作家・高橋源一郎氏と「ラブホの上野さん」(写真公開NGのため画像加工をしております) 作家・高橋源一郎氏と「ラブホの上野さん」(写真公開NGのため画像加工をしております)

ネットニュースのコメント欄やSNSには日々、攻撃的な書き込みが目に飛び込んでくる。刺々しい言葉に疲れてしまう人も多いだろう。そんな中、作家・高橋源一郎氏の新刊『お釈迦さま以外はみんなバカ』(インターナショナル新書)が"不思議と癒される"と評判だ。

本書はNHKラジオ『すっぴん!』の人気コーナー「源ちゃんのゲンダイ国語」の活字版。「キラキラネームについての考察」や「日本国憲法の大阪おばちゃん語訳」など、書籍やネット空間に溢れる言葉の数々を引用し、時に鋭く、時にユーモラスに、そこから得られる人生訓を紹介している。

とりわけ、『ラブホの上野さんの恋愛相談』(KADOKAWA)を絶賛。《珠玉の回答が、この本の中に目白押しなのだが、いったい、この人の正体はなんだろう》と、抑えがたい好奇心を綴っている。

そこで今回、高橋氏と上野氏のスペシャル対談が実現! こんな時代だからこそ求められる、人を癒し、救う言葉とは、どのように生まれるのか――。

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高橋 上野さんとは以前にもお会いする機会があったのですが、そのときはスケジュールの都合で実現しませんでした。ようやく会えましたね。とはいえ、今日も写真はNGで。ということは、テレビの出演依頼も断っているのですか?

上野 実は「声だけの出演」という形でよろしければ......ということで最近、出させていただくようになりました。容姿に関して、自分では平均的かなと思っているのですが、やはりマンガで博士さん(『ラブホの上野さん』マンガ担当。大ヒットし、後に前出の恋愛相談が出版された)が描いてくださったキャラクターのイメージが定着してしまいましたので。

特にプライバシーを守る意識が強いわけでもないのですが、読者の方々に想像の余地を残しておきたいというか。まあ、顔を出すに出せなくなった、というのが正直なところでございます。

高橋 そのほか、プロフィールに関しても謎が多いですよね。1990年生まれ、というのは公表しているけど、僕はこれ、「絶対ウソだ!」と思っていました(笑)。今日、お会いしてウソではないことがわかったけど「おそらく、40代後半から50代前半だろう」と想像していました。

僕も、これで一応、プロの作家なので、文章を読めば書き手をおおよそはイメージできるんです。そもそも、本を何冊も出している方にこう言っては失礼だけど、文章もすごく上手い。20代の青年が書く文章とは思えなかったです。

上野 恐れ入ります。高橋先生の今回のご著書『お釈迦さま以外はみんなバカ』では、私の『ラブホの上野さんの恋愛相談』も取り上げていただき、しかも「上野さんに、座布団十枚持ってきて!!」とまで書いていただいて、まことにありがとうございました。

高橋 僕も毎日新聞で人生相談をやっているんですよ。また、ほかの作家が過去に書いた人生相談もよく読みます。けっこう好きなんですね、というか「人生相談というのは文学の1ジャンルなのではないか」と以前から考えているほどです。で、人生相談の回答にはいくつかのパターンがある。ひとつは、回答者が自分の体験に基づいて悩みに解決策を与えるという型です。

上野 私の場合は、それには当てはまりませんね。というか極力、自分の経験は語らないようにしておりますので。

高橋 そう。そして上野さんは感情も表さない。実は、最初に上野さんの本を読んだとき、すごく論理的だし頭のいい人だというのがわかったけど、同時に「この人は、本当は情緒不安定なのではないか!?」とも思ったんですよ。

上野 その推理は当たっていると思います。

「いま、彼女はいますか」と、謎に包まれた上野さんの私生活にも迫る高橋源一郎氏 「いま、彼女はいますか」と、謎に包まれた上野さんの私生活にも迫る高橋源一郎氏

高橋 まったく感情を表さないかというと、たまに質問者に対して強く怒ることもありますよね、文体まで変えて。しかし、続かない。やっぱりバカ丁寧な"ラブホの上野さん"というキャラクター設定が非常にハマっていて、それで「この人は、感情の発露という点で障害を持っているのでは?」と思ったんです。

現在は"ラブホの上野さん"として著述業で才能を発揮されていますが、才能と障害というのは、どこかで結びつく部分があると僕は思っていて。もし、"ラブホの上野さん"として世に出ることもなく、別の方向に行っていたとしたら...。

上野 病んでしまうタイプかと......(笑)。そういう意味でも、こうやって本を書かせていただいている現状は、非常にありがたいことです。

高橋 『お釈迦さま以外はみんなバカ』の帯には《ちょっといい話、ゆるゆる人生訓......読めば救われることばの数々》というコピーが入っているんですが、そういう「救われる言葉」を書いている人が救われているとは限らない。上野さんは文章を書く勉強とかされました?

