「優れた本は、読後に『毒』を飲んだような強い印象を残します。すっきり読み終わるのではなく、何かが頭に引っかかるんです」と語る出口治明氏

60歳にして、ライフネット生命を開業した出口治明氏。国内外の保険会社を親会社に持たない独立系生命保険会社の創業は、実に74年ぶりのことだった。

同社は「若い世代の保険料を安くすることで、安心して子供を産み、育てる社会をつくりたい」という思いのもと、インターネット専業による世界初の生命保険会社として急成長。出口氏も"還暦ベンチャー社長"として注目を浴びた。

さらに、70歳となった今年から、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。新たな挑戦を始めて、話題になっている。出口氏は深い教養を持つ、稀代の読書家としても知られている。本書『教養が身につく最強の読書』は4年前に刊行した『ビジネスに効く最強の「読書」 本当の教養が身につく108冊』を再編集して文庫化したもの。えりすぐりの名著が紹介されている。

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―今回、文庫化した理由は?

出口 本も古くなります。評価の定まったものはいいですが、どんどん新しい本も出てきます。4年もたったら、アップトゥーデイトする必要がある。そう思っていたところ、ちょうど文庫化の話がありました。ちなみに、『週刊プレイボーイ』の読者はどんな方が多いんですか?

―働き盛りのサラリーマンが比較的、多いと思います。

出口 本書に一番合った年齢層ですね。30代、40代は責任も重くなり、人生に悩む時期ですから。仕事も人生もある程度わかってきたけれど、上と下とのサンドイッチになったりして悩みも多い。そういう方々にこそ、この本を読んでもらいたいです。

―本書に紹介されている本の多くは、ハードな内容ですね。サラリーマンはビジネス書を手に取りがちですが......。

出口 ビジネス書は割とすらすら読めます。人間関係をどうするかとか、仕事はこうしたらいいとか、ノウハウものが多く、いいことも書いてあるんですが、3日もすると忘れてしまう。やっぱり、しんどい思いをして読んだほうが、絶対身につきます。この本には何が書かれているのか、とことん考えて読んだほうが後に残るのです。

―後に残るのが、いい本のひとつの基準になるんですね。

出口 例えば、最近、伝説の幻想作家として知られる山尾悠子さんの『飛ぶ孔雀』という小説を読んだんですが、何を書いているのか、何が言いたいのかが、よくわからず、ずっと考えています。いくつかの場面、記述が頭に残っているんですよね。

優れた本は、読後に「毒」を飲んだような強い印象を残します。おもしろかった、とすっきり読み終わるのではなく、何かが頭に引っかかる。僕は「花には香り、本には毒を」とよく言うんですが、『飛ぶ孔雀』も毒があり、いろいろ考えさせられています。古典に限らずとも、とにかく歯応えのある、しっかりした本を読んだほうがいい。

―なるほど。

出口 本当に役に立つ本は読んでいて、しんどいものなんです。スポーツでも30分くらいの軽いランニングは気持ちがいいでしょうが、あまり体重も減らず、筋肉もつかない。でも、筋肉痛になるくらい鍛えれば効果が全然違う。読書とスポーツは一緒です。本書では、脳の筋肉を鍛えられる本を選んでいます。

―スポーツも習慣づけることが大切だと思いますが、日々の仕事、生活に追われ、なかなか難しいです......。

出口 しんどくても我慢して読み続ければ、おもしろくなってきますよ。6、7年前のことですが、見た感じ20歳くらいの若者と知り合ったんです。彼は定職にも就いていなくて、話していてもそこまでボキャブラリーが豊富な若者というわけでもありませんでした。

―いわゆるフリーターだったんですね。

出口 だけど、「人間の幸せに興味があるんです。せっかくなら、歯応えのある本を教えてください」と言うので、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』をすすめたんです。その後、数年たってから、彼が僕の講演会に来てくれて再会しました。「3年で300冊読む、と言いましたが、『ニコマコス倫理学』は1年がかりでした。

結局、3年で5冊くらいしか読めなかったんですが、その後も諦めずに挑戦していったら、4年目7冊、5年目20冊、6年目60冊と、あるときを境にして、一気に読めるようになりました」と言うんですよ。彼は今では毎月6冊ほど読んでいて、読書会を主宰するようになったというんですから驚きました。

―脳の筋肉が強くなっていったんですね。

出口 本書では135冊の本を紹介していますが、どなたにも1冊ぐらいは読んでみたい本があると思います。この若者ではないですが、1冊読んでみれば、それなりにおもしろく、達成感もありますから、次にチャレンジしたくなると思うんです。たまには重い本、しんどい本に挑戦してみると、必ず何かが得られる。おもしろい発見が必ずある。

ただ、そういう本は誰かにすすめられなければ、なかなか読もうと思いません。ですから、この本がひとつのきっかけになればうれしいです。そして、読書で脳を鍛えて、本物の教養を身につけることを考えてほしいと思います。

―教養がつけばつくほど、石橋を叩くようになってしまう気もしますが......。

出口 生半可な教養は人を臆病にさせますが、本物の知識、教養は力になります。実は知れば知るほど、行動が大胆になれるのです。「清水の舞台から飛び降りる」と言いますが、なぜ清水の舞台から飛び降りるのが怖いかというと、舞台の下の状況がわからないからです。木々が生い茂っていて状況が見えないのは、生半可な教養と同じ。

だけど、きちんとした教養があると、例えば、下まで何mなのかがわかる。5mだったら、ロープが必要だとか、1mだったら普通に飛び降りられるとか、正しい判断ができますよね。無知が恐怖心につながっていく。きちんとした教養を身につけたら、物事が見えてきて、新たなチャレンジをしていけるようになるのです。

―出口さんはまさにそのような生き方をされていますよね。

出口 「人間の歴史は99%の失敗の上に成り立っている」。この真実をきちんと理解した上で、自分の頭で考えて行動すればそれでいいのです。はっきりと周囲が見えれば、人間は大胆になれる。本当に知識、教養は力になるんです。

(取材・文/羽柴重文)

●出口治明(でぐち・はるあき)
1948年生まれ、三重県出身。京都大学法学部卒業の72年、日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、退職。2008年にライフネット生命保険を創業。17年に代表取締役会長を退任後、18年から立命館アジア太平洋大学(APU)第4代学長に就く。著書に『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』『世界史の10人』『「全世界史」講義 Ⅰ古代・中世編』『「全世界史」講義 Ⅱ近世・近現代編』『人生を面白くする 本物の教養』ほか多数

★7月3日(火)、『教養が身につく最強の読書』(PHP文庫)の刊行を記念し、出口治明先生の講演会が大阪にて開催されます。チケットは紀伊國屋書店梅田本店3番カウンターにて販売します。 
日時:2018年7月3日(火)
会場:OIT梅田タワー
参加方法:チケット販売制1,000円(税込)
定員:先着100名様
お問い合わせ・ご予約:紀伊國屋書店梅田本店
Tel/06-6372-5821(10:00~22:00)

■『教養が身につく最強の読書』
(PHP文庫 690円+税)
人生に必要な教養は読書でこそ磨かれる――。読書家として知られる出口治明氏が「ビジネスに効く教養のつくり方」「歴史から叡智を学ぶ」「日本と世界の現在を知る」をテーマにして、思わず夢中になった、人生を豊かにしてくれた、本当にオススメしたい135冊を紹介。ベストセラー『人生を面白くする 本物の教養』の著者にして、ライフネット生命保険創業者、立命館アジア太平洋大学学長の出口氏が伝授する究極の読書術!