで埋め尽くされてるよ!」と連絡があった。
全米各地では「NOT MY PREZ!(大統領とは認めない)」という声が上がり、デモが起きている。また、全米最多の移民を抱えるカリフォルニア州では12日、中南米出身の移民ら1万人以上が集まり、移民排斥を掲げるトランプ氏に抗議したそうな。
アメリカに住む移民たちにとって、国境に壁ができることはかなり重大な問題として騒がれているのだが…こちらメキシコはというと、ペソ下落以外は目に見える変化は何もなく、街中の人々ものんびり~。
トランプ氏は公約通り「アメリカとメキシコとの国境に壁を作る」考えを改めて公言し、着々と実現に向かおうとしているが、カンクンに住む50~60代のメキシコ人のオジちゃんは「壁なんてできっこないさ!」と笑い飛ばしていた。
メキシコ人はトランプにあまり関心ない?
旅友の知人であるメキシコ人男性と日本人女性の夫婦に聞いてみると、旦那もそのことは特に気にしていないらしく、それより「明日カンクンからメキシコシティーに出張なんだけど、コワイな~」と国内の治安のほうが気になっているようだった。
(メキシコ人でも怖いなんて、ほんと私はメキシコシティーで無事に過ごせて良かったよ。ホッ。)
それから、カンクンにはスペインの安宿で友達になった20代メキシコ男性のウリちゃんがいたので再会すると、彼も「トランプ? 別にあんまり気にしてない」と興味なさげだった。
メキシコは国土が日本の5倍もある大きな国だし、地域によっても反応は違うのかもしれないけれど、私が接したメキシコ人たちは米大統領選にあまり関心がなかったり、危機感を感じていないようだった。
しかし唯一、その友達のガールフレンド(米国アパレルブランドで働く30代メキシコ人女性)だけが悲しそうにこう言った。
「とってもガッカリ。ムチョペンデホー!!」
え? ペンパイナポー??
思わずピコ太郎のメキシコバージョンかと思ったけれど、そうではなくて「ペンデホ」とはスペイン語のスラングで「バカヤロウ」的な意味らしい(直訳すると「ケツ〇穴」だそう。ご使用の際は要注意)。
私は彼女にもっとトランプ氏についての意見を聞いてみたかったのだが、英語が片言の者同士では限界があり、いつのまにか中南米スラング講座となっていた。
女子だけですっかりおしゃべりに夢中になっていたら、その隙にウリちゃんが私の飲みかけのミチェラーダにサルサソースをドバドバ入れていた!
ちょっ! 入れすぎでしょ! ムチョ、ペンデホー!!
【This week’s BLUE】 世界遺産「オアハカ歴史地区」の中心にある「サント・ドミンゴ寺院」。死者の日の夜はプロジェクションマッピングも行なわれた。 ●旅人マリーシャ 平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、SサイズモデルとしてTVやwebなどで活動中。バックパックを背負う小さな世界旅行者。オフィシャルブログもチェック! http://ameblo.jp/marysha/ Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】