上野 いえ、全くございません。

高橋 でも上手ですよね。その論理的な文章の原点ってどこにあると思いますか?

上野 良くも悪くも普段から物事を論理的に考えているからだと思います。今でこそ、それなりに社会生活に馴染めていますが、小学生のころはいろいろと酷いものでしたから。

高橋 例えば、どんな風に?

上野 足並みを揃えることができませんでした。普通の子供は「親や先生の言いつけ」に従って行動します。言いつけを破る子供もいますが、彼らは彼らで「言いつけ」への反抗として行動しているという点では、「言いつけ」を意識して行動していると言えるでしょう。ですが、私は「言いつけ」を破っているという自覚すらありませんでした。

というよりそもそも「言いつけ」という概念がなかったのです。ですので、考えずに行動をすると必ず群れからはぐれてしまう。そんな私が群れに帰属するためには論理的に群れの思考を考えなくてはいけなかったのだと思います。

高橋 なるほど。徹頭徹尾、論理的なんだ。しかし、そう聞くと「"ラブホの上野さん"自身は、恋愛ができるのか?」という疑問が湧いてきますね。「過去に酷い失恋をしてトラウマになっている」と書かれていますが、すいません、いま、彼女はいますか(笑)。

上野 ご想像にお任せします、と言ったら偉そうですね。ただ立場的になかなか明言できないことをご理解いただければ幸いです。「いる」と言っても「いない」と言っても、私にデメリットが大きいので(笑)。しかし、恋愛に関して熱くなれないのは事実かもしれません。それが良いのか悪いのか、わかりませんが、私個人としては、誰かに恋愛相談をする自分というのは想像できません。

ラブホテルで働く前に金融関係の仕事をしていましたが、いま振り返れば「よく自殺しなかった」と思えるほど精神的にも追いつめられていました。ですが、そのときも誰かに相談しようとは考えませんでしたので。自分の恋愛に関して言えば、恋愛に熱くなれず、あくまでも論理的な上野という人間の上に、もうひとりの上野という存在が現れて、恋人役を演じさせているような気もいたします。

高橋 しかし、そういう人物が答える恋愛相談が多くの読者の共感を得ているわけですよね。

上野 本当にありがたいことだと感じております。ただ、申しましたように、私自身は誰かに相談をするような人間ではないので、おそらく"もうひとりの上野"が拙著を読んでも満足することはないでしょう。おっしゃる通り、私の回答で救われる読者の方がいるとしても、回答者である私自身は救われない......。しかし、投稿者のお悩みに対しては、常に誠実に向き合うよう努めております。

高橋 ところで、上野さんの場合、まず『ラブホの上野さん』としてマンガ化されて、そこから『ラブホの上野さんの恋愛相談』がパート2まで出版されているわけですが、そもそもの始まりはブログですよね?

上野 はい。もともとブログでお悩み相談をしていたものが連載になり、本になりました。今ではブログやLINEで回答をしておりますが、お悩みに答えさせていただくのは、平均して1日10人程度でございましょうか。

高橋 1日に10人! よく飽きませんね(笑)。インターネット空間には"無限"と言ってもいいぐらいの膨大な量のコンテンツが存在しているけど、実はそのほとんどが言葉で構成されているんですよね。歴史上かつてなかったほどの言葉が、読まれるのを待っています。僕も一時期、そのお祭りに参加しようとして、真剣にツイッターをやっていたことがあります。ボブ・ディランがギター1本で路上で唄っているような姿をイメージしながらね。

上野 インターネット空間は膨大ですからね。膨大なコンテンツとそれを作る人間、そして膨大な消費者で構築されています。そんな空間では「良いものが評価される」というような性善説的な理論は通用しません。ボブ・ディランがインターネットに作品を投稿しても、それを見つける人がいるとは限らないのです。そういう意味で『お釈迦さま以外はみんなバカ』が、インターネットの良い作品にも光を当てているのは、素晴らしい価値のあることではないでしょうか。

高橋 その通りでございます(笑)。後編は、さらに言葉に光を当てていきましょう。

●後編⇒人生相談のスペシャリスト、高橋源一郎&ラブホの上野さんが語る、人を"癒す"言葉の紡ぎ方

●高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)
作家。明治学院大学教授。1951年、広島県生まれ。横浜国立大学経済学部中退。近著に『ぼくたちはこの国をこんなふうに愛することに決めた』(集英社新書)、『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)、『ゆっくりおやすみ、樹の下で』(朝日新聞出版)など。

●上野(うえの)
1990年生まれ。都内某所のラブホテルのスタッフとして働きながら、ブログ、ツイッター(フォロワー数は29万人超!)等で活躍中。著書に、漫画『ラブホの上野さん』(原案・原作)、『ラブホの上野さんの恋愛相談』、『ごきゅうけいですか?』(いずれもKADOKAWA)など。 ●『お釈迦さま以外はみんなバカ』(インターナショナル新書 740円+税)