世間の健康志向とともに訪れた筋トレブーム。街の至るところには色々なタイプのジムがオープンし、パーソナルジムに通う人も少なくない。ダイエットやアンチエイジングなど多くの効果が謳われる筋トレだが、筋肉を使い、筋力を増加すること自体が体力増強や生活習慣病予防になるという。
「若い頃は徹夜で遊べたのに今は無理だわ~」「朝まで飲むとかツラい」。30代はおろか20代半ばからそんな気持ちになったことはないだろうか。もちろん社会人として働いていれば、精神的な疲れもあるが、一番身にしみるのが体力の低下だ。
しかし、体力とは何なのか。よく考えてみればあまりに漠然としている。その単純なように見えてあまり指摘されていなかったことに答え、累計5万部を超えた話題書が『体力の正体は筋肉』(集英社新書)だ。
「体力は持久性能力や柔軟性などの『行動体力』と免疫力など身体を機能させるための『防衛体力』に分かれます。このふたつは身体を動かすためにどちらも欠かせません」
と話すのは同書の著者で、早稲田大学アクティヴ・エイジング研究所所長を務める樋口満氏。樋口氏は作業や運動など、身体活動に直結する「行動体力」のなかでも、「筋力」と「全身持久力」が大事だという。
「『筋力』とは筋肉自体が発揮する力。『全身持久力』は同じ運動を長く続けるための力です。これらを鍛えることで、『柔軟性』や『敏捷性』など、『行動体力』に必要な要素を高められ、結果『体力』が向上するというわけです」
ただし、誰もが知るようにこの「体力」は年齢とともに低下する。
「筋肉は身体の40%を占めていますが、そのピークは男性で20~30代。健康な人であれば40歳くらいまで維持できますが、早ければ30代で『筋力』も『持久力』も1年で1%ずつ減少していきます。また50歳をすぎれば全身の筋量もガクッと減ります。だからこそ、それに抵抗するために若い頃から運動習慣をつけておいたほうがいいんです」
そして「筋肉は怠け者」だと樋口氏が指摘するように、筋肉はすぐ衰えるもの。特に減りやすいのは、下半身や体幹の筋肉だ。
「瞬発的な力を発揮する『速筋』は減りやすいんですが、下半身の筋肉の多くを占めています。そのため減ってしまえば筋力も落ちてしまいます。また、『下半身』と『体幹』を繋いでいる筋肉で『速筋』である大腰筋は20代から40代で80%になってしまいます。身体を支え、脚を引き上げるこの筋肉が減少すると脚が上がらなくなるなど、『体力』に大きく関わってきます」
健康的な将来を望むのであれば、たまに運動すればいいや...と甘く考えず、できるだけ継続的に運動したほうがよさそうだ。
らに筋肉を鍛えることの必要性はそれだけではない。近年の研究で筋肉の持つ意外な効果が解明されてきた。それが「筋肉の内臓に及ぼす影響」だ。
「スポーツをやっていると『お前の頭は筋肉だ』と言われたり、要するに筋肉は頭に対して見下げられてるというか、"脳に支配される奴隷"みたいな感じで捉えられていたんですよ。しかし、身体を動かす=筋肉を動かすことが、他の内臓へ影響し病気を予防したり、脳への刺激として認知症の予防学習能力を高めることが最近わかってきました」
脳からの信号により動くだけだと思われていた筋肉。しかし、それがひとつの臓器のように機能し、"健康"を保っているという。代表的なのが生活習慣病予防だ。
「私たちは筋肉による糖の取り込みについて研究をしているんですが、筋肉には糖を取り込むグルコーストランスポーターという輸送たんぱく質があります。それは運動によって増えるため、筋肉を鍛えることがメタボや糖尿病の予防につながるんですよ。
また筋肉からは『マイオカイン』と呼ばれる30種以上のホルモン群が分泌されることも判明しています。ただこれも普段から動かしていないと分泌量が少なく、やはり運動することが大切です」
「マイオカイン」には、大腸がんのリスクを抑える「スパーク」や感染など生体防御を高める重要な物質である「インターロイキン-6」、アルツハイマー型認知症を予防する「IGF-1」など、含まれているホルモンはさまざま。あらゆる病気の予防につながるのだ。
「筋肉が落ちれば、『体力』も落ち、病気にもなりやすくなります。それは生活の質が下がっている状態。いくら長生きできても、もったいないですよね。筋肉を付けて意欲的な日常を送れるようになればと思います」
自分の健康を省みない人間にとってみれば、「筋トレが趣味」だなんていうと意識が高いようにも聞こえる。しかし、これから充実した日々を送るためにも、そんな認識は改めたほうがいいのかも...。
★27日(水)配信予定の後編では、自身の体力を簡単にチェックする方法、さらに樋口氏がすすめる"最強トレーニング"「ローイング」を紹介する!
●樋口満(ひぐち・みつる)
1949年愛知県生まれ。早稲田大学スポーツ科学学術院教授。教育学博士。早稲田大学アクティヴ・エイジング研究所所長。1971年名古屋大学理学部化学科卒業。1975年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。専攻は、健康増進に関する運動生理・生化学、スポーツ栄養学。編著書に『からだの発達と加齢の科学』『〈ボート漕ぎ〉ローイングの健康スポーツ科学』など多数。