「女性は自分を特別視してほしい生き物です。『一緒にラーメンを食べていてこんなに楽しいのは君しかいない』でもいいでしょう」と語る黒川伊保子氏

ささいなことで彼女と口論になったり、何げないひと言でへそを曲げられてしまったりすることが、男なら誰しもあるだろう。そして、相手がなぜそれほど腹を立てているのか、いまひとつピンとこない…というのも、いかにもありがちだ。

そんな男女の間にある“溝”の正体を、人工知能開発に携わった経験から脳の性差に見いだしたのが『女の機嫌の直し方』である。

著者である黒川伊保子(いほこ)氏が初めて男性に向けて知見をまとめた一冊、周囲の女性と良好な関係を維持するためのトリセツとして活用してみては?

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―黒川さんが開発に携わり始めた1980年代当時、人工知能はどのようにイメージされていたのでしょうか。

黒川 基本的には現在実現しているものと、大きな違いはありません。私が開発の現場に就いた83年は、日本における「人工知能元年」と呼ばれ、新世代コンピュータ技術開発機構という財団法人の活動が本格化した年でした。この団体の所長が当時、「日本は2015年に人工知能時代に突入する」と宣言しているのですが、これはほぼ実現したといっていいでしょう。

―そうした経験から、脳の性差に注目することになったというのは、興味深い経歴ですね。

黒川 私たちのチームがそうした男女の脳の違いに気づいたのは、85年頃のことでした。それまでは研究者も被験者も、当然のように男性ばかりでしたから、数少ない女性研究者だった私としては、「このままでは男性が妄想する女性像の人工知能が出来上がってしまう」と、危機感を覚えたものです。

―つまり、当時は脳に性差があるという認識がなかったわけですね。

黒川 そうですね。生理学の世界ではその数年前に、男女で脳の形状が異なることが明らかになっていましたが、それが考え方や日常生活にどのような影響を及ぼしているのかは、突き止められずにいました。

しかし、その後の研究により、男性の脳は「ゴール指向型」、女性の脳は「プロセス指向型」に分けられることがわかってきたんです。例えば会話の流れを見ても、男性は最初に目的や結論を求める傾向が強いのに対し、女性はスタートから時系列に沿ってプロセスを語りたがりますよね。

女性は自分を特別視してほしい生き物

―本書ではそうした性差を基に、女性に対して「いきなり弱点を突くような答えを返してはいけない」とレクチャーしています。

黒川 例えば「GWに旅行に行きたい」とリクエストされた場合、「今から宿が取れるわけがないだろう」と話を終わらせてしまうのは最悪ですよね。女性はそういった正論ではなく、共感を求めているということを知っておくべき。そこで自分のために、たとえ無理だとしても宿を探してくれようとする姿勢さえ見られれば、女性は機嫌良くいられるものなんです。

また、女性は自分を特別視してほしい生き物です。そのため、もし彼女から「私のどこが好き?」と聞かれたときは、最後に「君しかいない」という一文に帰結するセリフを考えるのがベストです。「一緒にいてこんなに幸せな気持ちになれるのは君しかいない」でもいいし、「一緒にラーメンを食べていてこんなに楽しいのは君しかいない」でもいいでしょう。自分が特別であることがわかればなんでもいいんです。

―女性との対話の中には、多くの地雷が埋まっていることを、男は知っておく必要がありそうですね。

黒川 そのとおりです。仮に「君が一番だよ」とでも言おうものなら、虫の居所の悪い女性は「じゃあ二番は誰なの?」と、面倒なことを言いだしかねません。男性の皆さんは基本的に、女性が怒ったりすねたりしているときは「君に寂しい思いをさせてごめんね」「君にそんな思いをさせてしまったことがつらい」と言っておけばいいんですよ。なぜなら、ここでもやはり、女性はプロセスを大切にするからです。

もし待ち合わせに遅刻してしまったとしても、女性が聞きたいのはなぜ遅れたかという原因ではないので、「電車が遅れて」などと言い訳をするのは逆効果。それよりも「寒かったでしょう、ごめんね」と相手の待ち時間を気遣う言葉が自然に出れば、遅刻の理由なんて追及されないはずですよ。そんな歯の浮くようなセリフを自然と言えるか、という男性もいると思いますが、そこはがんばって乗り越えてほしいですね(笑)。

―そうした脳の回路の違いを知っておけば、対女性とのトラブルは避けられる、と。

黒川 今でも「脳に性差はない」と明言する研究者もいますが、解剖学的にも、脳梁(のうりょう・右脳と左脳をつなぐ神経の束)は、生まれつき女性のほうが太いことがわかっているんです。もっとも、こうした物理的な性差は年々縮まっているというデータもあるのですが。

肉体疲労が精神疲労より勝っている状態をつくる

―男女の性差自体が縮まっている?

黒川 例えばテストステロンと呼ばれる男性ホルモンの分泌量を見ても、都市部では30年前と比べて、およそ3割も減っているといわれています。これはなぜかというと、テストステロンは日の出、日の入りに合わせた規則正しい生活や、適度な肉体疲労によって分泌が促されるものだからです。夜更かしをして、寝床でいつまでもスマホを見ているような生活は間違いなくマイナスに働くでしょう。

―近代的な生活が、男性ホルモンの分泌量を抑制し、それが男の草食化、ひいては少子化にも影響している、と。

黒川 私はそう考えています。また、糖質過多もやはり男性ホルモンの分泌には悪影響です。こうした性ホルモンは意識に最も影響を与えるホルモンとされ、好奇心や集中力、闘争心などに直結します。これらはいずれも、男性にとって豊かな人生を獲得するために不可欠なものですよね。

―つまり、早寝早起きと適度な運動男性力を維持するヒケツであるわけですね。

黒川 そうですね。ポイントは肉体疲労が精神疲労より勝っている状態をつくることです。精神的な疲労を感じたときほど、肉体を追い込むなどの工夫をするといいかもしれません。特にできるだけ若いうちからこうした習慣を身につけておくと、50代、60代になったときにてきめんに差が表れます。読者の皆さんにも、いくつになってもみなぎった男性でいるために是非気をつけてほしいですね。

(インタビュー・文/友清哲 撮影/山本尚明)

●黒川伊保子(くろかわ・いほこ)1959年生まれ、長野県出身。人工知能研究者、脳科学コメンテーター。奈良女子大学理学部物理学科卒業、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリにて人工知能の研究開発に従事した後、2003年に株式会社感性リサーチ設立。主な著書に『日本語はなぜ美しいのか』(集英社新書)、『「ぐずぐず脳」をきっぱり治す!』(集英社)、『恋愛脳』(新潮文庫)ほか多数

■『女の機嫌の直し方』(インターナショナル新書 700円+税)女たちはなぜ、不機嫌になるのか―? そんな、多くの男が感じてきた理不尽な感情の起伏。その秘密は、男女の脳の違いにあった。1980年代から人工知能の開発に携わってきた著者が、従来の脳生理学とは異なるアプローチで解き明かす