近年、泊まれる「BOOK AND BED TOKYO」や毎日イベントが開催されビールを片手に本を探せる「本屋 B&B」など、本を買うこと以外にもサービスを提供することで差別化したユニークな書店が人気だ。
そんな中、店員がいない?古本屋があるという。Pepperなどのロボットがいるわけでもなく、完全に無人…。先日、コンビニ各社がセルフレジの導入を発表し話題を呼んだり、今でも地方には野菜の無人販売所などはあるが、古書店で無人とはどういうことなのか。
場所は東京・武蔵野市。小さなおもちゃ屋さんや和菓子店が今も残る三谷通り商店街。店舗はわずか2坪――ガラス張りのドアの向こうに本棚が丸見えだ。他にはガチャガチャと木箱、そして店の説明書きがあるだけ。店舗名すらない。パッと見ると本があるだけの空間だ。
道行く人に聞くと『怪しくて入ったことない』『なんか本屋というのは聞いたことある』など近所では噂になっているものの足を踏み入れる勇気がないようだ。
「そうなんですか、まぁ確かに怪しいかもしれないですね(笑)。でも、街の中で止まり木のような本屋であればいいなと思っているんです。パッと入って、ふらっと居れて出れるという。小さいお店に入った時に店員さんとお客さんが自分ひとりだと気まずく思う時ってあるじゃないですか。何か買わなきゃって。だから週に1、2度くらいは僕も来るんですけど、お客さんがいたら入らないようにしてるんです」
というのは、その無人古本屋「BOOK ROAD」の店主・中西さん。普段、IT企業でサラリーマンとして勤めている傍ら、この店を営んでいる。
無人というのも不思議だが、名前すらどこにもないのは怪しすぎな気が…。
「店名を書いてもらったプレートを掲げていたんですが消えてしまったんです。書き直そうとも思ったんですが、僕の字が下手なのでそのままです(笑)。あとは興味を持ってもらえれば、入り口の店名はあまり関係ないかなと思って。
お店の名前を知っている人でも『無人本屋』と呼んでいますし、公園で遊んでいる子供は『ガチャ本屋』と言っていました。逆にそれらの方がわかりやすいし、人それぞれの呼び名で呼ばれる本屋であってもいいかなと思います。」
やっててイヤなところは?
店舗名はいわば記号。確かに訪れる人にとっては名前がなんであろうと、どうでもいい。つまり目印でしかないという理屈で、非常に合理的ともいえる。
購入システムは、本に張られた値札の金額を店内のガチャガチャに入れて回し、カプセルに入っている袋に本を入れて持ち帰るだけ。ガチャガチャは無人販売所でお金を入れる箱代わりだ。
仕入れは中西さんが知り合いから譲り受けるか、もしくは店内の木箱に寄付される。木箱に関しては特に説明していないのにも関わらず、お客さんが本を入れる箱と解釈して置いていってくれるという。それを斟酌してくれるのが前提だが、モノとお金のやりとりができる至ってシンプルな仕組みになっている。
それでも無人と聞いて心配になるのは防犯だろう。中西さんが店を訪れるのは本棚の整理とガチャガチャの補充時だけ。それにも関わらず24時間営業なので、どうしても盗難の可能性は拭えない。
「そうなんですよ(笑)。やっぱり盗難は懸念事項で、立地も店舗作りも考えました。まず立地ですが、ここは住宅地の中にある商店街なので地域の住民以外の人が意図せずにふらっと訪れることはあまりないと思います。これが駅近くの繁華街だったら、やんちゃな人も含めていろんな人がいるので、成り立っていないかもしれません」
店舗デザインにも配慮があるという。
「あと、この店舗ですが、本当は7坪あるんです。ただ、全部使うと奥のほうにお客さんがいても、商店街の通行人が店舗内で何をやっていてもわからないと思うんです。そうすると、お客さんに悪い気持ちが産まれてしまう可能性があるなと思ったので2坪まで絞ったんです。いろんなお客さんが利用しているのを想像しながら作りました。WEB上でいうUI(ユーザーインターフェイス)を考える感覚ですよね」
オープンは2013年4月。今年4年目を迎えた。開業以来、「続けられる程度」には黒字経営だそう。「実店舗で一番お金がかかるのはやっぱり人件費」だからという側面もあるが、“無人”でもしっかり成立しているのだ。ただ、わざわざ無人にする必要性はあるのか…「止まり木的な本屋」にするのであれば他に方法もあったはずでは?
「大きなお店を構える資金や貴重な本も持っていない中で、もし普通の本屋をスタートさせても目新しさは全くないし、そもそも本業があるので自分が店に立てないんですよね。
あと、やりたいなと思った時に、いくつかの古本屋さんに『やっててイヤなところは?』と聞いたんです。そしたら『古本屋は買い取って在庫を確保するから、お客さんが立ち読みだけで買わずに帰られるとお客さんにイラッとするし、そう思う自分もイヤなんだ』という話を聞いたんです。それならなおさら無人だな、と思ったんですよ」
“無人”店舗はどんな店でも成立する?
あくまで“無人”ありき…。新たな付加価値を付けたり、SNS活用でユーザーとの関係性を密にするなどの風潮がある中で、まるで真逆。リアルでの営業努力はあえてしないというかできないという。
「常連さん? いてほしいですね。無人なので来客数などもわからないです。週に1、2度、店舗を訪れるだけなので…。最初は本の並べ方や置く本を自分なりにこだわってみたんですが、意図しない本のほうが売れたりするんです。いただく本も売れる本もお客さんの行為に依るものなので、本屋を作ってオープンさせて以来、僕が介在することはそんなに多くないんです」
続けていくのに必要なのは、コンセプトとそれを利用してもらえるための仕組み作り。そこを整えることができれば、本以外のものでも“無人”を成立させることはできると中西さんは言う。
「無人であることの心地よさを成立させられれば、対象はなんでも取り組めると思うんです。例えば、工具のレンタルなどでもなんでもいい。お客さんが使うことを考えて、ネックになりそうなものを洗い出せば、取り組めないことはないと思います。お客さんに運営の一部を手伝ってもらうのも運営の一部に入れて設計する選択肢もあるワケで、その基本的な設計をしっかりしておけば、お客さんも体験の一部として受け入れて、取り組んでくれると思います」
「BOOK ROAD」に直接的な人と人との交流はない。店員がいないのだから当然だ。しかし、意外なことに人の“善意”で成立している面もあった。
「ガチャガチャのカプセルが無くなっていると上にお金が置いてあったり、ガチャガチャの裏に『一番左側の棚の左下の本にお金を挟んでおきました』という指示書のような紙もありましたね。裸で置かれたお金もそのまま残ってるんですよ。それと『棚が汚れてたので本整理しときました』ってメッセージもありました。隣のおばちゃんも『学生がたむろしていたから注意しておいたよ!』って(笑)」
目の前に人がいないからこそ、店を介して利用者のやさしさや人情がはっきりと表れるのだろうか。
IT企業に勤め、見えない相手に対して日々考えているという中西さん。その思考は無人店舗での実現性を示すだけでなく、人の温もりをも浮き彫りにしているのかもしれない。
(取材・文/鯨井隆正)