近年、日本をはじめ世界各国で、使用可能な治療薬が効かない「スーパー淋菌(りんきん)」の感染例が増えている。
抗生物質ですぐ治る、と思われがちな淋病が、一体なぜ再び治りにくい病気と化してきているのか…。日本の淋菌感染症研究の権威である、医師の松本哲朗氏に聞いた。
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―まず、淋病の感染経路についてあらためて教えてください。
松本 まず、性感染症の多くは淋病に限らず、基本は粘膜接触によって引き起こされます。ですので、通常のセックスはもちろん、オーラルセックスやアナルセックス、そしてごくまれではありますが、ディープキスから性感染症に感染することもあります。
淋菌感染症に限っていえば、日本では特に安価なファッションヘルスを利用する男性が、フェラチオ時に女性の喉から菌をもらうケースが近年増えています。これは、景気の良さとも関係があるようです。経済的に豊かな時代は、風俗に行く人の数や行く回数が増える傾向にあるんです。
―なるほど。淋病の症状はどのようなものが?
松本 初期の症状は、男性は排尿痛などの痛みを伴い尿道から黄色の膿(うみ)が出ることもあります。一方で、女性は自覚症状が出づらく、非常に厄介な面があります。通常であれば、初期の症状が出た時点で病院に行き、検査を経て、点滴注射、完治となる場合が多いですね。
―今、問題となっているスーパー淋菌の場合は何が違ってくるのでしょうか。
松本 感染後の症状については特に違いはありません。深刻なのは、通常の淋菌感染症と比べて、菌の持つ薬剤耐性の度合いが大きく違うことです。淋菌は長い歴史のなかで常に耐性を獲得し続けてきた菌ですから、これまでも数多くの抗生物質が効かなくなってきています。戦後に普及したペニシリンから数えても73年間に何十種類もの抗生剤が開発され、使われてきたんです。
現在は、セフトリアキソンと呼ばれる注射薬が唯一効力を持つ抗菌薬として使われています。淋菌感染症は従来は経口薬で治療していましたが、効かなくなってきたことから、現在の静脈注射による点滴治療に変わったという経緯があります。
―しかし、スーパー淋菌は、そのセフトリアキソンすらも効かない、強い耐性を持っていると…。
松本 その通りです。現行の抗生物質ではどうにも治すことが難しい、最悪の淋菌なんです。ちなみに、「スーパー淋菌」という俗称は、セフトリアキソンにも耐性になった淋菌を、ヨーロッパの学者が「スーパーバグ」と言い始めて使われるようになりました。
―そもそも、初めて発見されたのはいつ頃だったんですか?
松本 実は、2009年に日本の風俗店従業員の女性の喉から採取されたのが、世界で初めて認められた例です。結局、この女性にはセフトリアキソンを2度注射したところで菌が検出されなくなりました。その際に採取した菌株から、セフトリアキソンにも耐性を持っていることがわかり、アメリカやヨーロッパにも認知が広まって大きな衝撃が走りました。
日本でスーパー淋菌に感染する可能性はある?
―え、スーパー淋菌って日本が最初なんですか!?
松本 あくまでも「認められた」例ですから、それ以前から国内外に菌株が存在していた可能性はもちろんあります。日本での発見以降、フランス、スペイン、オーストラリア、東南アジア、カナダなどで発症例が増え続けました。そして今年に入ってからは、英国でも、東南アジア帰りの男性から初の感染例が確認され、騒ぎになっています。
これらの感染例を受けて、WHOは、「このままでは、世界が19世紀(抗生物質が発明される前)に逆戻りしてしまう」と警鐘を鳴らし続けています。
―ということは、今も日本でスーパー淋菌に感染する可能性はある?
松本 十分にあります。最初の発症例から現在までに、正確に把握された国内のスーパー淋菌だけで、10株程度はあります。ですから、おそらくはその倍から10倍のスーパー淋菌感染者が国内にいる可能性は十分に考えられます。当然、世界規模で考えれば、かなり多くの菌株があると思ってよいでしょう。
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