ロシア側が持ち出したシベリア鉄道と日本の直通計画。その背景にあるものは? 実現の可能性は?
本誌鉄道記者が結構、マジメに検証してみた。
■鉄オタの憧れシベリア鉄道!
10月3日、日本の鉄オタたちが色めき立った。プーチン大統領来日を控えるロシアが日本に求める経済協力のひとつに「シベリア鉄道の日本直通化」を入れていることが明らかになったのだ!
シベリアと樺太を隔てる間宮海峡(7km)には鉄橋を渡し、樺太のなかはすでにある線路を走る。そして樺太と稚内を隔てる宗谷海峡(42km)は、海底トンネルを造ってつなぐ計画だ。
実はもともと、樺太の鉄道は明治末期、日本が統治していた頃に敷設が始まり、当時の鉄道省(後の国鉄)は終戦まで稚内から樺太への「稚泊(ちはく)連絡船」を運航していた。
そして今、その海底に走らせようとしている「宗谷海峡トンネル」は、青森と函館をつなぐ青函トンネル(53km)より約10kmも短く、水深も浅いため、工事はさほど難しくないといわれる。
* * *
シベリア鉄道は、今から100年前に全線開通した、ユーラシア大陸を横断する全長9297kmの鉄道。そこで1日おきに運転される「ロシア号」は、日本海に面したウラジオストクと首都モスクワを7日間で結ぶ、世界中の鉄道マニアが憧れる列車だ。
そんなシベリア鉄道に1993年と2004年の2回乗っている、鉄道写真家の櫻井寛氏に聞いた。
「まずシャワーがありません。現代人が1週間体を洗えないのはツラい。そしてトイレにトイレットペーパーがない。駅で写真を撮っていると警察官に捕まることもあります。ロシアはビザが必要で、事前に旅程を届け出なければならないので、ぶらり途中下車はできません」
なかなかハードなようだ。旅の楽しみである食事は?
「食堂車はあるのですが、売り切れが多い。そして出るパンがだんだん硬く酸っぱくなってくる(苦笑)。だから食事は途中の駅で購入することになる。各車両にストーブがあって、お湯はタダなのでカップラーメンが人気。旅慣れた人になると生肉を買って、ストーブで煮たり焼いたりしてますよ。まあそれをやるには車掌にチップが必要みたいですけど」
シベリア鉄道が運んでいるのは貨物
ツンドラ地帯をひたすら走り、車窓は似た景色が続く。
「だんだん日付の感覚がおかしくなってきます(笑)。ウラジオストクとモスクワは時差が7時間もありますし。ヒマなロシア人は毎日ウオッカを飲んでます。胃がやられないようにオレンジジュースと一緒に飲むんですよ」
景色が単調な理由は、シベリア鉄道の沿線に人が住んでないから。普通の人はロシア国内を飛行機で移動している。シベリア鉄道で1週間かけて移動する人は相当な物好きなのだ。
ということで、現在のシベリア鉄道が運んでいるのは、人ではなくほとんどが貨物。ロシアの物流で鉄道の占める割合は大きく、およそ45%。自動車は3%しかない(ちなみに日本は自動車が約60%で鉄道は5%以下)。シベリア鉄道の主な輸送品目は1位が石炭(約60%)で2位が木材(12%)。石炭の主な産地はロシアの中央部で、そこから港まで5万6000kmを貨物列車で運ぶのだ。それから船に積まれ、世界各国へ運ばれる。
ではなぜ突然、今回シベリア鉄道の日本直通化の話なんて出てきたのか? 日本とロシアの物流事情に詳しい、環日本海経済研究所の名誉研究員の辻久子氏によると、
「かつてはスターリン時代に、ソ連と樺太を鉄道でつなぐ構想があり、1950年代トンネルを掘ることを試みたという話もあります。ロシアの鉄道関係者にとって、今も樺太との直結は夢なんです。でも現実問題として、樺太までつないでも、人や貨物の量は限られる。そこで、その先の日本までつなげることで、石炭や石油の輸出先や、逆に日本からの物流を見込んでいるのでは?」
ちなみに現在、日本の石炭輸入先1位はオーストラリアで65%、2位がインドネシアで17%、3位がロシアで8%。石油においてもサウジアラビア、UAE、カタール続いて4位。ロシアは埋蔵量が多く、生産量は年々増加しており、輸出先として日本への期待は大きいのだ。
また、プーチン大統領の側近として知られるウラジーミル・ヤクーニンは、ロシア鉄道の前総裁。彼は昨年7月に東京で開かれた世界高速鉄道会議で、「サハリンを通じてロシア大陸と日本とを結ぶ、将来のプロジェクトについて安倍首相と話した」と語った。これはただの絵空事ではオワれなくなってきたぞ!
