定額制の音楽配信サービスなら今や100万曲以上を持ち歩ける時代にカセットテープの人気が再燃中?
単なるオジサンのノスタルジーか、はたまた新しいカルチャーの到来か? その真相に迫る!
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ネットニュースなどで「カセットテープ」という文字を見る機会が増えたのは昨年の中頃だったろうか。折しも昨年は、1966年7月に日立マクセルから市販用カセットテープが発売されて50周年の記念イヤー。
それに合わせるかのように「都内にカセットテープ専門店がオープンしている」とか、「あのアーティストが新譜をカセットでリリース」といった、要するに「今、カセットテープ人気が再燃!」的な記事をよく見かけるようになったのだ。
しかし現在は、何万曲もの音楽をスマホに入れて持ち歩ける時代。「Apple Music」や「AWA」などの定額制音楽配信サービスに加入していれば、100万曲以上が聴き放題。そんな時代に、たかが十数曲程度しか入らないカセットテープの人気がホントに再燃しているのか?
周囲の40代以上のエアチェック世代(ラジオでかかる曲をカセットに録音することを80年代はこう呼んでいた)にも「カセットテープで音楽を聴いている」なんて奇特な人はひとりもいなかった。
そこで真相を確かめるべく、まず行ったのは2015年8月に東京・中目黒にオープンした「waltz(ワルツ)」。日本で唯一のミュージックテープ専門店だ。
店内に入ると確かに20代ぐらいの男子が数人、ミュージックテープを手に取り、真剣に眺めたり、また棚に戻したりしていた。はっきり言ってコレは意外な光景。
なぜなら店があるのは、中目黒駅から徒歩15分ほどの住宅地というお世辞にもアクセスがいいとはいえない場所。しかも平日の夕方だったため、店の周辺はかなり暗い。それだけに閑散とした店内を予想していたのだ。コレはマジでカセットテープのブームが来ているのか!?
ところが後日、オーナーの角田太郎さんに話を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「いや、毎日のように取材は受けていますが、僕自身はカセットテープのブームなんて来ていないと思います。その理由は、多くの人がカセットを再生する機械を持っていないから。家電量販店に行けば、たくさんのラジカセが売られていますが、デザインが良くて若い人が欲しいと思えるラジカセはありません。これが解消されないとブームになりようがないと思いますね」
今のカセットテープカルチャーはまったく新しい文化
■懐かしいようでまったく新しい文化
確かに都内の数軒の家電量販店に行ってみたが、ちゃんと売り場があり、何種類ものラジカセが売られているものの、しばらく売り場を眺めていても商品を手に取り、店員に質問しているのは「高齢者」と呼べそうな人たちばかり。
実はCDやMDが中心となり、音楽をデジタルで聴くのが当たり前になった時代でもカセットテープが細々と生き残っていたのには、演歌好きのお年寄りたちがカセットテープの愛用者だった、という背景がある。
ということは、その頃とほとんど状況は変わっていないのだろうか。しかし、それではミュージックテープ専門店に熱心な客がいることも人気アーティストが新譜をカセットで出すことも説明がつきにくい。そこで再びwaltzの角田さんに聞いてみることに。
「ブームが来ているとは思いませんが、ただ、その兆しはあると思っています。僕も今、47歳でエアチェック世代ですが、当時のカセットテープは録音メディア。つまり、何も録音されていない生テープを買ってきて、そこにラジオやレコードを録音していました。本当はレコードが欲しかったけど、高くて買えないからそうしていたんですね。
ところが今のカセットテープカルチャーは、すでに音楽が録音されているカセットテープを買ってそれを聴く、ミュージックテープのカルチャーなんです。実はこれ、僕ら世代もやってこなかったことなんですよ。だから、今のカセットテープカルチャーって懐かしいようで、ほとんどの人が経験してこなかった、まったく新しい文化なんです」
クリアなデジタルの音に慣れた現代人の耳にカセットテープの音は物足りなく感じませんか?という疑問も角田さんはきっぱり否定。
「カセットテープの音が悪いというのは、ラジオやレコードを録音していた頃のイメージだと思います。ちゃんとした再生機で聴くミュージックテープはむしろマスターテープのように音がいい。僕らのようにカセットに親しんでいる世代ほど、その音の良さに驚くと思います。それにいい音と心地いい音って違うと思うんです」
角田さんの元には大手家電メーカーの開発担当者が話を聞きに来ることもあるという。デザインと音質のいいラジカセが発売され、本格的なカセットブームが来る日も近いかもしれない。
★『週刊プレイボーイ』6号、「懐かしくて新しい!『カセットテープ』最前線」より
(取材・文/井出尚志[リーゼント] 撮影/佐賀章広)