日本とロシアは線路の幅が違う
■日本直通化への課題は山積み
だが当然、実現へのハードルは多い。まず、日本とロシアは線路の幅が違う! 日本は狭軌といわれる1067mm。一方ロシアは1520mmの広軌で、およそ1.5倍だ。
ちなみに1960年より北京発モスクワ行きの直通列車を走らせている中国も、線路幅は異なるが、こちらはなんと、ロシアと同じ線路幅であるモンゴルとの国境で、客車をつり上げて台車をまるまる交換するという荒業で対処している。
この点、さすがに日本はもっとスマートで、現在、新幹線と在来線の直通運転を目指して、台車の幅を変更できる「フリーゲージトレイン」の試験運転を行なっていて、同様のアイデアは、スペインではすでに実用化されている。線路幅の問題は近々解消されるだろう。ただ、ロシアの車両はサイズが大きいため、そのままでは日本で走れず、日本の駅やトンネルに合わせた、コンパクトな車両が必要となるけれども…。
ちなみに樺太の鉄道は前述のように、かつて日本が建設したものなので、日本と線路幅は同じだった。だが現在は、ロシア国内と同じ幅に変更する工事が進んでいるところで、シベリアと樺太を結ぶ構想に関してはかなりマジっぽいかも。
その予算だが、2013年にロシアの極東発展省は、樺太と大陸を結ぶ鉄道橋構想を1兆円と試算。かなりの額だが、夢ではない。
とはいえ、日本側の課題も多い。まずJR北海道の経営難だ。寂しい話だが、樺太とつながるべき宗谷本線は、乗客が減少中。先月も、稚内~名寄(なよろ)間は自治体などの支援なしに維持することが困難と、JR北海道から発表があったところだ。加えて現在は貨物列車が走っておらず、再び走らせるにはその重量に耐えられるよう路盤の再整備が必要。
さらに、青函トンネルの混雑問題もある。今は一日30本の北海道新幹線と51本の貨物列車が走行しているが、新幹線はトンネル内で貨物列車とすれ違う際にスピードを減速せざるをえない状況である。そんなところにシベリア鉄道が加われる余地はあるのか? しかし第2青函トンネルを造るには、約5800億円かかるという(国交省の試算)。
では、こうしたもろもろの問題をクリアして日本とシベリアの鉄道がつながった場合、物流面でどれほどのニーズがあるか? 再び辻氏に聞いた。
「例えば石炭は、現在、ウラジオストクなどの港から日本各地の港へ運ばれているのですが、直通の鉄道ができても、船便のほうがコストが低いです」
では、日本からロシアへの貨物は?
「そのままロシアの先のヨーロッパへ運ぶことも可能ですが、それも船便のほうがはるかに安い。だから日本とロシアが線路がつながったとしても、利用は少ないでしょうね」
「シベリア鉄道イコールほぼ貨物列車」という現状の延長で考えると、なかなか夢を見るのは難しそうだ。
寝台特急「ツンドラ」出発なるか?
■寝台特急「ツンドラ」出発なるか?
でも、鉄道はやっぱり「乗る」もの! 上野発モスクワ行きのシベリア鉄道に乗りたい!! モスクワで乗り継いで、パリ、ロンドンまでの鉄道旅行なんてできたら、一生モノのイベントになるはず。ちなみに、クルーズトレイン「四季島」の100万円プランが大人気なぐらいだから、上野からシベリア鉄道に乗る客だっているはずだ。
ということで、宗谷本線活性化推進協議会の会長を務める名寄市長の加藤剛士(たけし)氏に話を聞いた。
「宗谷本線沿線はロシアと友好都市を結んでいる街も多く、鉄道がつながれば、さらなる交流が期待できます。また、名寄は餅米が有名なので、ロシアにも販路を広げられたらいいですね」
シベリア鉄道直通化はJR北海道を助けることにもなる。JR北海道の昨年の営業収益は838億円。かつて本州から寝台特急「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」が札幌まで来ていた頃は、それで20億から、30億の収入があったと推測される。ならば北海道を走り抜ける列車が運行されれば大きな収入が期待できるのではないか?
そして、鉄オタマネージャーとして有名なホリプロ南田裕介氏は、ロシア旅行の夢をこう膨らませる。
「上野発、稚内経由モスクワ行き。寝台特急『ツンドラ』。もしくは今は網走行きとなってる『オホーツク』をこちらの列車名にしてもいいですね。モスクワまでは10泊ぐらい? 稚内駅で出国のスタンプを押してもらえるんでしょうかね。料金はJR東日本が発表した豪華寝台『トランスイート四季島』が3泊100万円だから、200万円はいけるでしょう。
一方で、座席車は飛行機より安く10万円以下にしてほしい。足をゆったり伸ばせる“畳カー”とかいいかも。ロシア人も和の文化を味わえて喜ぶはず。あとは寝転がってシベリアのきれいな星空を見れるよう、屋根のない貨車を連結しましょう。あ、冬は凍死するかも(笑)」
日本からモスクワまで時間はいくらでもある。ロシアが生んだ偉大な作曲家のチャイコフスキーやラフマニノフを聴いたり、タイトルは知ってるけど読んだことないトルストイやドストエフスキーの大長編を読むのもいいだろう。
で、肝心の建設費用なんだけど…。そういえばJR東海が、リニア中央新幹線を造るために自社で5兆円を用意すると言っていたような……。ということでJR東海さん! かつてはJR北海道と同じ国鉄仲間じゃないですか! 人生が変わる旅のために、ぜひともよろしくお願いします!! ロシア側も望んでいるんですから。
(取材・文/関根弘康)